酷く歪んだ輝きを魅せた気がした -Ceciliya- Ⅲ【心願】①
強い雨音で目を覚ましたセシリヤは、ランプの消えかけた薄暗い部屋の中を見渡し違和感に気が付いた。
お世辞にも綺麗とは言えない古いこの部屋は、医療棟内にある自室ではなく、幼い頃に生活していたあの家だ。
どうやら、夢と現実の狭間に迷い込んだらしい。(最近、よくこう言う事がある)
幸い意識ははっきりしているし、身体も自由に動かせる。
一体いつ頃の夢なのかと時折響く雷鳴を聞きながら辺りを見回し、ふと隣にあるベッドに視線を寄越せば、誰かが寝ていた形跡がある事に気が付いた。
しかし、そこに寝ていただろう人物の姿を確認出来ない事を不審に思ったセシリヤは、すぐにベッドから抜け出して外へ続く扉を押し開ける。
外は思っていた以上に強く雨が降っており、よく耳を澄ませば、ここより少し離れた方角から雨の音に紛れて金属のぶつかり合う音が不規則に聞こえて来た。
暗闇に目を凝らし、次の瞬間、光る稲妻に浮かび上がった姿を確認したセシリヤは、ぐっと息を呑みこんだ。
――― ハルマだ。
ハルマが、得体の知れない人間と剣を交えていた。
(多分、追手なのだと思われる)
ハルマの剣筋が危うく頼りない所を見れば恐らく、二人で一緒に剣と魔術の勉強をし始めた頃の夢なのだろう。
自分の両手を見れば随分と幼く、剣を握り始めて間もないせいかマメが潰れて傷だらけだった。
こんな手ではろくに剣も握れず、ハルマに加勢するどころか足手まといになってしまい兼ねない。
何か出来ることはないかと考えたが、下手に姿を現してしまってはハルマの動揺を誘ってしまうかも知れないと思い至ったセシリヤは、大人しく身を隠すべきだと判断して一歩後ずさった。
それと同時に稲妻が辺りを照らし、得体の知れない人間の鋭く血走った眼がセシリヤを捉えると、殺意の矛先が迷う事なく向かって来る。
――― 避けられない!
向けられた殺意と刃に成す術も無く死を覚悟して目を瞑り、けれど、一向に感じられない衝撃と痛みに薄く目を開ければ、ギリギリの所でハルマの持っていた剣が得体の知れない人間の首をはねていた。
激しい血飛沫を上げて倒れて行く首の無くなった身体を眺め、それからハルマの顔をゆっくり見上げると、驚いたような、恐怖したような、それでいて安堵したような複雑な表情を浮かべていた。
「……ハルマ……」
「……」
思わずハルマの身体を抱き寄せると、緊張の糸が途切れたのか、ずっしりとした彼の身体の重みが伝わって来る。
今考えればこの時、ハルマは初めて人を殺めたのだと思う。
この時の彼の精神的なショックは計り知れない。
けれど、当時のセシリヤには目の前で起こった現実を受け入れることに精いっぱいで、そんなことを考えている余裕もなかった。
だから、こうしてハルマが震えている事にも気が付かなかったのだ。
後悔と罪悪感に震えているのだろう身体を強く抱き締めると、剣を手放したハルマの手が応えるように抱き締め返してくる。
「ハルマ……、助けてくれてありがとう。ごめんね……ハルマにだけ、こんな事させて……」
目の前にいるのは夢の中のハルマであって、現実にいる彼ではない。
故に、セシリヤの紡ぐ言葉が本人へ届く訳でもないのだが、そう言わずにはいられなかった。
一緒に暮らしている間、きっと自分の知らない内にハルマは何度も追手と剣を交え、手にかけていたに違いない。
その度に胸を痛めながら、けれど、生きていく為に、何度も、何度も……。
「セシリヤ、心配するな……。俺が、絶対に守るからな……」
「……ハルマ?」
「何も、心配しなくて良いんだ……、セシリヤ……。俺が……」
ぶつぶつと呟いているハルマに呼びかけても反応はなく、耳元で暗示の様に繰り返される言葉を聞きながら、セシリヤの意識は闇へ沈んで行った。
【38】




