今まで以上に忌々しいと思えてならなかった -Silvio-Ⅳ【嫉妬】①
「団長、どこ行ってたんですか!」
執務室のドアを開けると、仁王立ちしながらアンジェロが憤る。
そう言えば、何も言わず書置きすらもせずに医療棟へ行ってしまった事を思い出して謝れば、アンジェロはさっさと座って仕事をして下さいと促し、素直にシルヴィオが従うと呆れの溜息を吐き出して彼も同じように席へ着いた。
相変わらず報告書の山、山、山。
いい加減、処理も二人じゃ追いつかないねとシルヴィオが呟けば、団長が真面目にやれば普通に処理できる量なんですけどと冷たい返事が返って来るが、そんなアンジェロの言葉すらも気にならない程、良い収穫があった。
勇者との接触だ。
ちょうど三~四日前に勇者への協力を募る書類が各団に回っていて、具体例に文字の読み書きが含まれていた事が切っ掛けで勇者に接触を図ったのだ。
剣技や魔術に関しては他団の誰かが手解きをしてくれるだろうと言うことを前提に。
結果、勇者の感触は悪くなかった。
とりあえず、異界から持って来たと言うキョウカショを使って読み書きを覚えようと言う提案をして約束をとりつけ、不自然にならないよう、第二騎士団で暗号として使いたいと言う名目も掲げて置いた。
勇者も素直な少年であったことから、秘密であることを強調すれば守ってくれるに違いない。
これで、三代目勇者の残して行ったノートの解読が出来るはずだ。
順調に事が運んでいることに満足しながら書類に手をつけると、訝し気な視線に気がついて顔を上げる。
「団長……、何か良い事でもあったんですか?」
「ん~? ちょっとね……。それよりアンジェロ、最近何か変わった事はなかった?」
アンジェロの視線を軽く躱して手早く書類にサインし、処理済みの山へ積み上げながらそう訊ねると、
「僕が見ている範囲では、これと言って不審な動きを見せる人物はいません。ただ、用心深いだけかも知れませんけど……。目に見える大きな変化と言えば、団長が女性と遊ばなくなった事くらいですね」
どう言う風の吹き回しなのかと言われたシルヴィオは、ただただ苦笑いするしかなかった。
アンジェロの指摘通り、ここ暫くは遊びも控えて健全な生活を送っている。
自覚しなくても良いことを自覚したからではないと言いたい所ではあるが、恐らくそれも関係しているのだろう。
明らかに以前と比べて食指が動かなくなってしまったのだ。
元をただせば、邪神との契約上致し方ない部分でもあったのだが、シルヴィオ自身も嫌いではなかった為にそれなりに上手くやっていた。
しかし、現状はこのざまだ。
このままでは制約に抵触してしまう恐れもあり、何とかしなければと頭を悩ませている。
故に、三代目勇者の日記の解読を急いでいるのだ。
彼女の日記には、シルヴィオの手の平にある契約印と同じ印が描かれていた。
それに加えて、見たことのない印が二つ。
その横に記載されている文字を読めれば、それらの関係性と対処がわかるのではないかと考えたからだ。
例え空振りだったとしても、何かしらの収穫があると信じて。
「ここまで団長が女性と遊ばなくなると、何か悪いことが起きる前兆なんじゃないかって心配になりますね」
「なぁに、アンジェロ……、また女の子に泣きつかれるあの日々に戻りたいの?」
「そう言う訳じゃないですけど……」
本当に大丈夫ですかと顔色を窺うアンジェロに、その内また元に戻るよと答えて次の書類に手を延ばして処理を進める。
あの日記の解読が出来るまで、そう時間は掛からないだろう。
ただ、そこに書いてある事実を知るのが怖いと言うのも、本音だ。
知りたいけれど、知りたくない。
相反する気持ちに終止符が打てないまま、時間は無情にも過ぎて行くのだった。
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