今まで以上に忌々しいと思えてならなかった -Silvio-Ⅳ【嫉妬】③
「人を斬った後に、罪悪感は……、残らないんですか?」
殊に、そんな質問をして来るユウキに関しては、最悪精神を壊してしまう恐れもある。
魔王討伐を目標に掲げ、過酷な現実を後から自覚させるのは危険だと、彼女も判断したのだろう。
歴代の勇者と違って、彼は真面目で繊細すぎるのだ。
(別に歴代勇者が不真面目と言う訳ではない)
不安げな瞳でシルヴィオの返答を待っているユウキに、どう答えるべきかと考えた結果、
「全く残らない訳じゃないよ。一応、僕も人間だからね。でもだからって罪悪感を持ってどうなるの? そんなものを持ったって殺した相手が返って来る訳じゃない。それに、僕たちだって見境なく殺してる訳じゃないよ」
「……それは……、そうですけど……」
「賊と言われる人間だって僕らだって、命懸けで生きてることに変わりはない。ただ、違った道を歩み進んだ結果、死へ繋がっただけ。そこへ行きつくまでに彼らに起こっただろう出来事は、単純に善悪なんかじゃ計り知れない。それでも、僕らは護らなきゃいけないものの為に剣を取るんだ」
護らなきゃいけないものの為にとユウキが復唱し、それに同意するように頷くと、再び彼は黙り込んでしまった。
やはり、植え付けられている価値観はそう簡単には覆すことはできないのだろう。
わかってはいたが、これは中々手強いなと、シルヴィオは心の中で溜息を吐き出した。
「じゃあさ、例えばの話だけど……、ユウキくんと君の家族の目の前に賊が現れたとするよね。武器を持って戦えるのはユウキくん一人だけ。賊が略奪の為に容赦なく家族を襲ってきました。ユウキくんはどうする?」
「……だったら、戦います……。多分……。でも、殺さないようにって……、考えてしまうかも知れません」
「それそれ。殺さないように考えてる時点で、こっちの世界じゃすぐやられちゃうよ。言ったでしょ、彼らも命懸けなんだって。この世界には、ユウキくんのいた世界のようなルールは存在していない。だから、常に生きるか死ぬかのどちらかしかないんだよ」
そうかと言って、殺す事を躊躇しないのも考え物だ。
ルールに則って生きて来たユウキには、その躊躇を忘れては欲しくない。
ただ、この世界で生きるとなった時には、冷酷な決断を下す事も必要であると理解して欲しかった。
「もし、相手を殺してしまったら……、その後はどうしたら良いんですか? すぐに忘れて次なんて……、僕には考えられません。きっと後悔して、殺した瞬間を……、感覚を、忘れるなんて出来ない……」
「……だから、背負うんだよ。彼らの命を」
震えるくちびるで必死に訴えるユウキの手は、依然として強く握られたままだ。
受け入れがたい現実に怯えているのか、それとも受け入れようと必死なのかはわからなかった。
「皆、軽々しく剣をふるったり魔術を使ってる訳じゃない。相応の覚悟をして、そしていくつも乗り越えている。そうじゃなきゃ、騎士団なんか勤まらないよ」
ユウキを追い詰めないようになるべく明るく振る舞っては見たが、やはり価値観の相違は受け入れがたいのか、彼は難しい顔をしたままだ。
「……セシリヤさんは、どうしてこんな事を僕に教えてくれたんでしょうか……? 教えないままでいた方が、勇者として利用するには便利だったんじゃないですか?」
「誰にも本当の事を教えて貰えずに後から事実を知るのとじゃ、気持ちが違うでしょ? 植え込まれた価値観は簡単には変えられない。それはこの世界にも共通する事だ。だから無理強いはしたくない。その場になって、咄嗟に判断できず君に危険な目に遭って欲しくない。彼女も、そう思ったからこそ正直に話してくれたんじゃないかな? そう考えれば、少なくとも、彼女は君を勇者として利用しようだなんて考えてはいないと思うよ」
「……」
そこまで話すと、ユウキはようやく持っていたフォークを動かし食事を始め、シルヴィオもそれに続く。
長話でとっくに料理は冷めてしまったが、ユウキにはどんな味がしたのだろうか。




