死は、こんなにもあっさりとやって来るものなのか -Yuki-Ⅱ【絶望】①
魔術が発動しない。
何度練習しても、いくら頑張っても、発動する気配がない。
偶然手の空いたと言うイヴォンネの貴重な時間を貰って魔術の勉強をしたにも関わらず、何の成果も見られない。
一体何がいけないのかと落胆する優希を見兼ねたイヴォンネは、罵倒する事もなくひたすら励ましてくれた。
魔力もあって適正もあるのだから、発動しない原因はもっと別の所にあるはずだと言うイヴォンネの言葉を信じて頷くと、彼女はもっと自信を持ちなさいと肩を叩き、絶対に魔術を使えるようにしてあげるからと続け笑って見せる。
本当に、この世界の人達は親切な人ばかりだ。
何度やっても成果が出せない優希を見捨てる事も、蔑むこともなく練習に付き合ってくれる。
元いた世界でなら、とっくに皆匙を投げているだろう。
例え"勇者"と言う肩書がそうさせていたとしても、良くしてくれる彼らには報いたいと強く思った。
(勿論、"勇者"と信じて期待をしてくれている人たちにもだ)
「今日は時間になったし、ここまでにしましょう。とりあえず魔術に関する本は置いて行くから、時間があったら目を通してみて」
文字は読めなくても術式を頭に叩き込んでおくことくらいは出来るでしょう? と続けたイヴォンネに頷き、山の様に積まれた書物に視線をやると、彼女は優雅にローブの裾を翻してまたねと部屋を出て行った。
イヴォンネの姿が見えなくなったと同時に詰まれた書物の山から一冊適当な本を引っ張り出し、ぱらぱらと捲って見る。
文字は読めないが、術式を覚えることだけなら何とか出来そうだ。
覚えた所で呪文を詠唱出来なければ意味はないのだけれど (詠唱破棄で魔術を使うには、それなりの経験や才能がなければいけないらしい)、基礎知識として覚えておくのは悪い事ではないはずだ。
いつ、どこで必要になるかもわからないのだからと、机に上ってすり寄ってくる子猫を撫でながら、細かな術式を隅から隅まで眺めてはページを捲り、しばらく本を眺めていれば、
「お疲れ様でした、ユウキ様」
昼食を持って来たセシリヤが部屋にやって来た。
トレーを机に置いたセシリヤにお礼を言うと、彼女は頷いた後、机の上にいた子猫を抱えて床に下ろし餌皿を置き、そのまま子猫が餌を食べる様子を眺めている。
特に言葉を発する事もなく、同じ部屋にいるのにただ無言の時間だけが過ぎて行くのがもったいないと思った優希は、来週に控えている建国祭についての話をセシリヤへ振ってみた。
「セシリヤさん。建国祭って、この国が出来てからずっと盛大に行われているんですか?」
「……いいえ。はじめはちょっとした内輪の宴程度の物でした。皆で火を囲んで、いつもより少し豪華な食事をして、未来を語るような……、そんなものでした」
まるで経験して来た事を語るようなセシリヤの口ぶりと、懐かしむような表情に違和感を抱いた優希だったが、なんとなく踏み込んで良いのか躊躇い、結局気のせいだと言うことにして流す。
祭りが大規模になったのはこの城が出来てからだと続けたセシリヤは、餌を食べる子猫の頭をひと撫ですると立ち上がって優希を見た。
「建国するのは、容易ではありませんでした。でも、王はいつでも誠実で努力を惜しまず、たくさんの人を助け、その恩に報いたいと言う人たちが少しずつ集まってこの国が出来たんです。だから建国祭は、建国に関わった国民の為のお祭りでもあるんですよ」
「そうだったんですね」
国を建てる事が容易ではないと言う事は、優希にも理解できる。
例えば自分が魔王を倒したとして、国を建てる権利をもらったとしても、この国程発展させることは不可能だ。
きっと想像を絶する王の努力があったのだろう。
だからこの国の人達は、王へ絶大な信頼を置いているのだと思う。
「騎士を育てる為の学院を建て、孤児院を建て、貧困に喘ぐ人達に手を差し伸べ、それでもまだ足りないと……、今でも王は努力をなさっていますよ」
「……今でも、努力を……」
王がいくつかは知らないが、普通ならばもう引退を考えても良い歳だろう。
けれどそれでも、王は日々努力し続けている。
何を成そうとしているのかはわからないけれど、きっとこの国をより良いものにして行く為に。
そう考えると、魔術を使えないとうじうじ悩んでいる事がとても小さな事に思えて来る。
「それなら僕も、もっと努力しないと……」
そう呟いた直後、セシリヤは思い出したようにクスクスと笑って、
「実は、王も魔術は苦手だったんです。使えても上手く制御出来なくて、よく暴発させたりしてたんですよ」
あまりにも意外な事実に、優希はぽかんと口を開けてしまった。
異界から勇者を召喚するなどと言う事も出来てしまう王が、まさか魔術が苦手だったとは……。
なんとなく、勝手に親近感を持ってしまう。
「信念を持ってひたすらに努力して、今の王がいるんです」
「信念と努力……」
「もちろん、それだけではどうにもならない事もありますが、どちらも自分が裏切らない限り、裏切る事はありませんから」
「……セシリヤさん、王について詳しいんですね」
ふと素直に思った事を口にすると、ほんの一瞬セシリヤの表情が強張り、けれど次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。
「……書庫に……、王について書かれた本があるんです。機会があれば行って見ると良いですよ。他にも色々なものが置いてありますから」
優希の返答を待つ素振りも見せずにそう話したセシリヤは、タイミング良く空になった子猫の餌皿を拾い上げると「仕事に戻ります」と言い残して足早に部屋を出て行ってしまう。
セシリヤの一瞬だけ見せたあの表情が何を意味するのかまでは今の優希には解らず首を傾げていれば、同じように子猫も首を傾げてドアを見つめ、問いかけるかのように短く鳴いていた。
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