確実に、彼は追い詰められていた -Joel- Ⅳ【目撃】④
……このままでは、間に合わない!
せめて勇者の盾になるようなものをと考え、ジョエルが術式を描こうとした瞬間、魔物の口からは無情にも火球が放たれた。
やけにゆっくりと時間が流れているような感覚がジョエルを襲い、その直後、小さな影が勇者に向かって飛び掛かる姿が見えた所で、彼が最後に描いていた術式が突然眩い光を放ち、辺りを包み込んだ。
直視できない程の輝きに思わず手と足を止め、片手で目を守るように覆い、あまりの眩しさに目を瞑っても、その輝きは瞼を通して伝わって来る。
それから次に目を開けた時には、魔物の襲撃で騒然としていた城下が嘘のように静まり返っていた。
暴れまわっていた魔物の姿も、転がっていた死骸も、黒い霧さえも跡形もなく消え、ゆっくりと空を見上げれば、破れた結界が修復されている。
一体、何が起こったのか分からず呆然としていたジョエルだったが、すぐに勇者の存在を思い出し、止まっていた足を動かした。
……今のは、一体何の魔術だったのだろうか。
あんなにいた魔物を一瞬で消し去り、尚且つ結界まで修復してしまう魔術など、これまで見た事も聞いた事もない。
それも、今まで魔術が発動する気配すらなかった勇者が使ったのだから驚きだ。
瓦礫の上に倒れている勇者に近づき、表立った大きな外傷がないことを目視で確認し、ただ意識を失っているだけである事実に胸を撫でおろす。
最悪の事態が起こらなくて良かったと勇者を抱え上げれば、不意に彼の下からもぞもぞと動く毛玉が見え、まだ魔物が残っているのかと身構えたが、どうやらその必要はなかったようだ。
「……君は……、また、勝手に部屋を抜け出してきたのかい?」
ジョエルの問いに答えるように「にゃあ」と小さく鳴いた子猫は、ジョエルが抱き上げた勇者の腹の上に飛び乗り、ふんふんと彼の顔の辺りに鼻を寄せる。
心配しなくても眠っているだけだと話しかけると、子猫はジョエルの顔を見上げながら再度小さく鳴いて勇者の顔を舐めた。
「どうしたジョエル。逃げ遅れた一般市民か?」
いつの間にか剣を収めていたレナードとアルマンがジョエルの元へ駆け寄っていて、
「いや……、彼が勇者様だ。彼の描いた術式が発動して、魔物を一掃したようだ。恐らく、一気に膨大な魔力を使って気を失ったんだろう」
「……こいつがですか……?」
信じられないと言う顔をするアルマンに頷いた後、話を聞きつけた人々が徐々にジョエル達の周囲に集まり始め、気が付けば大きな人だかりが出来ていた。
「勇者様……?」
「勇者様が魔物を一掃したのか……!」
「この少年が、勇者様……!」
「魔王を倒す勇者様だっ!」
「勇者様が救って下さったぞ!」
口々に囁かれる言葉は次第に歓声へと変わり、レナードは呆気にとられ、アルマンは眉を顰め、ジョエルは内心穏やかではいられなかった。
お披露目もまだ先だと言うのに、こんな所で彼が勇者であると露呈してしまうとは……。
「バレちまったもんはしょうがねぇよ」と苦笑したレナードは、まるで他人事のようだ。
城へ戻るまでの道中、気を失ったままの勇者に礼を言う者や拝む者まで現れ大変だったが、先程まで恐怖と絶望に染まっていた人々の瞳には、確かに希望が宿っていた。
「勇者ってェのは、ただそれだけで希望を与えられる存在なんだな。俺たちだって、日々体張ってんのによォ」
「あれだけの魔物を魔術ひとつで一掃したんだ。勇者たり得る人物で間違いはないだろう? 私達には、彼の真似など出来ないからね」
「……まあ、認めざるを得ないわな」
どこか楽し気に「よくやったな、小僧」と眠る勇者の頭を乱暴に撫でたレナードは一足先に城内へ戻り、残されたジョエルも労いの言葉をかけると、勇者の腹の上に乗ったままの子猫が誇らしげに鳴いたのだった。
【END】




