貴女の思うままに生きるだけだ -Dino- 【罪悪】④
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賑やかな酒宴も終わりを告げ、どこか覚束無い足取りで皆各々の兵舎へと向かっていた。
ディーノは隣を歩いているセシリヤに歩幅を合わせながら歩き、彼女は何も言わずに真っ直ぐに前を見つめて歩いていた。
少し先の方で、ザルのエレインとレナードが「今夜はこのまま酒場へ行こう」などと恐ろしい計画を立てているようだ。
真っ青な顔をしたアンジェロを担いだアルマンは、クレアと共に丁重にその誘いを断り、マティと言えば明日の執務に響くからと数時間前には既に兵舎へと戻っていた。
勿論、ディーノもエレインやレナードに付き合うと翌日の執務にかなり響いてしまうことは経験済みのため、半分以上は丁重に断るつもりでいる。
それも、隣を歩くセシリヤ次第であることはディーノのみが知ることだ。
「セシリヤ、ディーノ!! あんた達は付き合うわよね?」
予想通りの問いかけにセシリヤを見やると、彼女は少し困ったように笑っているだけだった。
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彼女との再会は、いとも簡単に訪れた。
「自分がついていながら、申し訳ありませんでした」
あの一件から三年後、ディーノは慰霊碑で会った女性と再会を果たしたのだ。
第七騎士団を退団した彼女は縁あって医療団へと移動しており、毎日忙しい日々を送っていたようだ。
この日、偶然にもディーノの部下数名がここで世話になっており、彼らの容態を確認しに来た所に彼女がやって来たのだ。
顔を見るなり地に頭がつく程頭を下げるディーノに、彼女は困惑するばかりだった。
「あの、どうか顔を上げて下さい」
「……」
「第三騎士団の方に土下座されたなんて知られては、一大事です」
ディーノと視線を合わせるように、彼女は膝を折る。
顔を上げたディーノの眼帯に差し伸べられた手は、微かに震えていた。
「あの時の事を気に病んでいるようですが、貴方は何も悪くありません」
「……いえ、もっと俺が……」
「想定外とは言え、己の力量を見誤った本人の落ち度です。あの時、逃げると言う選択肢もなかった訳ではないでしょう?それに……、入団前とは言え、自分の仲間を護って逝ったのなら、あの子もそれを誇りに思うでしょう」
強い視線に捉えられ、目を逸らすことが出来ない。
「貴方には、輝かしい未来があります。どうか過去に囚われず、真っ直ぐに前を向いて歩いて下さい」
「しかし、それでは……」
続くディーノの言葉は、そこで飲み込まざるを得なかった。
いつの間に隙を突かれたのか、彼女の手には鋭い刃物が握られていて、今にもディーノの喉を裂かんばかりに突き付けられていた。
「ディーノ・アウレリオ」
「……っ」
「不必要な謝罪は、あの子の選択を否定し侮辱するも同じこと。それ以上続けるのなら、容赦は致しません」
威圧的な声と視線に為す術もなく、ただくちびるを噛み締めることしかできなかった。
元は騎士団にいただけあって、彼女は自分より何枚も上手だ。
今、指一本すら動かせないのも恐らく、彼女の魔術によるものなのだろう。
詠唱もないままに魔術を使える者は、ロガール魔術団でも限られている。
完全にお手上げだ。
ふと身体の硬直が消えると、ディーノは崩れ落ちるように倒れた。
全身の筋肉が弛緩したかのように、身体が言うことを聞いてくれない。
魔術に対する抵抗力が低い証拠だ。
まだまだ鍛錬が足りないと、思い知らされる。
「貴方が背負う罪など、何一つないのだから」
「セシリヤさん……、俺は……っ」
「お願いします……、どうか、貴方だけは……」
あの子を否定しないでと彼女が呟いたのを最後に、世界が暗転した。
その後の記憶は最早定かではなかったが、救護室で意識が回復するまで傍にいてくれたのはセシリヤであることは間違いないと、確信はしている。
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「……ったく、あの人達には言葉は通じねぇのかよ!!」
すっかりエレインとレナードにふりまわされてしまったディーノは、恨みがましくブツブツ言いながら背負った人物を落とさないように背負い直した。
首筋にかかる髪や吐息の擽る感覚にふと零れる笑みと溜息。
「気持ち良さそうに寝てんのな……」
ディーノ共々ふりまわされたセシリヤも、すっかり酒が回って既に熟睡している。
酒乱二人組みの隙を見てセシリヤを背負ったディーノは、微かにふらつく足でここまで逃げ出してきた。
幸い気づかれることはなく、眠っているセシリヤと酔い覚ましに散歩がてらの帰り道、と言ったところだろうか。
既に空は白み始め、数時間もすれば勤務時間になる。
ゆっくり眠っている時間はないな、と深く溜息をつけば、背中のセシリヤが小さく身じろぎをした。
「セシリヤさん?」
「ディ……ーノ……ふ、くだんちょ……」
無意識だろうか、微かにディーノを呼び、再びセシリヤの意識は眠りへ落ちる。
「ディーノ副団長……か……」
あの時から、何かに取り憑かれたかのように鍛錬や任務を只管にこなし、気がつけば副団長へと昇格し、いつしかセシリヤに敬語を使われていて、彼女との距離が更にまた離されてしまったような気分になる。
小さな溜息を吐き出すと同時に、微かな呻きにも似た声が、ディーノの耳を掠った。
忘れることのできない、忘れてはならない名前が、罪が、セシリヤのくちびるから零れた。
「セシリヤさん……」
セシリヤは、ディーノに背負う罪などひとつもないと言う。
けれど、ディーノはそれ自体が罪なのだと言う。
相反するふたりの間にある微妙な距離は、縮まることなく平行線を辿っている。
これから先も、縮まることのないこの距離に悲嘆することすら赦されない。
……否。
「……俺は、赦されたいなんて思っちゃねぇよ」
罪は、消えない。
例えこの身が滅びても……。
「ただ、貴女の思うままに生きるだけだ」
【END】




