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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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切に願い、強く抱き締めた -Joel- Ⅲ【切望】②

 季節外れの花見に誘われたと言うディーノを定刻通りに上がらせると、ジョエルはまだ終わらない書類の束に手を延ばす。

 慣れているとは言え、流石にこの一山を終らせる頃には日付が変わってしまうだろうと苦笑した。

 基本的に、ジョエルは部下に自分の仕事を頼む事はしないと決めている。

 しかし、ディーノ・アウレリオと言う男は良く気の利く男で、いつも彼は仕事をさりげなく進めやすい様に処理をしてくれている。

 積まれた山の所々にディーノの施したと思われる訂正跡や付箋を見つけ、その気遣いに感謝しながら、未だに解けていない誤解をどうするべきかと考えた。

 その誤解のせいで、いつもならば仕事の配分も調節も上手くやっていたはずのディーノは、不自然な程に仕事を詰め込んでいて、少しやつれた姿に見てはいられないと昼間に少し釘を刺して見たが、効果があったかどうかはわからない。

 何れにせよ、ディーノの態度がおかしくなった原因のひとつに自身が含まれている事に間違いはなく、小さな溜息を吐いて再び書類に目を戻したものの、やはり気になってしまって一向に処理が進まなかった。

 毎日の様にディーノと顔をあわせていると言うのに、セシリヤとの関係をどう説明すれば良いのかわからないまま、ただ時間だけが過ぎて行く。

 このままだと、無理をしているディーノが身体を壊してしまい兼ねない。


 やはり、ここは覚悟を決めて話すべきだろう。


 セシリヤに関する詳細は避けて、旧知の中である事だけをかいつまんで話せば、多少は誤解も解消されるかも知れない。

 言い訳がましく聞こえようと幻滅されようと、自分自身で蒔いた種なのだからその時は受け入れるしかないと、人知れず腹を括った。

(ディーノならば特に何を言う訳でもなく冷静に受け止めるとは思うが、何をどう考えているのがわかりにくいのが余計に恐ろしい気もするが)



 *



 書類の山を全て片付け終えたジョエルが自室へ戻る頃には、既に日付は変わっていて、作業をこなしている間にあれこれと余計な考え事をしていたせいか、今夜は妙な疲労感が襲ってくる。

 制服を腕から抜き、いつもならば皺にならない様掛ける所を端折って椅子の背凭れに大雑把に預けるも、思ったようにかからず床に滑り落ちた。

 最初からいつも通りに掛けて置くべきだったと溜息を吐き、滑り落ちた服を拾い上げた所で、不意に此方へ近づいて来る足音に気がつき耳を澄ませれば、それはよく聞き慣れたものであり、その人物を迎え入れる為にそっと扉へ近づいた。

 セシリヤがこの部屋を訪れると言う事は、また、彼女の身に何かあったと言うことだろう。

 ここしばらく、セシリヤがジョエルの元へ訪れる事が無かった為に安定しているとばかり思っていたのだが、……今日は一体、何があったのか。

 訊いた所で彼女が素直に答えない事を知っている為に、ジョエルはその疑問を口にするつもりはない。

 扉を開け迎えてやれば、その影は倒れ込む様にジョエルの腕の中へ崩れた。


 ここまでの流れはいつも通りだ。


 けれど、いつもと違うのは、その身体を抱き止めた時に触れた彼女の肌から発せられている異常なまでの、熱。

 それに加え、ここへやって来てから一言も言葉を発さないまま、ただジョエルに身を預けているだけの状態で、何かしら身体に異常をきたしているのでは無いかと思わずにはいられない。


「セシリヤ?」


 ジョエルの呼びかけに僅かな吐息とも声とも取れない返答があり、意識が辛うじてある事を確認出来たと同時に、鼻先を掠める酒の匂いに気がついた。

 先程から異常なまでに感じる身体の熱は酒のせいで、もしかすると、セシリヤもディーノと同様に季節外れの花見と言うものに呼ばれていたのかも知れない。


 しかし、彼女は桜が好きではなかったはずだ。


 目にすれば美しいと言葉にはしていたが、同時に、唯一の家族であったアレスとの別れを思い起こさせてしまうそれを、厭っていたはずだ。

 その感情の矛先は桜だけに留まらず、セシリヤ自身にも向けられてしまうのだから、出来る事ならば彼女にその花は目にして欲しくなかった。

 無論、セシリヤがそんな事を間違っても口にするはずもない為、その事実を知っているのは彼女自身とジョエルだけだ。

 故に、誘われた所で上手く断る事が出来なかったのだろう。


 ……どこまで、自虐的なのか。


 一先ず酒が回っている以外の異常が見当たらない事に安堵すると、セシリヤを抱え上げてベッドへ静かに降ろす。

(多少抵抗はあったが、そのままにしておくわけにも行かない)

 彼女は少し身動ぎをすると、薄手の毛布をかけようとしていたジョエルの腕を掴み、あろう事かその身体を引き寄せた。

 酔っている上に大した力で引っ張られた訳ではなかったが、あまりにもそれは突飛な行動で、ジョエルはなすがままにセシリヤに覆い被さる形になり、らしくもなくその状況を理解するまでに時間がかかってしまった。

 しかしながら理解した所で、この状況は逆に理解できなかった方が良かったのではないかと思えてならない。

 もしも今のこの状態で第三者がこの部屋に足を踏み入れたのならば、間違いなく男女の関係と誤解されてしまうに違いない。

 状況が状況なだけに、どうして良いか解らず固まってしまったジョエルへ追い討ちをかけるようにセシリヤの腕が背に回された。


 酒のせいで薄い服越しに触れる火照った肌が、熱い。



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