今更、訂正のしようもないくらいに -Dino-Ⅳ【距離】③
「シルヴィオ団長、セシリヤさん、飲み過ぎです。戯れが過ぎますよ」
「良い所だったのに……」
音も無くその背後に忍び寄り、今にも隙間を埋めてしまいそうだったその空間に間一髪で右手を差し入れると、シルヴィオの瞳が鋭さを持ってディーノを射抜いた。
「アンジェロがお茶を用意してますから、酔い覚ましに飲まれてはいかがですか?」
溜息を吐きながら体勢を立て直したシルヴィオにすかさず牽制すると、彼は小さく肩を竦めながらも意地悪く口元を歪めて笑って見せる。
普段から何を考えているのかさっぱり読めないシルヴィオのその笑みに、少しだけ嫌な汗が背を伝う。
「君、意外と嫉妬深い方?」
まるで全てを見透かしたかの様な言葉に一瞬動揺するも、ここで表情に出してしまっては完全に負けだと言う妙な意地で、極めて平静を装いつつ、負けじと同じ様に口元を歪めて小さな溜息を吐いて見せる。
「シルヴィオ団長の仰る通り、嫉妬深いのは自覚してます」
「え、ちょっと……、何。聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだけど!」
「……冗談です」
お互いに笑顔のままではあるけれど、ぶつかり合う視線は間違いなく見えない火花を散らしているだろう。
静かな攻防戦を視線で繰り広げていると、先に折れたのは意外にもシルヴィオの方で、彼は「邪魔者は退散しよう」と茶化すように言葉を残し、そそくさと立ち上がってアンジェロの元へ歩いて行った。
シルヴィオが完全にその場を立ち去って行くのを見届け安堵の溜息を吐くと、少し下からくぐもった声が聞こえて来たことに気が付いたディーノは慌てて手を放す。
「すみません……っ、セシリヤさん」
シルヴィオとのやり取りにムキになっていて、セシリヤの口を塞いでいた事をすっかり忘れていた。
よくよく思い返して見ると、成り行きだったとは言えシルヴィオの挑発に乗って告白とも取れない微妙な発言もしている。
恥ずかしさで何処に視線を定めて良いのか解らず狼狽していると、セシリヤもディーノと同じ様に視線を泳がせていた。
……気まずい。
軽はずみな男だと思われてしまっただろうか。
いや、思われてもおかしくはないだろう。
それならば、尚更事態は深刻だ。
冗談だと取り繕うように言葉を付け足したあの言葉は、紛れも無く事実なのだから。
せめてその誤解だけでも解かなければと口を開いた瞬間、ディーノの声は唐突にやって来た別の人物の声にかきけされた。
「二人とも、何辛気臭い顔してんのよ」
セシリヤとディーノの間を割り入るように座り込んだエレインは、相当酒が回っているのかいつにも増して上機嫌だ。
彼女がこうなってしまうと、誰も止める事が出来ないのをディーノは良く知っている。(前回の花見が良い例だ)
先程までエレインに絡まれていたラディムはどうしたのだろうかと振り返れば、そ知らぬ顔をして不機嫌そうに茶を啜っているのが見えた。
(恐らくエレインの絡み具合に耐え兼ねて此方へ追いやったのだと思う)
「ほら、ディーノ! アンタぼんやりしてないでお酒注ぎなさいよ。セシリヤも、遠慮なんてしないで呑んで呑んで!」
セシリヤにしなだれかかりながら、ディーノに酒を注げと顎で促すエレインに気付かれないよう溜息を吐くと、押し付けられたボトルを渋々傾ける。
どうやら今日は何かにつけてタイミングが悪いらしい。
いつもと変わらない微笑みを浮かべ、エレインに無理矢理手渡された酒に口を付けるセシリヤを見つめながら、ディーノはどうしたものかと心の隅で頭を抱え込んだ。




