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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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明らかに不自然だった -Leon-Ⅱ【疑念】①

 建国祭が近づいている今日、抱えていた仕事も全て処理し終え、久しぶりに手持無沙汰になったレオンが忙しなく動いているクレアに何か手伝いをと申し出た所、「たまには団長もゆっくり休憩を取って来て下さい」と良い笑顔でやんわりと拒否され、そのまま執務室から追い出されてしまったのが数分前の事。

 王の身辺警護や城内の見回りには特に問題もないとの報告も受けていたし、処理すべき仕事も終わっていて、休憩を取るには些か早すぎる気もするが、クレアの気遣いを無駄にしてはいけないと気持ちを切り替え、有難く時間を有効に活用させてもらう事にした。


 ……とは言え、どうすれば有効な活用と言えるのか。


 "休憩"と謳うのだからまさか剣の稽古に当てるわけにも行かず、しばらく悩みながら廊下を歩いていたレオンがふと目にした場所は、ほぼ利用されていない書庫だった。

 その次に取った行動について、特に理由は無い。

 ただ、なんとなく手持無沙汰になってしまい、早すぎる休憩時間を有効に活用する為に足を踏み入れた場所が偶々書庫であっただけだ。

 騎士団に入団してから書庫へ立ち入る機会はなく、その閑散とした空間を物珍し気に一通り眺めると、レオンは自分の立っている位置から一番近い書棚の方へ歩いて行く。

 子供向けの童話から勇者の伝説、魔王に関する文献や魔術書など、ありとあらゆる本がみっちりと詰め込まれた書棚は、背表紙を見ているだけで面白い。

 以前から城内にある書庫には様々な本が保管されていると聞いてはいたが、ここまで種種雑多とは。

 いくつか書棚の列を見て回り、特に何も考えず目の前にあった本を手に取るとパラパラ捲って見る。

 どうやら手に取ったのは魔術の研究に関する本のようで、これまで実現出来ていない魔術についてが書かれているようだった。


 ……この世界の魔術は万能ではない。


 この本の冒頭の一文だ。

 確かに、今でこそ魔道具と呼ばれるものが出来、多少生活する上で便利になったとは言え、まだまだ細かいことを上げればキリがない。

 本当に些細な事からバカバカしい魔術の話まで事細かく書かれた本は、十分にレオンの興味を惹いてくれる。

 読み進めている内に、この中でも既に実現済みの魔術がいくつかある事に気が付いて、我が国(ロガール)の魔術師は優秀であると改めて認識した。

 そう言えば近々、イヴォンネの研究と開発のお陰で"転移魔術"なるものが正式に解禁される。(試運転として魔術団では既に使用しているようだ)

 次々と偉業を成す彼女には頭が上がらないと、頭の片隅でニコリともしないあの冷ややかな顔を浮かべて苦笑し、更にページを捲った先の見出しに注目した。


「……認識阻害の魔術……?」


 これも実現できていない魔術の一つであり、何となく興味をそそると目を通していれば、大量の本を抱えた人物が覚束ない足取りで近づいてくる事に気が付き、レオンはその人の視線を遮っているだろう辺りから上に積まれている本を持ち上げる。


「ああ、レオン団長……! すみません、ありがとうございます」

「意外と横着な事をするんだね、ロータル」


 お恥ずかしいと乾いた笑いでその場を濁したロータルに、ついでだからと持った本を片付ける事を申し出ると、一瞬目を丸くしたようだが、すぐに助かりますと軽くお辞儀して、こちらですとレオンを書棚へ案内した。


 先程よりも随分と奥まった書棚にやって来ると、ロータルはここの書棚に本を戻して下さいとレオンにお願いし、すぐに作業に取り掛かる。

 不自然に空いている書棚の空間を埋めるように本を片付けている彼の姿を一瞥すると、レオンも持っていた本を一冊ずつ戻し始めた。


「相変わらず、魔術団は忙しいのかい?」

「ええ……。先日、結界が薄くなっていると報告があって範囲を縮めたばかりですし、更に強力なものにする為に研究の毎日ですよ」


 建国祭も控えてますからねと話すロータルの顔は、疲れの色が見て取れる。

 この国は、騎士の数より魔術師の数が圧倒的に少なく、その分負担も多いのだろう。

 ましてや魔術団の副団長ともなれば、イヴォンネの右腕として相応に動かなければならない。

 色々な意味でストレスにさらされているのだろう事を察したレオンが労いの言葉だけをあえてかければ、ロータルは少々困った笑みを浮かべるだけだった。


「ところで……、この大量の本は、魔術の研究に?」

「そうです。まだ開発出来ていない魔術もありますし、役に立ちそうなものなら何でも研究すべきだと言う団長の指示です」


 結果、あの大量に積まれた本の山かと納得したレオンは、便利な生活の裏には彼らの努力があるのだと改めて思いながら棚に本を戻して行く。

 それからふと手にしていた本の表紙に、かすれた文字で"認識阻害"の文字が書かれていた事に気づき、何気なくその文字の羅列を声に出して呟くと、すかさずロータルが反応を示した。


「レオン団長、認識阻害の魔術に興味が?」

「ああ……、いや。たまたま、これがまだ実現されていないと書いてあった本を読んでいたものだから」

「実際、認識阻害なんて魔術を作り出したら、それこそ禁忌魔術の仲間入りでしょうね」

「禁忌魔術……?」


 今現在、禁忌魔術とされているのは"精神に干渉する魔術"のみだ。

 遠い昔に作られた非人道的なその魔術は、ロガール王の手によって葬り去られたとされている。(それに似た魔術が使える魔物が出たと言う報告はあったけれど、確証はないままだ)

 相手の精神に作用し、使い方によっては死へ追いやる事も、夢のような世界を見せる事も、……時には人格を破壊することすらも出来ると言う恐ろしい魔術。

 実際、それを使って国の勢力を広げようとしていた愚かな王がいた事も事実で、もしもその王の野望が実現していたと思うと、背筋が寒くなった。

 それに比べれば、認識阻害の魔術など可愛いものだと思えてしまう。

 声には出さなかったが、ロータルはそんなレオンの考えを読み取ったのか、いけませんよと抗議の声を上げた。


「認識阻害なんて魔術が存在したら、それこそやりたい放題になりますからね。襲撃、暗殺、窃盗……、様々な犯罪が容易になります。仮にその魔術が完成したとしてもあまり歓迎されないでしょう。勿論利点もありますが、多くはよからぬことに使われてしまう未来が見えていますし」


 確かに、ロータルの言う通りだ。

 認識阻害の魔術など開発されてしまえば、城への侵入は勿論、王の暗殺を企てる輩も現れるかもしれない。

 いくら厳重に護衛をつけているとは言え、そんなものが存在すればひとたまりもないだろう。


「とは言っても、"認識阻害の魔術"を作る為のベースの術式は、”精神に干渉する魔術"の術式になるでしょうから、永久に作られることはありませんよ」

「"精神に干渉する魔術"がベース?」

「要は、相手に自分を認識させない、()()()()()()()()()()()()()()()ようなモノですから。対象の人物と普段から親しく接していれば効果は薄いでしょうが、そこまででもない相手ならそこそこ効果はあるんじゃないかと……。ただの憶測にすぎませんけどね」

「……なるほど……」


 手にしたままの本を棚に戻しながら、不意に鈍い頭痛を感じて窓の外へ視線を移せば、先程まで太陽が出ていた空は曇天へと姿を変えていて、今にも雨が降り出しそうだった。




【43】



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