表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第一章 ロストサンタクロース
7/51

反抗の意思 ② /外ヶ浜巽

 ある日の放課後、俺は四季ノ国屋に本を買いに行った。

 入り口には、カレンダー小説企画なるコーナーが設置されており、月ごとの書店オリジナルの小説が置かれていた。『怨恨痛快のアンプリファイア』という小説が目にとまる。タイトルだけじゃ何月の作品かわからないし、なんだかクドイなと思った。


「面白いよね。オリジナルの小説を置く本屋さんって、珍しい」

 声をかけられ、すこしビックリして振り返る。金髪のおかっぱ頭が特徴的な外国人の女性だった。

「へへ。急に声かけてごめんねー。変質者じゃないよ」

 スーツ姿の彼女は、にこにこと碧眼を細めて笑った。

「あ、いえ。べ、別に……大丈夫です」

 背も高くて美人だったからか、思わずおどおどしてしまった。猛烈に恥ずかしい。彼女の靴先ばかりを見つめてしまう。

「巽くん、わたしのこと、おぼえてる?」


 名前を呼ばれ、俺の頭は急速に冷却されていく。

 誰だ。どこで。こんな美人、憶えないわけがない。なんで俺の名前を知っている。金髪。おかっぱ。碧眼。


「あぁ……、そうだ!」

 俺は思い至り、溜息みたいな納得が口からもれた。

「やったぜ。こういうときは、目立つ容姿がありがたい」

 と、彼女は嬉しそうにピースサインをした。

「祖母の葬儀にいらしてましたよね」

「そうそう。わたし、国際埋葬林管理研究連盟、日本支部の二森沙兎(ふたつもりさと)。よろしく」

 国葬連の名前が出て、俺の心臓が大きく音を立てた気がした。


「二森さん。さすがに高校生のナンパはやめたほうがいいですよ。というか、うちの店でナンパは……」

「違うわ! この薄らヒゲ!」


 薄っすらと顎ひげを生やした店員さんが現れて、二森さんとケンカを始めた。どうやら仲が良いらしい。

 二森沙兎。頭の中で彼女の名前を反芻してみたが、下の名はともかく、苗字は明らかに日本人だ。ハーフってやつだろうか。


「国葬連として聞きたいことがあるだけです。巽くん、いまからちょっといい?」

「え、ええ。いいですよ」


 そうだ、国葬連。優衣子の遺体を持ち去った組織。急に意識がはっきりと優衣子を形作る。忘れていた落し物が届いたような感覚だった。

 この人ならば、他ならぬ国葬連の人ならば、優衣子についてなにか知っているかもしれない。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 二森さんに促され、俺は本を買うことも忘れて、四季ノ国屋書店をあとにした。




 ◇




 俺を連れ出した二森さんは、書店のすぐ近くにあるチェーンのカフェでコーヒーをおごってくれた。本当は、なんとかハニーなんとかかんとかオレを頼みたかったのだが、噛まずに言う自信がなかったので諦めた。


 桜の季節とはいえ、東北の春は油断するとまだ寒い。湯気をたてるコーヒーをすすりながら、俺は二森さんをうかがう。国葬連として話がある。そう言った彼女は、なにやら難しそうな本を開いて、うきうきとページをめくっていた。

 なんとなくわかる。あれは読んでない。ただ文字を目で追ってページをめくっているだけだ。油断のならない人物であるような気がした。


「巽くん、世界五分前仮説って知ってる?」

 なんの前置きもなく、二森さんは言い出した。

「え、えぇと。世界が五分前にできたのだと仮定しても、論理的な不可能性はない。みたいな思考実験でしたっけ?」

「そうそう、そんな感じ。正直、本を読んでみてもよくわかんないんだけどねー」

「はぁ、俺だってよくわかりませんよ。ラッセル・クロウさんは、どうしてそんなことを考えたんでしょうね」

「それは映画俳優。バートランド・ラッセルね。君たちなんか似てるな」

「え。誰とです?」

「いや、ごめん。こっちの話……」


 どこか寂しげに、二森さんは目を伏せた。しかし、それは一瞬で、すぐに快活な青い瞳を俺に向けた。


「ところで、おばあちゃんの話、聞かせてくれない?」

「えっ?」

 二森さんは、話題の切り出しも唐突だが、切り替えも唐突だった。

「実は、ちょっと面識があったんだ。昔だけどね。だから参列させてもらってた。園美(そのみ)さんの話、聞きたいなあ」

「そういうことだったんですね」


 国葬連として、というのはポーズで、本当は祖母を偲びたいだけだったのかも知れない。そう考えれば、最初の世界五分前仮説がどうのという話も、天気の話と同レベルの世間話に思えてきた。天気と哲学じみた話を同列で語られても、こっちは面食らってしまうだけだけれど。


「うちのばあちゃんは――」


 それから、俺は二森さんに促されながら、祖母の話をした。爺さんの腕時計をもらったこと。それを失くしてしまったこと。最後に許してもらえたこと。そんな取りとめのないことを、たくさん話した。それでも、二森さんは楽しそうに聞いてくれた。


「そっかそっかー。園美さん、幸せだったんだなあ」

 遠くを見るような目で微笑む二森さんを見て、俺は思い至った。

「ラッセルさん。きっと、五分前にできた世界の思い出や知識でも、大切だってことを認識しようとしたんですよ」

「へっへっへ。それはちょっとロマンチックすぎるぜ、巽くん」

 ブロンドのおかっぱ頭を揺らして、二森さんはくつくつと笑った。

「えぇ……。そうですか? だって、もし世界が五分前にできたんだとしても、この俺の思い出は大切ですもん」


 あぁ。

 駄目だ。

 納得してしまった。

 なぜ、いま急に優衣子の死を実感してしまったのか。亡くなった祖母の思い出を語りながら、俺は優衣子のことも思い出していた。思い出にした。思い出になっていた。

 嶽優衣子は死んだんだ。木に変わることなく検体として扱われようが、彼女が死んだという事実は変わらない。ましてや、仕事を全うしているだけの二森さんに、優衣子の話をしたところで、詮無いことだった。口に出さなくて、本当によかった。


「え……。ごめん。泣かないで?」

 二森さんが、虚をつかれた顔で俺を見ていた。

「あれ!? いや、これは……」

 俺は慌てて顔を拭う。いつの間にか、はらはらと涙がこぼれていた。

「平気? よしよし、する?」

 両腕を広げて、俺を抱きしめようとする二森さん。

「……いや、よしよし、しなくていいです。大丈夫です」


 正直、ちょっと惹かれたが、なんだかそれは負けな気がして堪えた。白いシャツの胸元を見つめて、一瞬考えてしまったことが、彼女にバレていないことを心から祈った。


「そう。なら、いいんだけど……。今日はありがとうね。お話、たくさん聞かせてくれて」

「いえ、これくらいなんともないです」

「最後にひとつだけ、いいかな?」

「はい。なんでしょうか?」


 瞬間、二森沙兎という人間の、得体の知れなさが顔を出した気がした。


「外ヶ浜巽に反抗の意思はある?」


 片目をつむり、今日一番の笑顔で、二森さんはそう言った。可愛らしく微笑んだその表情とは裏腹に、彼女の声色は真剣そのものだ。

 油断した。これが本題だ。あの不気味な手紙の送り主だろうか。わからない。しかし、答えを間違えてはいけないことだけは、確かだ。そもそも、反抗の意思とはなんだ――?


「なんですか、それ?」

 俺の返答を受け、二森さんは悪さがバレた子供みたいに、ニタァと笑った。

「ふーん、そっかそっか。意外と小賢しい返答だー。嫌いじゃないよ、巽くん」

「どういう意味ですか?」

「意味なんて特にないよ。意味深なことを言ってからかっただけ。ごめんね」

「はい?」

「だってさっき、やらしい顔でわたしを見たもの! 嫌がらせでリベンジ。本当は、よしよし、して欲しかったんでしょ」

 二森さんの顔は、さらにニヤァと楽しそうにほころんでいった。

「い、いや……その。あの。そんな。いや……」

「嫌なの?」

 優しそうな笑顔で、両腕を広げる二森さん。

「あんた、良い死にかたしませんよ!」

 半泣きで叫ぶと、二森さんはお腹を抱え、足をバタつかせて笑い出した。

「はー……! 弟をからかって遊んでるとき思い出すー。たのしー」

「弟さんの心中、察して余りある」




 ◇




「うぉおあああああああああい!」

「巽! なに騒いでるの!?」

 階下から、母親の怒鳴る声が聞こえた。


 家に帰ってからも、恥ずかしさが込み上げて止まるところを知らず、俺は何度か自殺を考えた。

 あれは悪い人だ。

 あれは、ぜったい悪い(ひと)だ!


































[interrupt request]

[hideout669]


四季ノ国屋(カウンター)へのレジス(・フォー)タンス組織(・シーズン)に、一般人との接触の動きあり。

 状況は、おって報告する。

 なお、CFSのメンバーは、いまだ根拠不足」


 サークル構成員No.669からの報告


[/hideout669]

[/interrupt request]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ