これが、戦場なのだ -Yuri-Ⅴ【戦慄】②
三百六十度、どこを見回しても人、人、人。
腕や肩をぶつけながら道行く人に謝罪し、時折人の波に飲まれそうになるのを堪えて歩くユーリは、器用に人波を避けて歩けるユウキを羨ましそうに眺めた。
月日が過ぎるのは早いもので、あっと言う間に今日は建国祭当日である。
本来であれば医療団での仕事が入っているはずのユーリだったが、何故ユウキと建国祭を見て回ることになったのか。
話は数週間前に遡る。
ユウキから建国祭に行きたいとの申し出を受け、"彼の身の安全の保証ができて当日非番の人"をユーリなりに考えた結果、辿り着いた答えはセシリヤだった。
ちょうどセシリヤにも相談しようと思っていた所でタイミング良くやって来た彼女に、思い切ってユウキを建国祭に連れて行ってもらえないかと頼み込んだところ、
「でしたら、ユーリと私の休みを取替えましょう。同性の方がユウキ様も気兼ねなく楽しめるでしょうし、当日は騎士団から騎士達も大勢城下に出ていますから、何かあってもすぐに駆け付けてくれるはずです。当日、ユウキ様も城下へ行くと事前に話を通しておけば、安心して回れますよ」
と見事に躱されたのである。
別にユウキと共に行くのが嫌だとかそう言う訳ではなく、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
正直に言えば、ユーリもロガール建国祭を見て回るのは子供の頃以来で内心楽しみにしていた為に、結局こうしてその提案を受け入れたのだ。
「ユウキ様、まずは北側のエリアから順番に回って行きましょう」
「はいっ!」
とりあえずは城下を一通り見ておくために北側のエリアから東、南、西と時計回りで向かい、最後に一番賑わう中央広場へ行く予定でいるのだが、既に北側のエリアでこの混みようだ。
中央広場まで無事に辿り着けるか心配になって来たユーリを他所に、ユウキは先程から露店やすれ違う人が気になっているのかキョロキョロと辺りを見回し、心なしか楽しそうに見え、こうして見ると彼もまだ年相応の子供なんだなと微笑ましく思えた。
(そう年齢は離れていないのだが、弟がいればこんな感じなのだろうかと考えてしまった)
「ユウキ様、何か気になる物でもありましたか?」
そうユーリが声をかけた直後だ。
突然ユウキの背後に立った二人組の男が彼の肩をがっしりと掴んで強引に引き留めた事で、ユーリは浮かべていた笑みを一瞬にして崩壊させる。
奇妙 (いや、奇抜と言うべきか)な出で立ちをしている二人組は、見るからにユウキに危害を加えそうで、慌ててユーリが一歩足を踏み出せば、
「ユーキくんじゃん! 建国祭見に来てるって言うから、どっかで会えると思ったんだよね」
「ユーキくんさ、ちっせぇから人で何も見えないんじゃね? 流石に鍛錬しても身長は伸びないか」
「し、身長はこれから伸びますっ! まだ僕、十六ですから……!」
知り合いなのか、意外にもフランクなやり取りをしているユウキの姿を見て、ユーリの目が点になってしまう。
ユウキにこんな"なり"をした知り合いがいるとは思いもよらず、ただただ彼らの会話を傍で聞きながら立っていると、会話を終え、何かを手渡しその場を立ち去る二人組に手を振っていたユウキがお待たせしましたと頭を下げた。
一体どう言う知り合いなのかと訊ねると、ユウキは第六騎士団の騎士だと答える。
そう言えば、北側のエリアは第六騎士団が警護していた事を思い出し、先程の彼らはあえて私服で見回りをしているのだろうと結論づけた。
(その方が、よからぬ事を考えている輩も油断して捕まえやすくなると聞いたことがある)
「剣の稽古をしている時に、良くしてもらってるんです。見た目はちょっと変わってて怖いですけど、良い人達ですよ」
嬉しそうに話をしながら、二人組にもらったらしいキャンディをユーリに差し出すユウキからそれを受け取ると、何事も無くて良かったと胸を撫でおろし、次の東側のエリアへ向かう。
相変わらず人波は途切れる事無く、歩くのにも一苦労だ。




