嫉妬と羨望に塗れた感情に振り回される日常は、真っ平ごめんだ -Arman-Ⅴ【慮外】②
勇者のお披露目まで残り一ヶ月を切ると、城内はその準備に追われ忙しなくなる。
建国祭とは異なるその忙しさに追われ、今夜も城を駆け回る従者達の声や足音が遅くまで響いていた。
仕方のない事とは言え、もう少し早くに作業を終わらせる事は出来ないのかと、アルマンは思う。
魔物の動きが建国祭を境により活発化している事もあって、それぞれの団が連日引っ切り無しに討伐へ向かっており、アルマンも例外ではなかった。
へとへとになって城へ戻り、任務完了の報告と書類整理を疲れた身体に鞭を打って何とか終わらせ、漸く身体を休める事が出来るとベッドへ身体を投げ出した矢先、先述した騒音が襲って来たのである。
普段であれば文句の一つでも言っていただろうが、彼らも彼らの仕事をしているだけだと理解している事と、あまりに疲れすぎて身体を動かせない事がアルマンの怒りを抑止し、それがまた余計に神経を過敏にしていた。
……眠れねぇ!
薄い毛布に包り、枕を頭の上から押しつけても容赦なく耳に入る騒音。
暫くの間、眠気と騒音の間で何度もウトウトしては覚醒してを繰り返し、結局ろくに眠れないまま起床予定時間より一時間以上も早く目が覚めてしまった。
まだ朝日は顔を出しておらず、辺りは薄暗い。
二度寝しようかと考えたが、妙に目が冴えていて眠れそうにもないと判断したアルマンは、ベッドから出ると迷わず鍛錬場へ向かう。
身体を動かせば、この晴れない気分も少しは変わるだろうかと、淡い期待を抱いて。
けれど、その選択はアルマンの期待を見事に打ち砕いた。
早朝、誰もいない鍛錬場を独り占め出来ると思っていたアルマンの視界に入ったその姿は、紛れもなくユウキだったからだ。
鍛錬場の隅っこで木製の剣を握り懸命に振っている姿は、まだ慣れていないのかまるで姿勢がなっておらず、変な場所の筋を痛めてしまいそうだ。
眉を顰めつつ、鍛錬場から出て行くべきかと考えあぐねていれば、不意にユウキが振り返り、一瞬の瞠目の後にぺこりと会釈し、また何事も無かったかのように剣を振り始めた。
恐らく煽って来た訳ではないのだろうが、何気ないその行動がアルマンの高ぶっている神経を逆なでし、何となくここで鍛錬場を出て行ってはユウキに負けたような気がして癪だとあえて残る事に決め、適当な剣を手に、彼から距離を十分に取って素振りを始める。
接近禁止令が出ている為お互い無言のまま決して目を合わせず、アルマンの剣が鋭く空を斬る音が響く。
暫くそうしていると、じっとこちらを見つめる視線を感じて手を止めた。
言うまでもなく、視線の主はユウキだ。
何をジロジロ見ているんだと、不快感を隠す事なく顔に出して彼をちらりと見やってから稽古を再開させれば、同じように剣を振る姿が視界の端に入る。
……最初よりも微妙に距離が近くなっているのは、気のせいだろうか。
(勿論、アルマンはその場から動いてはいない)
気にせず稽古を続けてはいたものの、先程からちらちらと視界の端で動くユウキの姿がアルマンの気を逸らし、集中できない。
一旦休憩して心を落ち着かせるべきだと剣を下げ、それからもう一度、ユウキを見た。
木製の剣を握ってはいるが、大きさが身体に見合っていない為に振っていると言うより振られていると言った方が合っている。
更に、勢いよく上から振りかぶって重さで落ちる剣が地面すれすれで止まり、まるで畑を耕しているようで全然なっていない。
何も言うまいと大人しく観察するが、いよいよその不格好な姿にイライラし、たまらず声を上げてしまった。
「お前は農夫か! だいたい、剣の大きさも合ってねぇんだよ! 馬鹿か!」
思いの外大きく響いた声にビクリと肩を揺らして振り向いたユウキを無視し、アルマンが再び剣を構えて数回振れば、じっと観察していたユウキが持っていた剣を一回り小さなサイズの物に持ちかえ、見様見真似で剣を振り始める。
勝手に見本にされるのは癪だったが、これ以上声を上げれば接近したと判断され処罰されかねないと、ぐっと堪えて稽古を続けた。




