これが、戦場なのだ -Yuri-Ⅴ【戦慄】①
「……やっぱりダメか……」
溜息と共に落胆するユウキへ、ユーリは焦らずにもう一度やって見ましょうと声をかける。
治療魔術の勉強を初めてもうすぐ三か月になろうと言うのに、未だにユウキの魔術が発動する気配はなかった。
始めは魔力が備わっていないからだろうと思っていたユーリだったが、イヴォンネに見てもらったところ、突出したものはないが魔力も適正もあったと言う。
それならば、初級魔術は初日にでも発動するはずなのにと、ユーリは首を傾げるばかりだ。
イヴォンネがユウキの魔力や適性を見たのだから、その判断に間違いはない。
しかし、依然としてユウキは魔術を使えないままだった。
術式を正確に描き、呪文も一字一句間違いなく完璧に唱えられているはずなのにと、悔しさで机に突っ伏してしまったユウキを慰めるように子猫が寄り添い、小さく鳴き声を上げる。
ふと時間を見れば昼時で、今日も治療魔術は何の進展もしないまま授業終了の時間になってしまっていた。
「あの……、ユウキ様。今日はもうお昼になりましたし、ここでおしまいにしましょう。頑張りすぎると、午後の鍛錬に響きますから」
「……はい。ありがとうございました……」
今日は一段と落ち込んでいるようで、項垂れているユウキに何と声をかければ良いのかわからずユーリは困惑する。
薄っぺらい気休めの言葉などユウキの心には響かないだろうし、そうかと言って暑苦しく前向きな言葉は逆に追い打ちをかけてしまうかも知れない。
少しの間悩んだ後、ユーリは思い切って話を魔術から逸らす事に決め、明るい調子でユウキに話しかけた。
「そ、そう言えば、来月は建国祭があるんですよ!」
「……エレインさんから話は聞いてましたけど、来月なんですね」
顔を上げたユウキが話に食いついたことを確認して心の中で安堵の溜息を吐くと、ユーリは話を続ける。
「他国からも沢山人が来るでしょうし、きっと賑やかになりますよ。その日だけは夜通し開けている店もありますから、少々うるさいかも知れませんが」
「皆さん、この国や王様の事が好きなんですね」
「勿論ですよ。王は偉大で尊敬できる方ですから。ずっと昔はこの世界で種族の差別なんかもありましたが、王は種族で差別はしません。それに、あまり知られていませんが、孤児や貧しい人達への慈善活動もされているんですよ!」
ついつい王の偉業について興奮気味に話をしてしまい、それに気が付いたユーリが一つ咳払いをして失礼しましたと言えば、ユウキはクスクスと笑っていた。
ユウキが聞き上手なのかはわからないが、彼と話をしていると何でもかんでも喋ってしまいそうになる。
自制しなければと一人心の中で反省していると、
「……ユーリさん。建国祭……、僕も行ってみたいんですけど……、……ダメ……、ですよね?」
消え入りそうな声でユウキがそうぽつりと言い、ユーリは彼の要望をどうするべきかと悩んだ。
建国祭に連れて行くこと自体は誰もダメとは言わないだろう。
彼もこの世界や国の事を知らなければならないし、その為の勉強であると思えばむしろ歓迎するはずだ。
けれど、ここで問題になって来るのは、誰がユウキの身の安全を守るかだ。
当日はおそらく、団長や副団長は警備に手いっぱいで誰も彼について行くことは出来ない。
そうなると一般の騎士になるのだが、まだそこまでユウキが気を許している人物はいない気がする。
うーんと唸り、結局ユーリの一存では決められないと言う結論に至り、セシリヤかマルグレットに相談してみるとしか答えられなかった。
(困らせてすみませんと謝るユウキに、何だか申し訳ない事をしてしまったような気がする)
……ユウキ様の身の安全を保証できて、当日非番の人かぁ。
身近にそんな人がいただろうかと考えつつ、とりあえず食事を手配して来ますねとユウキに言った所で部屋のドアがノックされ、返事をするとセシリヤがちょうど良いタイミングで食事を持って部屋に入って来た。
「お疲れ様です、ユウキ様、ユーリ」
ユウキの机に持って来た食事を置いたセシリヤは、ユーリにも昼休憩に入るように伝えると早々に部屋を出ようとドアノブに手をかけるが、ユーリの一声がそれを許さなかった。
「セシリヤさん……! あの、来月の建国祭にユウキ様を連れて行ってもらえませんか?」
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