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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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死は、こんなにもあっさりとやって来るものなのか -Yuki-Ⅱ【絶望】②

 遠くで子供の泣き声がする。

 逃げ惑う群衆の中、優希は彼らの間を縫って声の聞こえる方向へ走り出した。

 ユーリには近くの騎士に声をかけて城へ戻るようにと指示されたが、子供の泣き声を聞いた瞬間、条件反射のように身体が動いていた。

 元の世界でも災害は多々あって、けれどそれとはまるで異なる状況にどう対処して良いのかわかるはずもないのだが、ここで聞いたこと、見たことを全て無かったことにして自分だけ安全に避難など出来る訳がない。


 ましてや小さな子供の泣き声だ、聞き流して良いはずがないのだ。


 徐々に近くなって来る声を辿って、どこにいるのだと辺りを見回せば、ひしゃげた簡易店舗の前に座り込んでいる少女が見える。

 どこか見覚えのあるその後ろ姿は、以前シルヴィオと城下に出た時に出会ったあの花籠の少女のものだった。

 人混みを抜けてそっと少女の元へ近づくと、優希の気配に気づいたのか振り返り、


「おかあさん を たすけて」


 瞳から大粒の涙をぽろぽろとこぼし、しゃくりあげながらひしゃげた店舗を指差しそう訴える。

 少女の指さす方を見れば、店舗だったものの下から人の手が辛うじて出ていて、すぐさま支えであったのだろう重い柱や布を取り除くと、倒れていた女性を助け起こした。(少々重労働だったが、日頃騎士団での鍛錬の成果もあってそこまで苦労はしなかった)

 下手に動かしてはいけないと思ったが、魔物が襲って来ている今はそんなことを言っていられない。

 何とか意識のあった女性に走れるかどうかを確認したが、足を怪我している事に気が付いた優希は背負って逃げることを提案し、彼女の目の前にしゃがみこむ。

 流石にそれはと遠慮されたが、緊急事態である事と心配そうに傍に寄りそう娘を守る為だと言えば、女性はおずおずと優希の背に乗ってしがみついた。

 それから少女の手を取り離さないようしっかりと繋ぐと、できるだけ人が密集している道を避けながら、騎士の誘導している避難場所を目指して走る。

 途中、空を飛び回って獲物を探す素振りを見せる魔物を見つけ、物陰に身を隠しながら慎重に移動した。


 避難場所に近づくに連れて人が多くなって来ると、そこに狙いを定めた魔物が何体も群がっており、それらに応戦する騎士達が見える。

 中にはアルマンやジョエルの姿もあり、彼らの無駄のない動きと剣さばきに一瞬目を奪われるが、今は見惚れている場合ではないと頭をふって、ここからあの先にある避難場所までどう移動すれば良いだろうかと考えた。


 下手に動いて飛び出せば、戦っている騎士の邪魔になってしまう。


 自分一人だけならば余裕で動けても、今は女性を背負い少女と手を繋いでいる状態だ。

 ここは一人ずつ慎重に連れて行くべきだろうかと悩んでいれば、背負っている女性から子供を優先にして欲しいと頼まれた。

 母親としての然るべき決断なのかも知れないが、訴えを聞き不安そうな瞳で首を横に振る少女の様子を見ればあまり得策とは言えない気がして、少し考えた後、二人を物陰の奥へ隠してすぐに戻る事を告げると、優希一人が騎士の元へ走り出した。

 例え短い時間でもあの母子を引き離すのは忍びなく、それならば自分が騎士を連れて母子の元へ戻った方が良いのではないかと考えた結果だ。

 誰かしらに声をかければ、嫌な顔はされるかも知れないが協力を仰げるだろう。


 この建物の陰になっている部分を抜ければ、すぐそこは今まで経験した事のない戦場だ。


 一度だけ足を止め、深呼吸すると意を決して踏み出した。

 石畳の上には倒された多くの魔物の死骸が転がり、徐々に黒い霧のようなものへと姿を変え始めている。

 騎士達が剣を振るい、死骸が増える度に色濃くなって行くそれは、この世界の魔物の常識なのかも知れないが、優希にとっては異様であり不気味に感じられた。

 何となく、発生した黒い霧を吸ってしまうのは良くない気がして、手で鼻と口を覆い急いで死骸を避けながら走る。(気休めにしかならないが)

 次第に濃くなる霧の中を走っていると、不意に強い風が一定のリズムで高い場所から吹きつけて来る事に気が付き、空を見上げた。


 扇ぐようなこの風は、優希の目の前で飛んでいる大きな翼を持つ魔物の羽根が起こしているものだ。


 腐りかけた肉を纏い、所々に穴が開いているその羽根でよく飛べるものだと、一瞬思考が別の事を考える程には焦っていた。

 魔物の目が優希の姿をはっきりと捉え、獲物と認識するかの様に怪しく光っていたからだ。

 今ここで襲われては、ひとたまりもない。

 ここから騎士達がいる場所まで助けを求めて走るには距離がありすぎるし、そうかと言って引き返してはあの母子が巻き添えになってしまう。

 微妙な距離にそれならばと、出来るだけ母子の隠れている場所から離れて少しでも騎士達の近くへ行こうと、止まっていた足を踏み出した。

 しかし、次の瞬間にはそれをさせるまいとばかりに炎が目の前へ降り注ぎ、瞬く間に燃え上がった瓦礫があっさりと優希の行く手を阻んだ。

 振り返れば、嫌味な程にゆっくりと羽根を羽ばたかせている魔物が、いやらしい視線を送っている。


 あれは、獲物を定めた眼だ。

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