そんな関係が心地良かった -Margret- 【変貌】②
セシリヤは、活発で本当によく笑う娘だった。
マルグレットとは違う、貴族仕込みの作られたような微笑みではなく、周囲を明るく照らすような暖かい笑顔が絶えなかった。
勝ち気で、時には理不尽な者へ正々堂々と立ち向かって行く様はハラハラさせられる事もあったが、その真っすぐさはマルグレットには眩しく見えた。
血の気の多い騎士たちに混ざって前線で戦う凛々しさ、時折見せる相応の少女らしい表情、くるくると次から次へ周囲を魅せるその姿を<万華鏡>と例える者もあった。
そして何より彼女は、強く、優しかった。
いつしかセシリヤは、数少ない女騎士への好奇の眼差しをも憧れへと変えて行き、マルグレットもまた、彼女のその姿に惹かれていたのかも知れない。
そんなある日、あまりにも無謀な戦いで重症を負い、運ばれてきたセシリヤに珍しく憤慨したマルグレットは、意識を取り戻したばかりの彼女に、堪え切れず初めて手を上げたのである。
「どうしてあなたはそうやって、無謀なことばかりするの!?」
そんなマルグレットの顔を見たセシリヤは、「しまった」と言わんばかりの顔をして背を向けてしまい、いつまでもその問いかけに答えない彼女に、マルグレットの心は不安と悲しみでいっぱいになった。
いくら心配だったとは言え、突然手を上げてしまったことを後悔する。
このまま彼女に嫌われて、もう友人とは呼ばせてもらえなくなるかも知れない。
それでも、そうせずにはいられなかったのだ。
「マルグレット……、ごめんね」
セシリヤの謝罪に鼻先がツンとする。
歪み始めた視界にマルグレットは目を伏せた。
その先の言葉はもしかしたら、自分を拒絶するものかもしれない。
そう、覚悟した。
「あのね……、マルグレットのことを、悲しませるつもりはなかったの」
「……セシリヤ」
「だって……、マルグレットは私の大事な友達だから……。悲しませて、ごめんね」
困ったように眉を下げ振り向いたセシリヤの赤くなってしまった頬にマルグレットが手を当てると、
「でも、私の今回の行動は、間違ってないって思ってるよ」
「どうして……?」
「マルグレットのことを悲しませるのも嫌だけど、目の前で誰かを失うことは、もっと嫌だから」
真っ直ぐにマルグレットを見つめるセシリヤの瞳はとても綺麗で、輝きに満ちていた。
きっと彼女は、彼女の中での「何か」を貫き通したと言う達成感があるのかも知れない。
それは、もしかするとマルグレットにとって理解し難いものなのかも知れない。
けれど、こうしてセシリヤはマルグレットを拒絶することなく、いつもと同じ笑顔を見せてくれる。
友人と、言ってくれる。
貴族の世界で見飽きたあの偽りの笑顔ではない、彼女の笑顔を見られただけで……、友人と言ってくれただけで……、それだけで十分だと、思った。
「マルグレット、どうしたの?」
「え?」
セシリヤに指摘されて、マルグレットは初めて気がついた。
どんな事があっても崩さずにいられた微笑みが消え、どんな時でも流さずにいられた涙が、いつの間にか溢れ出していたことに。
驚いて自分を見上げるセシリヤにしがみ付き、マルグレットは初めて声をあげて泣いた。
貴族の世界を厭い捨てた先で初めて得た、友人と呼べる大切な人を失うかもしれないと言う恐怖から解放されたせいだったのかも知れない。
「マルグレット、そんなに泣かないでよ」
「……傷跡……、残るかも知れない……、悔しい……」
「大丈夫だよ、傷跡なんて今更だから……、ありがとう」
「……ごめんね、セシリヤ」
唯一消せなかった肩口の傷跡は、いつまでもマルグレットの頭から離れる事はなかった。
任務で不運にも魔物の集団に遭遇し、仲間を守ろうとして無謀にも向かって行ったと言う話を耳にしたのは、この数日後の話だ。
そして、セシリヤに対する不穏な噂が立ち始めたのも、徐々に彼女から輝きが消えて行ったのも、この頃を境にであったと、マルグレットは記憶している。




