彼女が嘘をつくのは、彼女自身に対してだけだ-Elaine- 【期待】③
「魔力も適正もあるならその内発動するって! 身構えないで気楽にやんなさいな。覚えていたら、何か参考になりそうな本でも探して見るけど……。そう言えば、文字は読めるようになったの?」
「いえ……、まだ少しだけです。シルヴィオさんに教えて貰ってるんですが、多忙な方のようなので……」
確かに、彼ならば (主に女性関係で)多忙だろう。
あの胡散臭い笑顔を思い浮かべて苦笑すると、エレインは人選を間違ったのではないかと心の中で呟いた。
「焦っても仕方ないし、やれることからやって行けば良いのよ。努力は絶対に自分を裏切らないからね」
「そ、そうですよね!」
そうそうと同意しつつ、規定の回数の腹筋をこなしたユウキに労いの言葉をかけると、続いて腕立て伏せを強行させる。
強行と言えど流石にユウキも三週間経てば理解しているようで、特に嫌な顔をする事なく素直に指示に従って作業し始め、思っていたよりも軽々とこなせている事に物足りなさを感じたエレインは、上下する彼の背中に腰を下ろした。
(勿論魔術で多少重さの調整はしているが)
急な負荷をかけられ、「へぶっ」と奇妙な声を上げて地面に密着してしまったユウキに活を入れると優雅に足を組み、ゆっくり上下する景色を眺め、そこで初めてセシリヤが彼の様子を見に来ている事に気が付いた。
小さく手を上げて合図すると、セシリヤがそれに応えるようにお辞儀をして見せる。
「ほら、勇者様。セシリヤが様子を見に来てるわよ! アンタのデキるところ、見せてやんなさいよ」
「は……、はい……っ!」
我ながら酷い無茶ぶりだと思ったが、予想外にユウキの動きも先程よりはスムーズになり、何となく彼らの関係が見えた気がして微笑ましく思えた。
「……セシリヤの事、張り切るくらいには信頼してるのね」
「はい! 勿論っ、信頼しています……! セシリヤさんは……、嘘を、つかないのでっ」
ユウキの言っている事は間違ってはいない。
セシリヤは、他人に対して嘘をつかない。
彼女が嘘をつくのは、彼女自身に対してだけだ。
そうする事で、他人が容易に踏み込めない領域を作っているのだ。
最近は、年月が経ったせいかセシリヤに関する悪い噂を耳にすることは極端に少なくなったが、完全に消えた訳では無い。
一度だけ、何故噂を否定しないのかを問うたことがあったが、彼女は曖昧に笑っているだけだった。
セシリヤの力になってあげたいと思っても、彼女は自分に嘘を纏わせてやんわりと拒絶する。
どんな些細な事からも、彼女は救いを求めない。
エレイン自身がセシリヤに救われたように、彼女を救いたいと思っても、決してその手を取ろうとしないのだ。
「ねえ……。セシリヤの事、好き?」
「え……っ? はい? す……、うわっ」
エレインの唐突な問いかけに動揺したのか、順調に腕立て伏せをこなしていたユウキが再び地面と衝突する。
別に深い意味はなく、人間として好きかと聞いただけだと言えば、彼は驚かさないで下さいと呟いた後、
「好きです。まだそこまで、セシリヤさんの事を深く知っている訳じゃありませんけど……、人間として、好きです」
そう言って、腕立て伏せを再開させた。
自分が慕っている人を、他の誰かに理解して好きになってもらえることは、素直に嬉しいものだ。
逆に、何一つ理解して貰えないまま忌み嫌われることは、腹立たしくも悲しくもある。
その人の本質に触れないまま、ただ悪い噂に流されるのは愚かな事だと、知っているからだ。
ユウキがただ単にバカが付く程純粋なのか、それとも本質をしっかり見極める事が出来るのかはわからないが、エレインには彼の言っている事に嘘偽りは無い様に思えた。
もしかしたら、ユウキの持つその純粋さでセシリヤの本心に触れる事が出来るかも知れない。
もしかしたら、彼ならば、セシリヤを救う事が出来るかも知れない。
そんな期待を、密かに胸に抱かずにはいられなかった。
【END】




