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創作民話・『隣の寝太郎』

作者: 北風 嵐

水神さんのお告げと高津神社のおみくじ,あらたかなのはどっち?


果報は寝て待ては、寝ていればいいことがあるの意ではなく、万事を尽くしたれば、後はあれこれと心配することなく泰然としていよの意である。

p1

昔、浪速の国に、父親をなくして母親と二人きりで暮らしている息子がありました。顔立ちはちょっとしたいい男であるのだが、この息子はなまけ者で、毎日食べては寝、寝ては食べてばかりいるので、家は貧しくなる一方でした。

 正月も近くなったある日のこと、ゴロリと寝ている寝太郎の枕元に来て、母親のお福が言いました。

「お前、お正月が来るじゃないか、どうするんじゃ」

「正月が来たらゼニ儲けするさかい、待っといてくれ」と、寝太郎は答えました。


この親子の隣は、金持ちの金兵衛どんの家で、お加代という一人娘がいました。

お加代は器量よしなのですが、はっきりとモノを言い、可愛げのないところがあって、年頃だというのに縁談の話もなく、嫁の貰い手もありませんでした。

「うちの娘のどこが悪い。器量もよい、はっきりとモノを言うのは頭のいい証拠、気立てだって親の私にはやさしい。世間はどこに目をつけているのか」

かくなる上は婿とりじゃ、金にモノを言わせてよか婿どのを迎えんと、金兵衛、お正月の朝早く起きだして水神さんにお願いをするために、井戸のそばにしゃがみこんで拝み始めました。

この水神さんの霊験はあらたかで、金兵衛の今の商売も水神さんのお告げがあって、それで商売替えすると、繁盛し金持ちになったのでした。


「うちのお加代にいい婿がありますように」そう唱えますと、井戸の向こう側から、

「隣の寝太郎を婿にとれ」という声が聞こえます。金兵衛ビックリして家の中に飛んで入りました。顔色を変えてお加代にそのことを言いました。

「拝みよったら今日はめったにない、元旦の朝間から水神さんがものを言いはった。隣の寝太郎を婿にとれとはっきり言いはった」

「お父っつぁん、あんな寝てばっかりの人は嫌や」

「そう言っても、水神さんの霊験はあらたかで、うちが今あるのも水神さんのお告げがあったればこそや。むげにしたらどんな禍いがあることやら、それが心配や」

お加代は水神さんが言うのだから、どっか寝太郎にもいいとこがあるのだろうと、そのやさ男の顔もちらついた。

「お父っつぁんが言わはるのやさかい、そうします」と承諾した。


金兵衛、隣のお福の所に使者を立て、「婿に下され」と頼みに行かせた。

「うちは一人息子やで、ようやらん」と、お福はにべもない返事。

金持ちのうちが言うのやからと、タカをくくっていた金兵衛、頭にカチンときたけれど、水神さんのお告げと、がまんして、そこをなんとかと頼み込みました。

「あんな気の強い娘の婿など、離縁されて戻されたら世間様の物笑い。おまけに隣ときた日にはいっそうぐつが悪い」と、云うのがお福の考えでありました。

「お前、どうする?」

「あんな女に限って、夫婦になれば亭主にはやさしくするものよ」と、寝太郎は云うもので、「金兵衛さんのたってのお願いだからお受けします」と縁談は纏まった。


p2

このお婿さん、案の定、寝てばかりで一向に働きません。食べる時と、風呂と厠に行くとき以外は寝てばかり。

「お前さん、お父っつぁんの目も、世間の目もあるさかい、少しは働いておくれ」と、お加代が頼んでも、

「果報は寝て待てというのに、何をあくせく皆は働くのやろぅ」と、どこ吹く風でありました。


ひょっとしたら大物と思っていたお加代も呆れ果て、金兵衛は、

「こないも寝てばかりいられては、家は貧乏になるさかい、返す」と云って、お福のところに怒鳴りこみました。お福は、

「ようやらんと云うのに、貰いに来たのは金兵衛さんお忘れかい、わたしゃよう受け取らん」と、返事を返します。

金兵衛は寝太郎をどうしても追い出したいので、

「ぎょうさんお金つけるさかい」ということで、たくさんのお金をつけて返しました。


その翌日から寝太郎は生まれ変わったように、ものすごく働き始め、可愛い嫁も貰って、そのお金を元手にして商売をはじめ、寝太郎の家はすばらしい身上よしになりました。

 ここまでが兵庫の民話で語られているとこであります。これではあくせく働く者にはせいがない。


かくて、後編・・。


成功すると世間の評価はコロリと変わる。最初こそ寝太郎を笑っていたが、その内、寝太郎が寝てばっかりだったのは忘れられて、

「あんな働き者で、才覚のある婿を返してぇー」ということになる。

金兵衛も面白くないが、もっと面白くないのがお加代であった。

「これでは、わたしは表にも出れない。お父っつあん、悔しいー!」と泣いた。

「あの娘が初めて泣いた。さど、悔しかろう。もとはといえばおらが水神さんのしょうもないお告げを信じたばかりに…」と、お加代のために金に糸目をつけず、顔は不細工だが働き者の婿を取った。


落ち目になると人間禍はすぐにやってくる。商売は以前ほどでなくなった上に、金兵衛ははやり病でころりと亡くなった。お加代は涙で父親に誓った。

「お父っつあん、悔しかろ。あたしは決して隣なんかに負けないよ」


今や金兵衛の家をはるかにしのぐ金持ちになった寝太郎一家。お福は、今日は芝居、あすは浄瑠璃と優雅なご隠居の身分。道行く知人に会おうものなら、「うちの寝太郎が・・」と、息子自慢これしきり。

寝太郎は、遊びは母親にまかせ、貰った嫁のおきみと家業に余念がない。今や番頭、手代に丁稚どんをおく身分。屋号の『天王寺屋』を知らぬ人はないという大店になっていた。

夫婦は神さん信心おこたりなく、欠かさず行くのは、朝の高津神社の参拝でありました。


以前、高津さんのおみくじを引いたら、「事急ぐべからず、果報は寝て待て」と出た。それを守って今の身上になった。夫婦はお参りの度におみくじを引き、それを指針とした。ことはますます良き方に進んだ。

あるとき、「今繁盛するとも、末はいかばかりや。新しき道を進め」と出た。寝太郎は思い切って商売替えをした。それが裏目と出てたちまちに凋落し、夫婦でその日がやっとの暮らしぶりのありさまとなった。


一方お加代の方は、不細工な面の婿ではあったが、おかよは「男は顔ではないよ」を知っていたから、夫婦仲もよく、婿も働き者で地道ではあったが、金兵衛の頃に戻していた。その婿がお加代に訊いた。

「どうしてあんなに繁盛していたのに、隣は商売替えしたのやろ?」

「さー、おみくじにでも出たのではないかいね」と、お加代は答えた。


金兵衛の仏壇には、なぜか。高津神社の六角のおみくじの小箱が置かれていた。当時、高津の界隈では商売替えをするもの十指を数えた。天王寺屋を除き、いずれが栄、いずれが凋落したかは不明である。


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