貴女の思うままに生きるだけだ -Dino- 【罪悪】②
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騎士学院を首席で卒業し、騎士団へ入団をしてから二年目の冬の終わりのことだ。
順調に配属先の第三騎士団でも自らの能力を発揮して着々と地位を上っていたディーノの元へ、第一騎士団長より、次春入団する新人騎士の現地演習指導の要請が入り、断る理由はないと二つ返事で引き受けた彼は、同期の十数名と共に演習場へ騎士学院の学院生を率いていた。
この現地演習では、卒業を控えた学院生それぞれの適正を見極め、配属先を決める通例行事だ。(当然、ディーノも入団前にこの演習に参加し、第三騎士団への推薦を獲得したのだが、これはまた別の話だ)
初めての演習討伐に初々しい反応を示す学院生の中には、よく面倒を見ていたアルマン、クレア、アンジェロもおり、相も変わらず三人一緒で行動している事に妙な安心感と懐かしさに苦笑しつつ、演習場とは言え油断はしないようにと、何かと学院生時代に問題を起こしていた彼らに注意を呼びかけると、演習討伐の対象である魔物の姿を確認する。
けれど、指示通りにやって来た演習場には討伐対象である魔物の気配はおろか、生物の気配ひとつなく、不気味なほど静まり返っていることに違和感を覚えたディーノは、学院生達にこの場で待機するように指示を出すと、半数の同期に彼らの護衛を任せ、残りの半数の同期を連れて、この奇妙な演習場の偵察へと馬を走らせた。
通常、演習討伐の対象となる魔物は騎士団指導の下、学院生が討伐できる程度のものを演習場へと誘き寄せる手筈になっている。
遅くとも前日までにはこの場所に誘き寄せ、その後魔術団の魔術師によって結界を張り魔物を留まらせているはずなのに、その結界を張った形跡すら見当たらないのは、どう言うことなのか。
まさか、場所を間違えるなどと言う初歩的なミスはないだろう。
何度も演習場へは下見に来ていたし、今回この指導を要請した第一騎士団長にも間違いがないか確認は取っている。
準備は万全で、何一つ間違ってはいないはずだ。
それなのに……。
「ディーノ、一度第一騎士団へ連絡をしよう。もしかすると、何か思ってもみない事態が起きた可能性も考えられる」
同期の一人の提案をすぐさまディーノが受け入れると、提案した彼は手綱を引き進行方向を変え、騎士団兵舎のあるロガール城を目指して馬の腹を蹴り、嘶きと同時に駆けだした。
……つもりだったのだが、まばゆい閃光が彼らの行く手を遮ったと思えば、瞬きの直後、目の前に残されていたものは、無残にも引き裂かれた馬と騎士の身体だった。
「……何が、起こったんだ?」
あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか理解が追い付かないまま茫然としていたディーノ達だったが、ふと、遠くの方から悲鳴や剣のぶつかり合う音が風に乗って聞こえて来た事で我に返ると、すぐにその方角へ馬を出す。
あの方角には、ディーノが待機命令を出した学院生達と、その護衛を任せた同期達がいる。
そして、先程の閃光で失った同期の無残な姿から察するに、ここには間違いなく魔物がいる。
それも、学院生達には到底討伐できない……、もしかすると、自分達にすら討伐できない上級の魔物だ。
ともすれば、一連の奇妙な演習場の説明がつく。
誘き寄せたはずの魔物はおそらく、それに食われたのだろう。
……文字通り、跡形もなく。
結界すら破り、その形跡をも消せる程の魔物となると、更に厄介だ。
魔術師の結界を無効にできると言うことは、結界を張った者以上の魔力を持つと言う証拠であり、魔術よりも剣術に長けている騎士達にとっては分が悪すぎる。(どちらも立つ第一騎士団長ならば別なのだが、まさか演習場にそんな魔物が乱入するとは彼も思いはしなかっただろう)
先程の閃光も、おそらく魔物の魔術の類だろう。
自分の持つ魔力では仮に防ぐ事が出来ても数秒だ、後輩達を護り切る事は難しい。
ここにいる同期の力を合わせたとて、敵わない。
ならば、相手の意識をこちらに向けさせている間に、この場にいる同期数名を城へ向かわせて至急応援を要請するしかない。
考えている間にも、一人、また一人と遠くで後輩を護り倒れて行く同期の姿が見える。
学院生でありながら、アルマンもアンジェロも果敢に応戦しているようだが、その圧倒的な力の差に今にも圧し負けてしまいそうだ。
クレアも必死で後方から支援しているが、それもいつまで持つだろうか。
「俺が魔物の気を引いている間に第一騎士団へ連絡を頼む!」
同じ方角へ向かっていた同期の一人へそう叫ぶと、ディーノは馬を乗り捨て戦意を喪失している学院生へ襲いかかっていた魔物へ斬りかかる。
魔物の肉を上下真っ二つに斬った感覚と確かな手応えに安堵したのも束の間、二つに分断された魔物はすぐに失った部分を補うかのように体を変形させると、あっと言う間に元の姿へと戻って行ったのである。
それも、一つ、個体が増えた状態で。
「こいつを分断するな、増えるぞ!」
必死に応戦している同期達へ叫ぶも、既に増えてしまった個体に翻弄され、陣形も崩されていた。
騎士団に緊急の連絡が入って、こちらへ応援が来るまで早くても十五分。
その間、どれだけここを護っていられるだろうか。
徐々に濃くなって行く死臭に歯噛みしながらも応戦していると、血だまりに足を取られ体勢を崩してしまい、その隙を突かれたディーノに向かって、あの閃光が走る。
あれをまともに受ければ、確実に待っているのは死だ。
しかし、ここで果てる訳には行かない。
自分の後ろには、まだ諦めずに応戦している後輩が、同期がいるのだ。
自分だけ、ここで早々にリタイアなどするものか。
その場しのぎにしかならない魔術で防御壁を作り、ほんの僅かな時間を稼いだ間に身体を捻り、間一髪で直撃を避けたものの、避けきれなかった閃光が左目を掠ったせいで、激痛が走る。
それでも、痛みに声を上げる事もせずに立ち上がり態勢を整えて剣を構えた。
けれど、無常にも半分だけ残った視界は歪み、やがて意識は遠のいて行くのだった。




