気の利いたセリフの一つくらい言えたのだろうか -Dino-Ⅴ【苦悩】③
「こんな所で何やってんだ、アルマン」
「別に、何にも……」
明るく話しかけては見たものの、アルマンは短くそう答えると、再び視線を同じ場所へと向けて黙ってしまった。
正直ここまで元気のないアルマンは初めてで、調子が狂うなと頭を掻くと、ディーノは手すりに肘をついてアルマンと同じ方向へ視線を向ける。
しかし、自然と視線は真剣にイヴォンネと話をしているセシリヤに向かってしまい、それに気づいたディーノが慌てて視線を逸らすと、アルマンも同じタイミングで肘をついていた手すりから離れて行った。
どうしたのかとアルマンを見やり、それからつい先程までアルマンの視線が向かっていた先を見れば、勇者がじっとこちらを見ていることに気が付き、そう言えばアルマンは勇者との接触・接近を禁止されていたなと、その行動に納得する。
勇者が召喚された後の緊急招集会議で、いたずらに刺激をしないようにと言われたにも関わらず即その言いつけを破るのだから、大したものだ。(別に褒めてはいない)
「アルマン、そんなに避けなくてもこれだけ距離があるんだから、目を合わせるくらい大丈夫だろ」
「……別に避けてないっすよ」
不服そうな顔をしてそう答えたアルマンに苦笑すると、更に睨まれてしまった。
「まあ、あれだ。お前にも何か思う所があったんだろうが、勇者様も右も左もわからない世界に来て戸惑ってるんだ。もう少し、見守っても良かったんじゃないのか?」
年齢だってアルマンよりもずっと下の少年だろうと続け、再び視線をアルマンから勇者へ戻すと、今度はイヴォンネに話しかけられて緊張しているのか、彼はぎこちなく頷いたり首を横に振ったりと大忙しのようだ。
なんとなく動きが小動物のようで可愛らしいなと笑っていると、
「先輩は、あいつが勇者だって認めてるんすか?」
そう問いかけて来るアルマンに、どう答えるべきか考えた。
彼が勇者であるかどうかを認めているかいないかと言えば、認めている。
彼は、間違いなく王が召喚した人間だからだ。
しかし、素質やひととなりについてを認めているかと言えば、簡単に頷けない。
故に、
「勇者である事は認めているが、まだ完全には認めてはいない」
「はぁ? どっちなんすかそれ」
声を荒げるアルマンに、まだそんな声を出せる元気があるじゃないかと苦笑しながら、
「彼は王が召喚したと言うんだから、勇者と認めざるを得ないだろう? でも、素質があるのか、そのひととなりはどうであるのかは、まだ全然わからない」
「……」
「これから先、勇者様には剣の稽古をつける事になるだろうから、少しずつ知って行けば良いと思ってる。その間に、彼が本当に勇者であるのかどうか見極めれば良い」
何もわかっていない内から答えを出すには尚早だと言えば、アルマンはばつが悪そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。
嫌味を言ったつもりはないが、アルマンにはそう聞こえてしまったのかも知れない。
(訂正すれば余計に刺激するかも知れないので、あえて謝罪はしない)
「どうしても納得できないなら、彼が何か信頼に足る功績を残したその後でも、評価するのは遅くないだろ?」
もしかしたらお前が思っている以上に何かを成し遂げる存在かもしれないぞと続けてアルマンの肩を叩くと、恨めしそうに睨まれた。
「わかってんすよ、そんなことくらい。自分が大人げなかったってことも……、全部わかってんすよ……」
呟いたアルマンの言葉を耳にしたディーノは、自分の非を素直に認めることも出来るようになったのかと瞠目し、僅かではあるが手のかかる後輩の成長を心の中で喜んだ。
(口にするとまたひねくれるだろうから、やはりあえて言わないが)
とは言え、接近禁止令がでている時点でアルマンが勇者に謝罪することは難しいだろう。(謝罪する気があるかどうかはわからないけれど)
「まあ、長い目で見守ってやるんだな。その内、禁止令も解けるだろ」
ディーノの視界に収まる勇者は、お礼を言っているのかイヴォンネにぺこぺこと頭を下げている。
慌ただしい動きで、どことなく放っておけない勇者の雰囲気に苦笑していれば、不意にセシリヤの視線がディーノを捕らえて思わず心臓が跳ねた。
彼女にとって特に意味も無い視線の動きだったのだろうが、その視界に入ったと言う事実だけで胸が騒ぐ。
時間にして僅か数秒、セシリヤが一礼をするとディーノもそれに倣って一礼し、また何事も無く視線が逸らされると、妙な寂しさが心に余韻を残して行った。
自分にこんな女々しい部分があったのかと溜息を吐けば、アルマンが肩に手を置き何とも言えない表情を浮かべて首を左右に振って見せる。
(それがまた妙に笑いを堪えているような顔をしていて、無性に腹が立つ)
「先輩……、悪いことは言わないから、やめといた方が良いですって」
「何がだよ」
肩に置かれた手を少し乱暴に振り払い、誤魔化すようにアルマンへくれぐれも勇者にちょっかいは出すなよと言い聞かせて、目的地である第六騎士団兵舎へと足早に向かう。
しかしまさか、アルマンにまで気づかれる程顔に出ているとは思わなかった。
ジョエルとは普通に接する事が出来ていた為、セシリヤの前でも自然に振る舞えているものだと思っていたのだが、実際はそうではなかったらしい。
魔王がいつ復活してしまってもおかしくないこの時期に、副団長とあろう者が色恋沙汰にうつつを抜かす訳にはいかないのだ。(部下に示しがつかなくなってしまう)
いっその事、雑務に忙殺されれば少しは気持ちが楽になるだろうか。
……そんな馬鹿な事を、考えた。
【END】




