酷く歪んだ輝きを魅せた気がした -Ceciliya- Ⅲ【心願】②
「ユウキ様……。今、何と仰ったのですか?」
ユウキの口から飛び出した言葉を理解できずセシリヤが思わずそう問い返せば、彼はもう一度同じ言葉を繰り返す。
「剣を習いたいと思って……いる、んですけど……」
徐々に語尾が小さくなって行く所を見ると、聞き返されたのは反対されるからだと思っているのだろう。(つい先程、外出から戻ったユウキの無事を確認し、一緒について来てくれたディーノにお礼を言って見送った直後の思いもよらない言葉だった為に聞き返しただけなのだが)
両腕に花籠を抱えたままこちらの様子を窺っているユウキにとりあえず座るよう促すと、彼は素直に従い椅子に座って机に花籠を置き、セシリヤもその向い側の椅子に腰を下ろした。
目の前に置かれた花籠から微かに花の香が漂い、誘われるかのように子猫が机の上に飛び乗って来る。
「ユウキ様……、何故、剣を習いたいと思ったのですか?」
先日、剣を取る意味を問うた時、ユウキは酷く動揺し躊躇していたはずだ。
単刀直入に訊ねると、ユウキは視線を花籠の花からセシリヤに移し、
「必要だと、思ったからです」
彼のその瞳は真剣で、尚且つセシリヤの目を真っすぐにとらえて放さない。
つい先日まで怯えたような迷いのある瞳をしていたのに、今のユウキからはそれが感じられなかった。(自信のなさはまだ残っているようだが)
一体、外出していたこの短時間で何があったのか。
ディーノの話によればシルヴィオと共に行動をしていたと言っていたし、何者かに襲われたなどと言う危険な目には合っていないはずだ。
だとすれば、何がユウキを変えたのか。
聞いても良いのかどうか迷っていれば、それが顔に出ていたのか慌ててユウキが「違うんです」と両手を大袈裟に振って説明する。
「あの、襲われたからとか、そう言うのじゃないですから……っ! そうじゃなくて……、なんて言うか……。僕は何も出来ない名前だけの勇者ですけど、それでも僕を勇者だと信じて力になってくれようとしている人がいるってことを知ったんです。そんな人たちに少しでも応えたくて……、それで剣を……」
単純な理由ですよねとしょんぼりするユウキに、そんなことはないと言う意味合いで首を横に振ったセシリヤは、花籠から零れる花びらと戯れる子猫を撫でながらユウキの言葉の続きを待った。
「勿論、セシリヤさんが話してくれた"覚悟"については考えて、悩みましたっ……! 正直に言うと、まだ悩んでいて答えは出てないです」
「……それは、仕方のないことです。そう簡単に答えが出せるものとは思っていません」
価値観の違いでユウキが悩むのも当然であると理解はしていたし、簡単に答えが出せるのならすぐにでも剣を取って訓練を始めさせている。
おそらく王もそれらを考慮して、剣の稽古は後回しにしたのだろう。
気になさらずにと微笑みかけると、ユウキは反対されなかった事に安堵したのか溜息を吐き、
「殺す、殺さないの問題は、まだその場面に遭遇していないせいもあって、実感がわかないって言うのが本当の所です。……でもだからこそ、その時の為に自分や誰かを守ることが出来るよう力をつけるべきなんじゃないかって思ったんです」
悩んで立ち止まっているよりも、出来る事があるならまずはやってみようと思いますと言い切るユウキに、セシリヤはただただ瞠目するばかりだ。
まだ少年だと思っていたユウキが、短期間に彼の身に起こった様々な出来事を受け止め、こんなにも多くの事柄を考えているとは思っていなかった。
彼はセシリヤが思っている以上に、精神は大人で強いのかも知れない。
わざわざ逃げ道を用意したにも関わらず、彼はその道を選択肢として入れていなかったのだから。
セシリヤがユウキに、本当に後悔はしないのかと口を開きかけた瞬間、机に置いてあった花籠に勢いよく子猫が突っ込んで盛大に花びらが舞う。
慌てて子猫を花籠から抱き上げ、身体についた花びらを払うユウキと子猫の姿を見て思わず笑い声を小さく上げると、彼も同じように笑い、抱き上げられた子猫がじっとセシリヤの瞳を見つめて小さく鳴き声を上げたのだった。




