これが、戦場なのだ -Yuri-Ⅴ【戦慄】⑤
中央広場へ近づくに連れ、人波は徐々に動きを鈍らせていた。
多くの人でごった返し、少しずつしか先へ進めず、隣の人とほぼ密着している状態だ。
殊に今年は勇者が召喚された年と言うこともあって、その姿を一目でも見られるかも知れないと言う期待を持った人々で溢れかえっているようだ。
あなた達が一目見たいと言う勇者様はここですよと言いたい所だが、ここで口を滑らせれば無事では済まないだろう。
逸れないようにユウキとしっかり手を繋ぎ、人の流れにただ身を任せる状態だったユーリだが、ふと、先程から周囲が騒めいている事に気が付き首を傾げる。
よくよく人々を観察して見ればその視線は空へと向けられていて、つられるように同じ方向を見上げてみると、そこにあり得ないものを見つけてしまった。
……結界に……、亀裂……!
魔術団が張り巡らせている結界に、一筋の亀裂が入っていたのだ。
亀裂が入っただけならばすぐに魔術団を呼び修復すれば良いだけなのだが、問題は、その亀裂部分に執拗な攻撃をしかけている魔物がいる事だった。
「すぐに、魔術団に報せなくちゃ……!」
ユーリが呟いたと同時に亀裂は一気に広がり、直後、大きな音を立てて崩れ、ぽっかりと開いた穴から大きな魔物が顔を覗かせていた。
瞬く間に恐怖と混乱に陥った人々は、我先にと他人を押しのけ逃げようと藻搔き、押された人が転んだのを先頭に次々と人がその上に倒れて行く。
それでも構わず倒れた人を踏みつけ逃げ出す人々に、騎士達が慌てて避難誘導を始めるが、魔物を目にした人々にそんな声が届くはずもなく、ただがむしゃらに逃げ惑うばかりだ。
運良く難を逃れたユーリは、すぐさま怪我人を助けなければと気持ちを切り替え、ユウキへ近くにいる騎士と一緒に城へ戻るように指示すると、逃げ惑う群衆を掻きわけながら倒れている人達の救助へ向かった。
助けを求める声や悲鳴、呻き声、騎士達が魔物と応戦している音、焼け焦げた匂いと血の匂い。
これが、戦場なのだ。
……いや、もっと凄惨な戦場だってあるはずだ。
ユーリは初めての体験に戦慄しながらも、怪我人の救助と手当てに集中する。
遠くで子供の泣き声に反応したユウキが城に戻ると言う選択をしなかった事に気づける程の余裕など、ありはしなかった。
【END】




