確実に、彼は追い詰められていた -Joel- Ⅳ【目撃】②
丁寧にお辞儀をして去って行く二つの背中を見送ると、ジョエルは安堵の溜息を漏らした。
召喚された当時、アンヘルから"臆病”と評された勇者とは初めて会ったが、アンヘルが危惧しているような素振りは感じられなかったからだ。
てっきりビクビクと怯えて目すら合わせられないのではと思っていたのだが、彼はしっかりと目を見て受け答えをし、そして意思表示をしっかりしていたように思う。
また、何があったのかは知らないが、ディーノへ謝罪をしたいと言った彼の真摯な態度は好感が持てる。
(残念ながらそれを叶えてあげることは出来なかったが)
こちらの世界へ来て数ヶ月の間に、様々な人のサポートを受けて少しずつ馴染んだおかげでもあるのだろう。
後もう少し月日が巡れば、あの身体も顔つきも、よりしっかりとして勇者らしくなって行くに違いない。
セシリヤの話していた「魔術が使えない」と言う悩みは一先ず置いて、歴代の勇者たちとはどこか異なる彼の成長が楽しみだと素直に思えた。
「ジョエル団長、戻りました」
ふと、声をかけられ振り返れば、見廻りへ出ていたディーノと数人の騎士達が戻っていたようで、
「ああ、ディーノ。思っていたよりも戻るのが早かったね。つい先程、勇者様がディーノに会って謝罪をしたいと言っていたけれど……、引き留めておけば良かったかな」
「ああ……、いえ、その件に関しては改めて謝罪をいただく必要はないと思っているので、問題ありません」
そう答えたディーノは従えていた騎士たちに次の指示を出すと、ジョエルと共に待機場所へ戻る為に歩き出した。
「見廻りで、何か問題はなかったかい?」
「第三騎士団が担当しているエリアでは、特に何も。むしろ何もなさ過ぎて怖いくらいです」
客同士の小競り合いすらもなかったと報告するディーノは、疲れているのかあまり顔色が良くないように見える。
よく考えれば、執務に加えて国境での駐在任務、鍛錬の指導など様々な事を掛け持ちでやっているのだから当然だろう。
少し仕事を控えても良いのではないかとも思うのだが、そう言った所で素直に聞くような人物ではない事を良く知っている為に、今は見守るしかない。
真面目で堅実な部下で助かるが、もう少し肩の力を抜くことを覚えて欲しいと人知れずジョエルは心配し、建国祭が終わったらまた釘を刺しておこうと心に誓った。
「ところで団長。先日隣国から返答が来た魔物調査の件ですが……」
「あの消える魔物の件だね」
「ええ……。やはり第二騎士団に調査依頼を出そうかと。今までは些細な事だと気にはしていませんでしたが、これだけロガール国内周辺で確認されているのに、隣国で認知されていないとなると流石に気になります」
まるでロガールだけを標的にしているようだと続けるディーノの意見に同意を示し頷いた所で不意に陽が陰り、違和感を覚えて空を見上げる。
雲一つない快晴で、陽光は相変わらず暖かに地を照らしていたが、その光を遮るように横切って行く黒い塊をジョエルは見逃さず、よく目を凝らして観察すれば、その黒い塊が魔物の群れである事に気が付いた。
何体いるのかまでは正確に把握出来ないが、その動向を探っていると、突然その中の一体が中央広場のあたりの結界に勢いよく体当たりし始め、一同に僅かな緊張が走る。
国を覆う魔術団の結界は強固だ。
更に言えば、城下周辺までは殊に頑丈な結界であり、そう簡単には破られる事はない。
しかし、念には念をと速やかにディーノへ人々の避難をさせるよう指示を出すと、ジョエルは中央広場へ向かって駆けだした。
(中央広場は第七騎士団の担当だが、より混み合う場所である事が予想される為に援軍が必要だろう)
直後、結界に亀裂が入り、執拗な魔物の体当たりに押し負けたそれは、粉々に砕けて大きな穴を開けてしまった。
現状に呆然とし、けれどすぐに状況を飲み込んだ人々は皆悲鳴を上げて逃げ惑い、先程までとは打って変わってあっと言う間に地獄絵図の完成だ。
事前に避難指示を出しておいて正解だったと安堵する間もなく、ジョエルは破られた結界の穴から入り込んで来る魔物を迎え撃つ。
逃げ惑い辺りを右往左往している一般市民には被害が出ないよう最小限の抵抗に止め、人のいない方へうまく誘導しながら仕留めれば、魔物は地面に身体を打ち付けた後、黒い霧へと姿を変えて行った。




