決して臆病と評して良い人物ではない -Yuri-Ⅳ【確信】③
「ユウキ様は、治療魔術を勉強されたいんですか?」
なんとなく事実を伝える事が出来ずに質問を質問で返してしまったが、ユウキは特に気を悪くした様子もなく頷き、
「ここに来た時に、魔王とか魔物とかを相手にしなきゃいけないって聞いて……、でも僕にはそう言うものと戦えるような手段がない。剣なんて生まれてから一度も握った事がないし、特別何ができる訳でもない。だったら、治療魔術を使えるようになれば、少しくらい役に立てるんじゃないかと思って……」
でも、そう簡単なことじゃないですよねと、じゃれつく子猫を抱き寄せて話すユウキに、ユーリは瞠目するばかりだ。
ユウキは、現実を受け入れられないのではなく、現実を受け入れるに値する力を持っていないことを危惧していたのだ。
現に、目の前で治療魔術を見て、これならば戦うことは出来なくても役に立てるのではないかと考えている。
全く別の世界から、こちらの世界を救うために突然召喚されたにも関わらず、こうして役に立てる事を彼なりに考えて探している。
彼は、間違いなく"勇者"だ。
例え、今までの勇者とは性質が異なっても、この世界の事を考えて選んだ答えなら、全力で力になりたいとユーリは思う。
「……ユウキ様なら、絶対に治療魔術だって使えるようになります。僕が教えます! 使えるようになるまで、絶対に!」
ユーリの口から出た言葉は全く根拠のないものだったが、それを聞いたユウキは僅かに微笑み、
「よろしくお願いします、ユーリさん……!」
彼の腕に抱かれた子猫も、その後に続くように小さく鳴いて見せる。
しかし勢いで教えると意気込んだは良いが、正直、どのように教えれば良いのか皆目見当がつかない。
けれどとにかく、何か少しでも役に立とうとしている彼を、放っては置けなかった。
魔術の適性はないと判断したが、もしかしたらまだこの世界に馴染めておらず、何らかの理由で魔術が使えない状態である可能性も否定できない。
とは言え、一介の新人に出来る事などたかが知れているし、勝手に判断して事を進めるなどもっての外だ。
まずはセシリヤに相談し、それからマルグレットに話を通してもらうようにすべきだろう。
そこまで考えた所でドアをノックする音が響き、返事をするとセシリヤが遠慮がちに顔を覗かせる。
様子を見に来たのだろう彼女に用件を訊ねれば、
「これから第六騎士団へ書類を届けに行くので、少し席を外しますね。今は団長も副団長も会議へ出席しているので、何か困った事があったら他のベテランの団員へ伝えて下さい」
そう言ってドアを閉める彼女を慌てて引き止め、
「セシリヤさんっ……! 折角なのでユウキ様も一緒に連れて行ってはどうでしょうか! 騎士団の兵舎の案内も必要だと思いますし……、少し、気分転換になるかと思って。団長も副団長も会議でいない今なら、鉢合わせはしないと思いますし……」
服装については、自分の着ている上着を羽織れば隠れて見えないだろう事を提案すると、彼女は少し思案してユウキを見る。
「もちろん案内するのは構いません……。ユウキ様は、どうされますか?」
もしも不安に思う事があるのなら無理はしないで下さいと付け足したセシリヤの言葉に、ユウキは一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに顔を上げ、
「……行きます。せっかくの機会なので、一緒に案内をお願いします」
そうハッキリと答える様は、最初に見せた気弱な少年の顏とは思えない程に明るかった。
*
一人部屋に残ったユーリは、ユウキから預かった子猫を膝に載せて窓から差し込む陽射しに目を細める。
上着はユウキに貸してしまった為に今は薄着だが、外気はそれだけでも汗を少しかくくらいには暖かい。
季節は着実に巡っていることを実感しながら、どうやってユウキの事をセシリヤに報告するか考えた。
まずは第一に彼らが誤解しているだろう「臆病」と言う評価は取り消してもらった方が良さそうだ。
彼は、いじめられている子猫を助ける事ができる勇気のある少年で、この世界についても現実を受け入れられないのではなく、現実を受け入れるに値する力を持っていないことを危惧しているのだとも伝えるべきだろう。
それから、今朝の脱走騒ぎの件については恐らく、この子猫が部屋を抜け出してしまった為に、慌てて追いかけていただけなのではないだろうか。
これについては確証はないが、話をする限り、何の理由もなくわけのわからない場所からむやみに抜け出すような無謀な人間には思えなかった。
「お前が話せれば、今ここですぐに解決するんだけどなぁ……。戻って来た時にでも聞いてみた方がいいかな」
膝元で呑気にウトウトとしている子猫を撫でながら、ユウキのまっすぐな瞳を思い起こす。
不安に揺れながらも、その奥にある芯の強さが見え隠れしていて、まだ不安定な状態ではあるが決して臆病と評して良い人物ではない。
少なくとも、ユーリにはそう思えてならなかった。
「多分、臆病じゃなくて……、優し過ぎるだけなんじゃないかなぁ……? お前も、そう思わない?」
膝元の子猫に話しかけると、ユーリに答えるかのように短くにゃあと鳴き、再びあくびをして目を閉じてしまった。
お前は気楽で良いなと小さな頭を撫でながら、この間にも彼の身に何が起こっているのかを知る由もないユーリは、ただそこで預かった子猫と共に彼が戻って来るのを待ち続けたのだった。
【END】




