貴女の思うままに生きるだけだ -Dino- 【罪悪】③
「ディーノ、もう大丈夫なのか?」
先日の演習討伐から一か月。
無事第三騎士団に復帰したディーノは、久しぶりに顔を合わす騎士に飽きるくらい同じ言葉をかけられて、いちいち答えるのも面倒になっていた。
「ああ、こんな傷、たいしたことねぇよ」
「そうか……。無理すんなよ」
共に演習討伐へ向かった同期の多くが学院生を護ってあの魔物の手にかかり、生き残った彼の顔には傷痕が残った。
身体の傷も癒え、騒動から復帰したディーノは、第三騎士団へ戻り、変わらない生活を送っている。
けれど、同じ第三騎士団に所属し、志半ばで散って行った同期達の部屋の扉には弔いの花が置かれていて、それを目にする度に、生き残ってしまった自分に罪悪感がのしかかって来る。
あの後……。
ディーノが気を失った後、彼らの危機を救ったのは、第一騎士団であった。
ディーノ達が演習場へ向かった後、いち早く結界の異変を察知した第一騎士団長の機転で、魔術団に応援要請をするとすぐに演習場へ駆け付けたそうだ。
とは言え、既に現場は悲惨な状態で、魔物は討伐出来たものの、生き残った者は学院生と数名の同期達だけだったと言う。
勿論、こんな予想外な事態が起きるとは思わず、要請を出してしまったことを第一騎士団長から直々に謝罪されたのだが、あくまでもそれは偶然であったのだから、第一騎士団に非はないと丁重に謝罪をお断りした。
何か困った事があれば力になるよと、遣る瀬無い顔で去って行く彼の背中をぼんやりと眺めながら、自分の無力さを悔やんだ。
「ディーノ、体調はどうだい?」
「団長……。……この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
とんだ失態だと頭を下げるディーノの目の前には、第三騎士団長であるジョエルが、困ったように眉を下げている。
「ディーノ……、今回の件は君の責任ではないと結論は出ているし、むしろ、君があの場で諦めずに戦っていたからこそ、後輩たちも頑張れたのだと言っていた。学院生に死者を出さずに済んだのも、散って行った君の仲間たちがいてくれたからこそだ。残念な結果にはなってしまったかも知れないが、それは騎士団に所属している以上、これからも経験することになる。慣れろとは言わない。けれど、いつまでも自分を責め続けてはいけないよ」
それは、騎士団に入団した時から重々承知していることだ。
初代勇者が魔王を封印した時も、多くの犠牲者が出たと聞いている。
その後騎士団が創設されるも、復活した魔王を再び封印する為に異界より召喚された二代目勇者と共に戦って多くの騎士達が散って行ったと言う。
……三代目勇者の時も、同様に。
長寿種族との混血であるジョエルは、二代目・三代目勇者と共に戦った一人であり、多くの同士達を失った経験もある。
けれど、そんなジョエルの言葉であっても、今のディーノには届かない。
魔物の討伐に何度も遠征した事はあっても、こんなにも多くの仲間を失う事などなかったディーノには、まだ、受け止めきれない現実だった。
「ディーノ。もしも君の気が済まないのなら、あの演習場に建てられた慰霊碑へ花を手向けに行ってはどうだい?」
*
ジョエルの勧めで、ディーノはあの演習場に建てられたと言う慰霊碑へやって来た。
まだ出来て間もないその慰霊碑は、犠牲者達を悼み弔う為の花に囲まれている。
この花の数だけ……、いや、それ以上の人々が今回の出来事で悲しみの淵にいるのだと思うと、どうしても自分を責められずにはいられない。
持っていた花を空いていたスペースに置くと、振り切るように踵を返し歩き出した……と同時に、自分と同じように花を手向けに来たらしい女性とぶつかってしまい、勢いで倒れそうになっていたその人を慌てて抱き留めたものの、彼女が持っていた花束までは受け止めきれず、それは静かに花びらを散らしながら地面へと落ちてしまった。
「……すみません、ありがとうございます。怪我をしなくて済みました」
「いえ、こちらこそ……不注意で、花を……」
花びらを散らしてしまった花束を拾う女性に謝罪すると、彼女は左右に首を振り「問題ありません」と笑ってディーノへ一礼して、弔いの花の群れへそっと献花し、静かに祈りを捧げ始めた。
慰霊碑へ向けられた長い、祈り。
彼女は、この件で亡くなった同期の誰かと知り合いだったのだろうか?
あの祈りが終わった後に、思い切って声を掛けようかと考えてはみたが、かけた所でなんと切り出して良いか分からず悩んでいる内に、気が付けば、彼女の姿は慰霊碑の入り口の向こうへと消えて行ってしまい、入れ替わるように慰霊碑へやって来たのは、ディーノとは配属先が別の同期の騎士達で、彼らは先程入り口ですれ違った女性を振り返りながら、声を潜めて何かを話しているようだった。
明らかにあまり良い話をしていないだろう彼らを訝し気に眺めていれば、その内の一人がディーノの視線に気づいたのか、慌てて他の二人に目配せをするも、話に夢中の二人は全く気が付かないまま、
「あの人、元は第七騎士団でも叩き上げの騎士だったんだろ?」
「そうそう。もったいないよな、退団するなんて」
「まあ、あの一件で突然家族を亡くしちまったんだ、相当ショックだったんだろうよ」
「そりゃあ、まさか演習討伐で死ぬなんて誰も思わないだろ。騎士団に入団する前に死ぬなんて、俺だったら発狂モンだよ」
「おいっ!! バカッ!!」
話に夢中の二人の言葉を遮る声と同時に、一斉に三人の視線がディーノへと注がれた。
「……、よ、よう、ディーノ……、その……、怪我は、大丈夫なのか?」
取り繕うようにディーノのご機嫌伺いをするも、気まずい空気が一層白々しさを強調し、困ったように三人は視線を足元へ落とす。
「おい……、聞いてねぇぞ、そんなこと」
犠牲者は、共に指導に当たっていた同期の仲間達だけだと聞いていた。
学院生は皆無事だと、団長たちにも聞かされていた。
「……箝口令、敷かれたんだよ」
「何の為に……っ?」
視線を足元に落としたまま答えた一人の言葉に、驚きを隠せない。
どこかおかしくなったんじゃないかと思うくらいに心臓が早鐘を打った。
体中の血液が逆流するような感覚に、眩暈がする。
第一騎士団長も、ジョエルさえも……、いや、最早騎士団ぐるみでその事実を伏せていた。
遺族である彼女さえも事実を伏せ、そして退団して行ってしまう。
目の前の彼らの話を聞かなければ、謝罪の機会すら与えられないまま、いや、もしかしたら必要ないのだと言い聞かされたまま真実は覆い隠され忘れられて、どこかで彼女に会ったとしても何も知らないまま、素知らぬ顔でのうのうと生きていたかも知れない。
今、彼女と話をしなければ……。
弾かれた様にその場から走り出した。
慰霊碑の入り口へ。
あの女性のもとへ。
もう、何も考える余裕などなかった。
言い知れない罪悪感だけがディーノの心を支配する。
けれど、ふと、彼女の家族だと言う人物の顔さえ思い出せない事に気が付き、その場に立ち尽くしてしまった。
顔さえ覚えていないのに、上辺だけの詫びなど、彼女の心に届く訳がない。
「……結局、自分が赦されたいと思ってるだけじゃねえかよ」
これは、一生忘れてはならない、赦されてはならない罪だ。
塞がった筈の左目の傷が熱を帯びたかのように疼き、思わず左手で覆うと、きつく奥歯を噛み締める。
結局、彼女を見つける事も、出来なかった。