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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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気の利いたセリフの一つくらい言えたのだろうか -Dino-Ⅴ【苦悩】①

 非番の日は苦手だ。

 正確に言えば、何もすべき事がないというのが苦手だった。

 騎士団で勤務している時は休む暇もなくやらなければならない事がある為に、それ以外の余計な事は考えなくて済む。

 特に、先日の花見の席であったシルヴィオとセシリヤの一件や、ディーノがセシリヤを傷つけてしまっただろう事が尾を引いていて、非番が巡って来る度に罪悪感と羞恥心に苛まれてしまうのだから困ったものだ。

 とりあえずいつまでも自室に籠っているのも良くないと外へ出ては見たが、特にこれと言った目的もなく、気が付けば城下に異常がないかどうかを見回っている始末で、我ながら面白みの無い休日の過ごし方だと心の中で溜息を吐き出した。

 隻眼になる前は頻度は低いとは言え遊んでいた方なのだが、それも今はすっかり足が遠のいてしまっている。(日頃の任務の疲れもあるのだろうけれど)

 暫く歩き、このままここで時間を過ごすよりも、潔く城へ戻って鍛錬場で剣の稽古でもした方が良いのではないかと思い至って踵を返した直後、視界の端に捉えた人物に見覚えがあり思わず立ち止まった。

 こんな真昼間にあの黒い制服で城下を出歩くなど、ディーノの記憶にはただ一人しかいない。


 第二騎士団長であるシルヴィオだ。


 第二騎士団の任務上、あまり顔が知れてはマズイのではと思ったが、彼に関しては既に女性関係で手遅れである事を思い出し、アンジェロが苦労するのも無理はないと同情してしまった。(勿論、前任の副団長にもだ)

 恐らく、また気まぐれに執務を投げ出してフラフラしているのだろう。

 何となくその足取りが気になって目で追っていれば、人混みをすり抜けるように歩いていたシルヴィオがふと足を止め、振り返った先を面白そうに眺めていた。

 何を見ているのかとディーノがその視線を辿って見ると、医療団の制服を来た見慣れない少年が、シルヴィオと同じように上手く人混みをすり抜け歩いている姿が見えて、思わず首を傾げてしまう。


 何故シルヴィオが医療団の少年と一緒にいるのだろうか。


 昼時ではあるし、一緒に食事でもしに来たのかとも考えたが、見た限り友人という訳でも、古くからの知り合いという訳でも無さそうだ。

 一体彼らに何の共通点があって共に行動をしているのかと考えていれば、突然少年の目の前に現われた花籠を持った少女とぶつかってしまい、すかさず少女を助け起こした少年が地面に落ちた花を拾い上げて籠に戻したものの、それは売り物としての価値は無くなっていた。

 困った顔をしている二人の前に立ったシルヴィオが、少女と目線を合わせるように膝をついて話しかけ、みるみる内に顔を赤く染めた少女が控えめに頷くと、花籠をシルヴィオに渡して何かを訴えかけているようだった。

 何を話しているかは聞き取れる距離ではない為にわからないが、シルヴィオがお金を手渡した所を見ると、花籠ごとそれを買い取ったのだろう。

 そのあまりに自然で、けれどキザったらしくない所作が、多くの女性の心を掴んで虜にするのかも知れない。

 流石、女性の扱い方に関しては右に出る者がいないと言われるだけあるなと感心し、少女が去って行くのを見送ると、ディーノはその場を後にする。


 あまり尊敬はしたくないが、そこだけは若干見習うべき所なのかもしれないと、あの夜に見た彼女(セシリヤ)の顔を思い出し、胸が痛んだ。





 城へ戻る頃には大分陽も落ちていて、結局あの後も何をする訳でもなく城下の見回りをして一日が終わってしまった。

 これならば、鍛錬場で剣の稽古でもしていた方が有意義だったのではと思えてならない。

 しかし流石にこの時間から稽古に行く気は起きず、早めに自室へ戻って休もうと城門をくぐった所で、すれ違った人物を思わず振り返り呼び止めてしまった。


「セシリヤさんっ……!」

「……ディーノ副団長……!」

「こんな時間にどこへ?」


 随分と急いでいる所を見ると、何か緊急事態が起こったのかも知れない。

 セシリヤの腕が立つ事は知っているが、それでも彼女一人を向かわせるのは危険だと考え何があったのか訊ねたディーノだったが、セシリヤは視線を落として言いづらそうにくちびるを震わせるだけだった。

 何か困っていることがあるなら力になれるかもしれないと続ければ、セシリヤは迷った末に、


「……勇者様がいないんです。お昼の食事を用意している間に部屋からいなくなってしまって……っ」

「勇者様がいなくなった事を知っている人は……?」

「私と、ユーリ……、それからマルグレット団長だけです。すぐに戻って来る可能性もあるから、騒ぎにはしないようにと……。でも、そろそろ陽が沈む時間です。もしかしたら……」


 そう言いかけて言葉にする事を躊躇ったセシリヤはくちびるを噛んだ。

 もしかしたら、何か良くないことに巻き込まれている可能性も否定できない。

 セシリヤが言いかけて飲み込んだセリフが頭の中を掠めた。


「落ち着いて下さい、セシリヤさん。他に何か、わかっていることは?」

「医療団員の制服の上着が一枚なくなっていました……。もしかしたら勇者様が持って行ったのかも知れません」


 そのまま外に出れば服装が目立つことを考えたのだろうと続ける彼女の言葉に、ディーノはふと、昼間目にしたシルヴィオと医療団員の少年の姿を思い出した。


 シルヴィオの後をついて歩いていた、あの見慣れない医療団員の少年。


 シルヴィオと一緒にいることが随分不自然だとは思っていたが、もしかしたらあの少年こそがセシリヤの言う勇者なのではないだろうか。

 ともすれば恐らく、勇者に危険が及ぶ心配はないだろう。

(一応あれでもシルヴィオは団長なのだから、何かあっても勇者を守ってくれるに違いない)


「セシリヤさん。昼間、シルヴィオ団長と歩いていた見慣れない医療団員の少年を見かけました。もしそれが勇者様だったとしたら、心配は必要ないかも知れません」

「シルヴィオ団長が……」

「一度部屋に戻って、勇者様が帰って来ているかどうかを確認しましょう」


 そう言うと、すぐに二人で医療棟へ向かって歩き出した。

 もしも戻っていなければ一緒に探しに行きますと続ければ、ディーノの顔を見上げたセシリヤがお願いしますと頷いて見せる。

 不安に揺れる瞳に思わず手を伸ばして抱き締めたい衝動に駆られるが、先日の失態を思い出してぐっと堪えた。


 こんな時、シルヴィオだったら、気の利いたセリフの一つくらい言えたのだろうか。


 脳裏に浮かんだ軽薄な笑みを追い払うと、ディーノは目指している部屋へと足を早めた。




 【36】

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