それは静かに、日常へ迫っていた。-Yvonne-Ⅱ【不安】②
魔術塔内の執務室にやって来たアンジェロと向い合せに座るイヴォンネは、受け取った報告書の内容を疑い唸った。
「本当に、間違いはないのね?」
「はい、間違いありません。自分も現地へ行って、この目で確認して来ましたから」
アンジェロから向けられた瞳はまっすぐにイヴォンネを捉えており、嘘を吐いているとは思えない程澄み切っている。(これがシルヴィオからの報告であれば、更に疑っていただろう)
もう一度報告書に目を落とし、そこに書かれている文字を追った。
―――ロガールを覆う結界の弱まっている場所が点在している。
ロガールを覆う結界はイヴォンネが団長に就いた時に城周辺からかけ始め、少しずつ範囲を広めて行き、現在では国がほぼまるごと覆われている。
これがある事で外部からの新たな魔物の侵入はあらかた防ぐことが出来、国内に既存の魔物や時折生まれる新種の魔物を騎士団で処理することが出来ていた。
勿論、長年結界について研究を重ね続けて強化にも余念がなく、最近ではセシリヤとプリシラが結界を破壊した魔物に襲われた事を受け、更に強化したばかりである。
それなのに何故こんなにも結界に綻びが出ているのか、イヴォンネは不思議でならなかった。
まさか、団の人間が手を抜くはずもない。
優秀な彼らの作業はいつも完璧だ。
だからこそ余計に謎が深まって行く。
報告書と睨み合い、程なくして溜息を吐くと、すぐに現地へ団員を派遣して修復するとアンジェロに答え、転送魔具を使って団員達に指示を出した。
「その転送魔具、もう実用してるんですね」
「プリシラのお陰で、声を転送出来ることは実証済みだもの。実用すべきでしょう? でも、人を転送するにはまだまだ改良が必要なのよ。魔王を倒す旅に出る時が来たら、これで城に残っている騎士とのやりとりも出来るでしょうし、改良が間に合えば援軍だって送れるから、今急がせてるの」
プリシラとセシリヤが魔物に襲われた際に使ったこの転送魔具は、声の転送だけならば負担も少なく壊れる事は稀である事が判り、既に城内で実用し始めていた。
しかし、残念ながら人を転送するには負担が大きく、襲われているプリシラとセシリヤの元へ数人転送しただけで壊れてしまった為に、実用するには改良が必要不可欠だった。
魔王が復活するまでには完成させて、いくつか拠点を作って置くことが目標だと続け、転送魔具を物珍しそうに眺めるアンジェロに、
「いずれは個人にも行き渡らせるつもりだから、あなたの負担も悩みも軽減されるかもしれないわね」
そう声をかけると、彼は「そうなってくれると良いんですけど……」と苦笑いして溜息を吐いていた。
彼の目の下のクマを見る限り、シルヴィオの扱いにかなり苦労しているのだろう。
労いの言葉をかけて第二騎士団の兵舎へ戻ると言うアンジェロを見送ると、そのまま窓際へ向い、そこから見える空を見上げた。
何の変哲もなく平穏な青空が広がっている。
だからこそ、今、何が起こっているのかわからないこの状況が不安になるのだ。
恐らく、明日中には修復に向かった団員から状況と対処、そして結果の連絡が来るだろう。
どうか魔王絡みでは無いようにと胸に広がる不安を押し込め、中断していた転送魔具の改良をする為に執務室を後にした。
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