明らかに不自然だった -Leon-Ⅱ【疑念】③
会議が終わり各々が兵舎へ戻る中、肩を叩かれて振り返れば人好きのする笑顔を浮かべたシルヴィオがおり、彼はレオンの隣に並んで歩き始めると、難しい顔をしてどうしたのかと問いかけて来る。
顔に出していたつもりはないのだが、どうやらシルヴィオには気づかれていたようで、彼にはどうやっても誤魔化し通せる気がしないと、考えていることを打ち明けた。
(見ていないようで見ているシルヴィオの前では、油断出来ないと思い直した)
「結界があまりにも簡単に破られた事が気になるんだ。イヴォンネ団長の魔術の腕は確かだし、彼女の主張も間違ってはいない。確かに、何かが、誰かが邪魔をしたと言った方がしっくり来る。けれど、それを裏付ける情報が何もない。だから、逆にそこが引っかかる……」
「なるほどねぇ」
シルヴィオに話すことで自らの考えが整理されて行くような気がして、思い当たる可能性について考えを巡らせる。
「もしも仮に不審な動きを見せる人物がいたら、一人くらい目撃していてもおかしくはないはずなのに……」
「うーん……確かに、不審な人物を目撃したって言う証言は出てないからねぇ。まぁ、他の場所でも結界が弱っていたってのもあったし、何か偶然が重なって引き金になったのかも知れないよ? 人混みの中、誰の目にもつかないように行動するなんて、それこそ姿を消さない限り無理だよ」
大袈裟に肩を竦めて見せるシルヴィオの言葉に、レオンはひとつだけ思い当たるフシがあった事を思い出してその場で足を止め、レオンよりも数歩先を歩いて足を止めたシルヴィオが、どうしたのかと首を傾げた。
「認識阻害の魔術……」
「え?」
先日、書庫で会ったロータルとそんな何気ない会話を交わした事を思い出して口にすれば、思いの外シルヴィオの食いつきが良く、彼は「何の話?」と瞳を輝かせてレオンの言葉を待っている。
「いや……、前にロータルと書庫で会った時に、認識阻害の魔術について話をした事があったんだ。まだ開発されていない魔術で、ベースの術式は"精神に干渉する魔術"になるだろうから、それは永久に開発できないと聞いていたんだが……」
「……」
もしも仮に、自分達の知らない所で誰かがその魔術を既に開発して使う事が出来たとすれば、それを使用してこの国に侵入し、魔物を手引きする事が可能ではないだろうか。
……とは言え、ベースの術式は不明な上に、そうそう簡単に魔術の開発などできるはずがない。
(更に建国祭に来ていた人間全てに魔術をかけるなど、到底不可能な話だ)
一通り考えていた事をシルヴィオに話し終えると、彼はうんうんと一人納得したような顔をし、それから「興味深い話をありがとう」と言い残してさっさと歩いて行ってしまった。(勢いよく食いついたくせにシルヴィオからの反応がイマイチである事にやや不満を覚えたが、話しをした事で少しはすっきりした)
相変わらず何を考えているのかわからないと溜息を吐いたレオンは、止まっていた足を踏み出すと、兵舎へ急ぐ。
その途中、中庭で子猫を抱えたセシリヤの姿を見つけ、挨拶がてらに手を振れば彼女も控えめに手を振り返してくれた。
距離がある為に会話を交わす事はなかったが、抱いた子猫に何か話しかけている彼女の姿に、どこか懐かしい面影が重なって胸が締め付けられる。
相変わらずその顔は黒く塗りつぶされたように見えず、けれど、その人と何か大事な約束をした事、その人が大切な人だったと言う事だけは覚えているのだ。
しかし結局、顔も約束も思い出せないまま面影は霧散して行く。
思い出そうとすると、心の奥底で何かがそれを阻止するような……、そんな奇妙な感覚に、眉を顰めた。
【END】




