これが、戦場なのだ -Yuri-Ⅴ【戦慄】④
「団長は今見回りに行ってるし、帰ってくるまでの間、ちょっと付き合いなさいよ。美味しい食べ物売ってる露店を見つけたの」
「あの……でも、団長さんに見つかったら……」
「大丈夫よ、そんなすぐに戻って来ないから! 勿論、私が奢ってあげる!」
ユウキの抵抗を他所に話を進めるエレインは、瞳をキラキラと輝かせながら強引に露店へ向かって行く。
勤務中にこれはマズイのではと思い立ったユーリが慌ててその後を追い、人波を掻きわけてようやく追いついた先で見た光景は、最悪なものだった。
「勤務中にふらふら露店に寄るなとあれ程言っただろう!」
「だってぇ……、ユウキが折角城下に来たんですよぉ? 案内してあげないと……」
「人を盾にしてサボるんじゃないっ! そしてユウキ"様"だろう!」
「痛っ……! 拳骨なんてひどい」
仁王立ちして声を上げているのは、今まさにエレインが見廻りに出ていると言っていた第五騎士団長のラディムだ。
(多分、何かを察知して早々に戻って来たのだと思う)
エレインにも容赦なく拳骨をお見舞いするラディムの姿に、ユウキが若干引いている。
(怯えているだけかもしれないが)
急いで彼らの下へ行くと、ユーリはエレインに案内を頼んだと少々の嘘を織り交ぜた事情を話し、何とかラディムの怒りを収める事に成功した。
(嘘をつくのは気が引けたが仕方ない)
「ユウキ様、お見苦しい所をお見せしました。先日もお会いしましたが……。改めて、第五騎士団長のラディム・クンドラートです」
「佐瀬 優希です。先日は稽古でお世話になりました!」
「エレインで大丈夫なのか心配しておりましたが、しっかりと基礎訓練はこなされていたので安心しました。後は剣の教え方に少々不安が残りますが……、何か不手際があれば、遠慮なく申しつけて下さい」
堅苦しい挨拶に若干戸惑いつつも、しっかりと挨拶するユウキに意外な一面を見たとユーリは思う。
この世界に召喚されたばかりの頃はずっと下を向いていて、話をするにもぽつりぽつりと蚊の鳴くような声でしか喋らなかったのに、この数か月でユウキはすっかり明るくなったような気がする。
第六騎士団の奇抜な二人組に会った時も、目を見て胸を張り堂々と対応していたし、ジョエルに会った時もそうだった。
もしかしたら、良い人間関係の構築がユウキに変化を与えているのかも知れない。
あくまでも最初のユウキのイメージではあるが、恐らく彼は元の世界ではあまりこう言った人間関係を構築出来なかったのだと思う。
故に、他人の発言や一挙一動に怯え、自分の意見もあまり主張できなかったのだろう。
けれど、今のユウキからはそれがあまり感じられなくなっていた。
三人のやりとりを一歩引いた場所から見ていたユーリは、良い兆候だと僅かに微笑み、会話を終えて持ち場へ戻って行くエレインとラディムに一礼する。
「ユウキ様、何だか明るく積極的になりましたね」
「そ……、そうですか?」
「はい。こちらの世界へ来たばかりの頃とは全然違って見えます」
良い傾向ですよと言えば、ユウキは照れているのを隠すかのように次のエリアへ行きましょうと足早に人波をすり抜けて行った。
何故こんな人波をあんなにうまくすり抜けて行けるのかと、慌ててその後ろ姿を追いながら西側のエリアへ移動する。
確か、ここは第四騎士団が警護しているエリアだ。
時間の経過と共に人波は更に増し、所々で小さないざこざが起こっているのか騎士達がその仲裁をしている姿がチラホラと目に付き、あまりこのエリアに長居してはいけないと、ユーリは先を急ぐ。
第四騎士団には、ユウキと接近することを禁じられているアルマンがいる。
(ユウキに対して何かをやらかしたらしいが、詳細は知らされていない為に不明だが)
ここでモタモタして、万が一鉢合わせてはまずい。
早々に中央広場に移動し、そこでゆっくり露店を見た方が良いと判断したユーリが、露店に気を取られているユウキに中央広場へ行くことを伝えて進行方向を変えようとした、まさにその時だ。
ここより数メートル先に、最も鉢合わせてはいけないその人が立っていたのだ。
……アルマン・ベルネック。
普段からあまり感じがよろしいとは言い難い彼だが、今日は一段と機嫌が悪そうで、部下すらもびくびくと怯えながら彼の指示を仰いでいた。
これは絶対視界に入ってはいけないと、ユーリの本能が訴える。
すぐに進行方向を変えてユウキの手を引っ張るが、肝心のユウキがその場を動こうとせず、じっとアルマンのいる方向を見つめていた。
「ユウキ様……、早く行きましょう。アルマン副団長には接近禁止令が出ていますし……」
何かアルマンに思う事でもあるのかも知れないが、ここは一旦離れるべきだとユウキに告げると、彼は後ろ髪をひかれるように何度も振り返りながらしぶしぶ歩き始める。
その表情は、怒っているわけでもなく悲しそうなわけでもなく、何の感情も読み取れなかった。




