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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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酷く歪んだ輝きを魅せた気がした -Ceciliya- Ⅲ【心願】③

 あの日からおよそ一か月。

 医療団の仕事の合間を縫って鍛錬場に立ち寄ったセシリヤは、いよいよ始まったユウキの剣の稽古の様子を見守っていた。

 実際に稽古と言ってもいきなり剣を持つ訳ではなく、剣を持つ為の筋力や体力作りから始まるのだが、これが中々侮れない。

 走り込みから始まり、筋力、体幹に至るまで鍛錬を積まなければならず、多くはまず走り込みの時点でバテてしまう。

 騎士学院で一通り鍛錬を積んだ人間でさえ、入団して初めての騎士団での鍛錬について行くのがやっとと言うのが大半だ。

 そんな中、騎士学院を卒業したわけでもないユウキがついて行けるはずもなく、案の定、鍛錬場の端っこで四肢を投げ出し天井を仰いでいた。

 激しく腹部が動いているのは、たった今、走り込みの目標を達成し終えたからなのだろう。

 そんなユウキに容赦なく近づき「次は筋力を鍛えるよ」と満面の笑みで話しかける第六騎士団の騎士達は、ユウキと共に走っていたはずなのに息も乱れていない。(ユウキの数倍の量は走っていたはずなのだが……)

 騎士団内でも屈指の変わり者が揃っていると評判の第六騎士団だが、その体力も他団とは桁違いだ。

 それに、ユウキに対して偏見も無く接し方も悪くない。

 困惑しつつも彼らに混ざって鍛錬をしているユウキは、どこか楽しそうに見えた。


「あー、セシリヤちゃん! ユウキくんの事、見に来てたんだねぇ」

「お疲れさまです、アロイス団長」


 独特の間延びした声に答えると、アロイスはお疲れ様と首にかけたタオルで汗を拭った。


「年取るとさぁ、体力に衰えを感じちゃうよ。ユウキくん、今はバテてるけどあれはすぐに慣れるね。ホント、若いっていいよねぇ」


 アロイスの視線の先には、ユウキの足元を押さえて腹筋の回数を数えている騎士と、その周囲で同じように腹筋しながら応援している騎士の姿が見える。

 しばらくは、この基礎体力をつける鍛錬が続くだろう。

 目標回数の腹筋をこなし、周囲から暖かい拍手を送られるユウキは気恥ずかしそうに頭を下げ、続けて腕立て伏せと言う容赦ない指示に項垂れながらもすぐに取り組み始めた。


「彼、すっごく素直だよねぇ。ここまで素直だと、逆に怖くなっちゃうよ。どこまでを彼に教えておくべきか……、線引きが難しい」


 そう思わない?と同意を求めるアロイスの言葉に他意はないのだろうが、今のセシリヤには思い当たる事があって反応に困ってしまう。

 少し間を開けてアロイスへ曖昧に頷くと、セシリヤは視線を足元に落とした。


 まだまだ、ユウキには伝えていない事が山ほどある。


 殊に、今後対峙する魔王がユウキにとっては"特別な存在(同じ世界の人間)"であるのだから、この事実を伏せて置く訳にはいかない。

 きっと王と同じように、アイリ(三代目勇者)と同じように、ユウキも魔王と対峙すればそれに気が付いてしまうだろう。

(何故彼らが魔王の正体に気づいたのかはわからないが、同じ異世界から来た人間である事が関係しているのかも知れない)


 その時、ユウキは魔王に対して剣を向ける事ができるのだろうか。


 決戦の場で迷いが生じては命取りになる。

 仮にユウキに軍配が上がったとしても、その後、魔王に剣を向けた彼の精神が耐えられるとは思えない。

 故に、いつかどこかで話をしなければならないのだが、王がそれについて話をしていない所を見ると、今は話すべき事ではないと判断したのかも知れない。

 体調が優れずに寝込んでいる王の元へ行くのは憚られるが、一度しっかりと話をして考えを聞いてみるべきだと両手を握り締めた直後、


「なぁに二人で神妙な顔してんのよ!」


 と言う声と共に背後から肩に回された片腕がセシリヤを捕らえ、もう片方の腕がアロイスの背中を思い切り叩いた。


「痛ぁぁぁぁっ! ちょっとぉ、エレインさん、何してくれてんの……! おじさんもう若くないからね? 壊れちゃうでしょー?」

「長寿種族の私によくそんな事言えたわね。私から見れば、全然子供よ、子供!」

「エレイン副団長、お疲れさまです」


 回された腕をそのままにセシリヤが挨拶をすると、エレインも同じ返事をして大袈裟に痛がるアロイスへ冷たい視線を向ける。

 叩かれた背中をさするアロイスが何をしに来たのかと問うと、エレインは書類の配達がてら勇者の様子を見に来たのだと、持っていた書類をアロイスに押し付けた。

 そう言えば、エレインも剣技をユウキに教える事になっていたなと、先日配られたユウキの予定表に彼女の名前があった事を思い出す。

 一体どんな人物なのか、アロイスへ書類を届けるついでに下見をしに来たと言うところだろう。

 物珍し気に鍛錬場を見渡し、端っこの方で妙な盛り上がり方をしているユウキ達の姿を見つけたエレインは、随分楽しそうねと笑った。


第六騎士団(うち)は、良い意味で差別はしないし、必要以上にへりくだったりしないからねぇ。じゃないと、ユウキくんもやり辛いでしょ?」

「まあ、そうね。第五騎士団(うち)の団長とかシルベルト団長みたいなタイプなんて見たら、怯えてすみっこに逃げそうだもんね」


 クスクスと笑って腕立て伏せに苦戦しているユウキを見たエレインは、根性はありそうだから鍛え甲斐はあるかもと呟き、同時に視線をユウキからセシリヤへと移すと、


「……で、セシリヤは何でそんなに浮かない顔してるわけ?」

「浮かない顔なんて、していますか……?」


 セシリヤがそう言って慌てて笑みを浮かべれば、


「あぁ……、そうやって取り繕うように笑うのは良くないって、昔、セシリヤが私に言った言葉、そっくりそのまま返すわ」


 エレインは不服そうにセシリヤの両頬を軽く抓った。


「聞いて欲しくなさそうだから深くは聞かないけど、一人で抱えないでもう少し周りに頼りなさいよ。……って言っても、素直に頼ってはくれないんだろうけど」


 溜息を吐いて頬から手を放すと、エレインは話す気になったらいつでも部屋に来てねと念を押し手を振って去って行く。

 セシリヤとエレインのやりとりを不思議そうに見ていたアロイスに、自分もそろそろ仕事に戻らなければならない時間だと告げると、彼は「気が向いたらまた来てね」と言い残して騎士達の元へと向かって行った。


 腕立て伏せに苦戦しているユウキの姿をもう一度だけ振り返ると、セシリヤは静かに医療棟へ足を向けるのだった。




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