嫉妬と羨望に塗れた感情に振り回される日常は、真っ平ごめんだ -Arman-Ⅴ【慮外】①
招かれざる客の乱入により最悪の形で幕を閉じたかと思われた建国祭だったが、その後もお祝いムードは変わらずに続いている。
倒壊した建物や市場を建て直している横で、被害の無かった店舗や市場の主が店を開放し、建国祭が終わった今も連日多くの人達で賑わっていた。
その理由はいわずもがな、"勇者"の存在である。
乱入した魔物を一掃し国を救った"勇者"が、絶望の淵に立たされた人々の心に再び希望を宿したのだ。
「いやあ、まさか勇者様が魔物を一掃した瞬間に立ち会えるなんて!」
「あんなに沢山いた魔物を一瞬で消しちまうんだから、勇者様ってのは本当に凄いんだな」
「これなら魔王だって怖くねぇよ」
「勇者様がいる限り、この国も、世界も安泰だ」
昼間から酒を煽り酔いが回っているのか、大きな声で騒ぐ人々の声が耳に障り、隣の席に居合わせたアルマンは何が安泰だと心の中で毒づき、食事を中断してカウンターにお金を置いて店を出た。
今日が非番の日で、心の底から良かったと思う。
もしも騎士団の制服のままあの場所にいれば、勇者についての質問攻め、もしくはその素晴らしさについて延々と語られ続けていただろう。
そんな地獄、耐えられるわけがない。
あの臆病でヘタレた子供が勇者などと、アルマンは未だに認める事が出来なかった。
その一方で、あの不思議な魔術を使って魔物を一掃したのが紛れもなくユウキである事は認めざるを得ない。
相反する感情を抱えながら悶々とする日々に嫌気が差し始めた頃、唯一同じ感情を持っていたはずのシルベルトまでがユウキを認めるような素振りを見せた事で、ますますアルマンは素直に認めづらくなってしまったのだ。
(シルベルト本人に直接確認はしていないが、アルマンはそう思っていた)
ただ一言、「あの時は失礼な態度を取って悪かった」と言える素直さがあれば、今頃はこんなにもやもやする事もなかったのにと、心の奥底で囁く良心の言葉に耳を塞ぎ、兵舎にある自室へ向かう。
不機嫌を隠そうともしないアルマンを見た騎士たちが、怯えて道を開けるその態度にすら苛立ちが募った。
(完全に八つ当たりである事は自覚している)
長い廊下を歩きながらふとどこからか聞こえて来た声に覚えがあり、反射的に視線を寄越せばそこにはセシリヤの姿があり、その隣の木の陰に隠れてしまってはいるがもう一人誰かがいるのか、時折その相手を気遣うような素振りを見せながら何か話をしているようだ。
別に彼女が誰と何をしていようが興味は全く無かったが、いつもより少しだけ弾んでいるような声が気になって、誰と一緒にいるのかと木に隠れて見えない人物の姿を確認する為にわざわざ移動し、そしてそれらの行動全てを後悔する。
今、最もその姿を目にしたくなかった人物……、ユウキであったからだ。
身体の所々に包帯やガーゼが当てられていて、服装も緩い病衣である事を見るとまだ療養中なのだろうか。
まだ怪我が治り切っていないのなら、こんな所で楽しそうに話し込んでいないで大人しく寝ていれば良いものを。
アルマン自身が怪我をした時には何かと厳しかったセシリヤでさえ、ユウキの好きにさせていると言うのも腹立たしかった。
(自分がセシリヤに厳しくされた理由はわかっているが、ここまで差がつくと流石に腹が立つ)
ふと、そんなどうでも良いことを考え、それからくるりと踵を返して当初の目的地である自室を目指す。
やはり、根っからユウキとは相性が良くないのかも知れない。
幸い、接近禁止令が出ている為に今後も直接関わる事はないだろう。
最悪、魔王討伐の遠征にさえついて行く事も許されないかも知れない。
魔王討伐と言う栄誉に関わる事が出来ない事は騎士として残念でもあるが、それならそれで、さっさと討伐に行ってユウキには元の世界へ帰って欲しい。
こんな嫉妬と羨望に塗れた感情に振り回される日常は、真っ平ごめんだ。
いつの間にか握り締めた両の拳に力が入り、爪が僅かに皮膚を傷つける。
手の平にじわじわと広がる鈍い痛みと、背後から向けられた二つの視線に、アルマンが気付く事はなかった。
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