月日は悪戯に過ぎて行くばかりだ -King- 【追憶】
眩い光と共に感じた浮遊感は一瞬で、まぶしさに閉じていた瞼を持ち上げると、そこには見たこともない世界があった。
無機質な灰色のビルが犇めき合うように建っていた、自分のよく知る世界とは異なるこの場所は、おそらく……。
ふと騒がしさに後ろを振り返れば、共に旅をし苦楽を分かち合った仲間たちが楽しそうに桜の下で笑い合っているのが見え、懐かしさに目を細めた。
勇者と持て囃されても、この世界では孤独だった。
だから、彼らがいてくれたからこそ、旅を続けることが出来たのだ。
勇者と崇められても、この世界では孤独だった。
だから、彼らがいてくれたからこそ、魔王を封印することが出来たのだ。
人間とは異なる種族も入り混じる仲間たちの中には、天寿を全うし、もう、この世にいない者もいる。
長寿種族であるが故に昔と変わらず、今も側にいてくれる者もいる。
けれど、中には望まないまま生かされている者がいることを、知っている。
彼女は、その呪縛に今も苦しみ続けているのだ。
この命が尽きてしまう前に、その呪縛から彼女を解放しなければ……。
あの頃の彼女を、取り戻さなければ…。
桜の下で、あの頃の笑顔を浮かべている彼女に、手を伸ばした。
【05】
「今日は、随分と賑やかだな……」
窓の外から微かに聞こえてくる賑やかな声に目が覚め呟けば、側に控えていたアンヘルがやや頑丈な作りの窓を開け放つ。
獣人は共通して目と耳が人間よりも良いらしく、ピクリと耳を動かし音の方角を確認すると、呆れたように溜息を吐き出し首を左右に振って見せ、
「騎士団の中でも、酒好きの騎士達が、桜の下で酒宴を開いているようです」
まったく呑気なものだと毒づくアンヘルに苦笑すると、王はアンヘルに参加しないのかと訊ねてみる。
今はこうして側近として仕えてくれているアンヘルだが、以前は第一騎士団の副団長として力を発揮し、二代目勇者と共に魔王の討伐にも参加していたのだから、酒宴を開いている誰かしらと面識はあるだろう。
人づきあいは大事だぞと、年長者らしく諭して見たが、
「見た目は若くとも、貴方と大差ない年齢ですから話が合うとも思えませんし、仮に私が行った所で、場を白けさせるだけですよ」
一応空気は読んでいるので、と付け足したアンヘルは、窓を閉めると王の上にかかる毛布を掛け直した。
すっかり可愛げがなくなったなと残念そうにすれば、いつまでも子供ではありませんからと正論で返されてしまう。
この世界の基準で理不尽な差別を受け迫害され、傷つき弱って今にも死んでしまいそうだった小さなアンヘルを保護したのも、今はもう昔の話だ。
魔王を封印する旅には連れて行けないからと、唯一信頼出来る村へ彼を預けた時、大きくなったら必ず役に立てるようになるんだと言っていた彼は、宣言通りに騎士団へ入団し、厳しい鍛錬を重ね、そして二代目勇者と共に復活した魔王を封印すると言う功績を残した優秀な獣人で、最も信頼している人物だ。
故に、彼にだけは真実を打ち明けている。
何故魔王が打ち倒されず、期限付きの<封印>に留まっているのかを。
何故魔王を<封印>する為に異界の勇者を召喚しなければならないのかを。
そして、召喚する為の、代償を。
「アンヘル……。近いうちに、異界の勇者を召喚しなければならなくなる」
「承知しております」
「……恐らく、これが最後になるだろう」
話をするやいなや、老いた身体には負担が大きかったのか激しく咳込んでしまい、アンヘルが王の上半身を抱き起こし、背中をさすりながらセシリヤを呼ぶか問われたが、必要ないと制した。
先日、処方してもらった薬を飲み落ち着いたとばかり思っていたが、自分が考えている以上に身体の調子は思わしくないようだ。
幾度も繰り返されているこの不毛な戦いに、今回で決着をつけなければ、自分が生きている間に彼女を救うことが出来なくなってしまう……。
右も左もわからないこの世界を孤独に旅する最中、出会った彼女から手を差し伸べられなければ、何も成し遂げられないまま野垂れ死んでいただろう。
彼女からこの世界の在り方を学び、剣と魔術を教わった。
彼女の存在には幾度となく助けられ、今でも心から感謝している。
しかし、あの戦いに彼女を連れて行くべきではなかった。
とある人の行方を捜していると言う彼女が旅に同行することを快諾してしまった事を激しく後悔することになるとは思いもせず、共に魔王と戦い、そして……、彼女はその身に呪いを刻まれてしまった。
疲弊に油断した一瞬の隙を突かれて……。
呪い持ちとなった彼女の人生は過酷なものとなり、やがて、少しずつ心を閉ざし、いつしか彼女の笑顔は歪なものへと変わっていた。
そんな彼女の呪いを解くために、若かりし頃はより多くの国へ旅をしたが、何一つ手がかりは見つからないまま月日は悪戯に過ぎて行くばかりだ。
―――忘れるな、その呪いが消えぬ限り、決して私は……!
地の底から響き渡るような声と言葉が脳裏を掠め、封じられて行く魔王の魂の断末魔の中、最後に叫ばれたその名前を呟くと、近いうちに起り得るだろう出来事に思いを巡らせるのだった。
【END】




