表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/290

今まで以上に忌々しいと思えてならなかった -Silvio-Ⅳ【嫉妬】②

 そろそろ昼時だからとアンジェロに休憩を促し、彼の姿が見えなくなった所でシルヴィオの向かった先は、ユウキがいるだろう医療棟の一番奥にある部屋だった。

 ノックもそこそこに中に踏み入れば、ちょうど休憩中だったのか、ユウキ以外誰の姿も見当たらなかった。


「こんにちは、ユウキくん! 魔術の練習は捗ってる?」


 軽い調子であいさつして近づくと、仔猫がユウキを守るように牙を剥いて威嚇して来る。

 シルヴィオが仔猫と目を合わせれば、驚いたように身を竦めてユウキの陰に隠れてしまい、そんなに怯えなくても良いのにと苦笑した。


 それにしても、今日のユウキは随分と暗い雰囲気を醸し出している。


 何かあったのだろうかと声をかけると、ユウキはとても居心地が悪そうに曖昧な返答をするばかりで、流石に様子がおかしいと首を傾げれば、彼は誤魔化すように約束のキョウカショを取り出して見せてくれた。

 受け取ってパラパラ捲って見ると、アイリの書いた文字とよく似ている形が並んでいて、これで間違いないとシルヴィオは確信し、早速読み書きの勉強を始めたい所だったが、どうにもユウキの様子を見る限りそんな事を言える雰囲気ではなかった。


 年もまだまだ若く、元々いた世界とは異なる場所に突然召喚されたのだから、元の世界が恋しくなって気分が落ち込むこともあるだろう。

 しかも、勇者などと担ぎ上げられて魔王と戦う羽目になったのだから、気持ちがわからないわけでもない。

 この狭い部屋で延々と治療魔術の練習と言うのも、気が滅入る原因ではないだろうか。


 シルヴィオが黙ってしまった事を気にしているのか、不安げに見上げるユウキの視線に気がつき、安心させるように笑うと彼の手を引き立ち上らせてそのまま部屋を後にする。

 勝手に出歩いてはいけないと言われている事を訴えるユウキだったが、律義にそんなことを守る必要はないと言い放ち、目立つ服装を隠す為に手近にあった医療団員の上着を拝借して、ユウキと二人で城下へ出た。(仔猫には悪いが、留守番してもらう事にする)


「たまには息抜きも必要だよ? あんな狭い部屋で治療魔術の勉強ばっかりじゃ息が詰まるでしょ? 僕なら三日ともたないよ」


 動揺と罪悪感からか視線を絶えず彷徨わせているユウキにそう言って、お昼時だしどこかで食事でもしようと提案し、欲求に逆らえなかったユウキが渋々了承した事を確認すると、すぐ傍にあった小さな食堂に入る。

 特に混雑している訳でもなく、人の目を気にする必要もなさそうな店だ。

 こちらの世界の文字をまだ読むことが出来ないユウキに苦手なものはないか確認して適当に注文を済ませると、いつもの調子で俯いたままの彼に声をかけた。


「いい加減に何があったか話してごらんよ。そんな態度を取ってちゃ、他の人も君を心配するよ? そんなに言いづらいこと?」


 頬杖をつきながら威圧的にならないように注意して答えを促せば、ユウキはゆっくりと顔を上げ、


「……シルヴィオさんは……、人を……殺した事、あるんですか?」


 これは予想外にも物騒な質問が飛んできたものだと、シルヴィオは目を丸くしてしまう。

 勿論、騎士団に所属している以上その質問の答えは「ある」になるのだが、一体ユウキはどこからそんな話を持ち出して来たのだろうかと気になった。


「勿論あるよ。そうしなければ自分がやられていたかもしれないし、罪のない一般市民が死んでいたかも知れないからね」

「……そう、ですか……」


 再び俯いたユウキに何か言われでもしたのかと問うと、彼は僅かに頷き、そのタイミングで注文していた料理がテーブルに届いた事で一旦話が途切れた。


「とりあえず食べなよ。お腹が空いてちゃ勉強にも身が入らないでしょ?」


 フォークを差し出してユウキへ食べる事を促すと、シルヴィオも同じようにフォークを持って料理を口に運ぶ。

 特別美味しい訳ではなかったが、どこか懐かしい味がした。


「僕のいた世界では……、例えどんな理由があっても、人を殺してはいけないって決められているんです。でも……、この世界で勇者として戦うことになったら……、人を、殺す事も覚悟しなくちゃいけないって……」


 そうセシリヤに教えて貰ったのだと、消えそうな声で呟いたユウキはフォークを握り締めたままだ。


 人の生死に関わる問題に、ユウキはかなり参っているようだと察したシルヴィオは、セシリヤが何故そんなことをあえて彼に伝えたのか考えながら、慎重に言葉を選ぶ。


「どんな理由があっても人を殺してはいけません。……良い決まり事だと思うよ。それだけ君の暮らしていた世界は平和だって事だね」


 恐らくユウキの住む世界は、悪は悪として裁く機関やルールがしっかり確立して働いているのだと思う。


「でも、この世界は君のいた世界と全く違う。殺さなければ自分が殺される。それがまかり通る世界なんだ」


 この世界ではそんな機関やルールは存在せず、それぞれの地方を治める人間に任されている事が殆どで、結果野放しになっているのが現状だ。

 例えば賊なんてものは掃いて捨てる程存在し、いくら討伐しても次から次へと涌いて出て来る。

 騎士団も時々村や町を襲う賊を討伐する依頼を受けるが、正直キリがない。

 恐らく、今回魔王を倒す旅の途中でも遭遇することは避けられないだろう。

 セシリヤはユウキがそれに遭遇した時に対応できるのか……、彼らの命を背負う覚悟があるのかを心配したのかも知れない。

 実際、騎士団に入団し賊の討伐任務を遂行した後、それらを背負いきれずに退団してしまう騎士も少なくなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ