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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第三章 ロストワールド
46/51

故郷にさよならを ①

 まるで、放り投げられたかのような有様で、赤い装束の少女はごろごろと転がった。四肢にまるで力が入っていない。


 四季ノ国屋超時空支店、観測所。

 ゲートから飛び出してきた少女を見て、作業員たちが一瞬動きを止める。腰に下げた拳銃に手をかけている者もいる。書店員の格好ではない見慣れぬ少女が、四季ノ国屋にとって危険な存在かどうか見極めようとしているのだろう。


「彼女は大丈夫。わたしが連れてきたお客さん」

「二森さん……」


 朱色のライフルを担いだ二森沙兎を見て、ほっと息をついた作業員たち。また、いつも通りの喧騒が観測所に戻ってきた。本棚が移動し、エプロンを身に着けた書店員が飛び込み、または飛び出してくる。超時空支店は、今日も大忙しだった。


「優衣子ちゃん、歩ける?」


 ぐったりと倒れたままの優衣子は、沙兎の問いかけに応じる様子はない。親友である不魚住奨の壮絶な死に様が、彼女を打ちのめし、立ち上がる気力さえも奪ったのだろう。

 沙兎はライフルを背中から前に回し、優衣子を背負う。沙兎の力が強いのか、はたまた優衣子が軽いのか、背負うのに苦はなさそうだった。


「ごめんね」


 ぽつりと、まるで氷柱から水滴が落ちるように、沙兎の口から謝罪の言葉が落ちた。


「なんの?」


 沙兎の背中から、低くかすれた声が聞こえた。彼女は答えず、口を真一文字に結んで歩き続ける。


「なんの、ごめん?」


 ふたたび、問いかけが沙兎の耳元でささやかれる。


「わたしは、間違ってた? だから不魚住奨は死んだ?」


 力ない優衣子のささやきは、やがて小さなすすり泣きに変わった。


「ごめん……」


 また、沙兎は謝罪を口にした。それしか話せなくなったかのようだった。




 ◆




 新生CFSの隠れ家は、騒然としていた。

 アサルトライフルを持った男、サブマシンガンを持った女、対戦車ロケットランチャーを持った男。彼らが次々とゲートから投げ出される。全員、気を失っていた。


「同志妙見、どうしますか!?」

「総員、迎撃態勢。AIKOのプロトタイプが来ます。観測手はバリケードを作って隠れてください」

「くそ……、同志悪戸はやられたのか?」

「全員、無理だと思ったらすぐに抵抗をやめてください。相手はプロトタイプとはいえ、AIKOです。死にますよ」

「き、来たぞ……!!」


 薄暗い地下室の一画。アンティークな様相の本棚が一つ置かれているだけの殺風景な部屋。蛍光灯の明かりがちかちかと瞬いた。


「ゲートには当てないようにしてください。引き撃ちでこの部屋から出ます」


 了解、と新生CFSのメンバーが声を上げた。総勢、十名。うち、武装している戦闘員は五名。全員、緊張からか銃を持つ手が震えていた。そして、非戦闘員と思われる五名が逃げ出したとき――本棚の()()()から、悪戸を抱えた愛子が現れた。


「こんにちは。愛子です」


 薄暗い地下室に鬼火が揺れる。愛子の視覚モジュールが瞬時に武装した五名を認識した。吐息のような駆動音をともない、愛子は両手で悪戸を目の前に掲げる。それは、まるで人の盾だった。

 悪戸は生気を失った目で、なんの抵抗もなしにぶら下がっている。ぐずぐずになった右脚は、血を滴らせながら揺れていた。


「あのやろう……。悪戸さんを盾に!」

「撃て!」


 ほかのメンバーの動揺をよそに、妙見はアサルトライフルでの射撃を開始した。

 弾丸は、そのほとんどが愛子の背中に命中した。着ていたシャツが破け、ひしゃげた弾頭がばらばらと床に落ちる。一部の外れた弾丸は跳弾となり、悪戸の右脚を貫通した。


「たまげました。仲間を撃つんですね」


 とっさに悪戸を庇った愛子は、肩越しに視覚モジュールを妙見に向ける。薄暗い部屋のなか、鬼火がすうっと尾を引いた。


「躊躇わないでください。全滅しますよ」


 仄暗い瞳でメンバーを叱責し、妙見は後退していく。続いて、ほかの四人も射撃しつつ後退する。弾丸はすべて愛子に命中するも、特殊結晶の肌を傷つけることはなかった。

 後退していく戦闘員を見送り、愛子は悪戸を床に寝かせる。彼女は悪戸の右脚の止血を始めた。


「お前……。本当に殺す気ないんだな」


 朦朧としたまま、悪戸は身を任せていた。もはや、抗う気力はないようだった。


「こちらにお医者はいますか?」

「いる」

「では、あとはその人にお任せします。愛子の最優先事項は、博士の救出ですので」


 言うと、愛子は駆動音を鳴らして立ち上がる。悪戸の止血は終わったようだった。


「ヨシヒコ。サトから質問があります」

「二森か。なんだ?」

「どうして、あの子たちだったの?」


 愛子の声色が変わり、二森沙兎の声が再生される。その質問を聞いて、悪戸は鼻を鳴らして笑った。


「ダルい質問だな。現地人に肩入れしすぎるからそうなる」

「答えになっていないように思います」

「いまから答える。融通がきかないな、ジャンク」

「むむっ」

「最初から狙ってたわけじゃない。八九二で林宮周辺のストーリーを漁ってたら、たまたま条件に合う人間を見つけた。真面目で馬鹿正直な若者。友人が宮司と墓守。しかも、その墓守になった友人を探してた。あれは、押せば走る。おまけに不転化個体ときた。おあつらえ向きだろ」

「記録しました。伝えておきます。では、愛子はこれで失礼します。――武装展開。対人制圧プロトコルを開始します」


 愛子の左腕が変形し、スタンバトンに変わる。そして、穴の開いてしまった革靴を脱ぎ捨て、かかとをすこし浮かせた。足の裏から、わずかに排気ノズルが見える。


「さようなら、ヨシヒコ」


 爆音を轟かせ、愛子は部屋から廊下の端まで、一息に移動する。勢い余ったのか、そのまま壁にぶつかり、「あいたっ」と声を上げていた。


「同志妙見。みんな。逃げろ。一から体制を立て直せ。あれには勝てない――」


 悪戸のつぶやきは、そこで途切れた。奇妙な仮面を被った男が、本棚の前に立っている。悪戸は額に穴を開け、絶命していた。どろっとした血液が頭を中心に広がっていく。

 仮面の男が持っているハンドガンから飛び出した空薬きょうが、からからと転がり、気絶していた男の足元に転がった。


「うっ……く。隠れ家か……。同志悪戸? AIKOはどうなった? え? ちょっと。あ、あんた……だれだ?」

「ウォッチマンだ」


 仮面の男が、目覚めたばかりの男の額を撃ち抜いた。

 そして、ゲートから次々に武装した書店員が現れる。全員、思い思いの仮面をつけていた。創作サークル“楽園”である。


「愛子は優しいな」


 ウォッチマンが呟いた背後で、まだ気絶している一人が射殺された。


「よし。博士は愛子に任せて、俺たちは新生CFSを追うぞ」




 ◆




 優衣子は見慣れぬ形状の部屋に入れられていた。壁や床、天井までもがクッションでできているような部屋だった。彼女が身じろぎすると、足と腕で枷が音を立てた。


「窮屈だろうけど、もうすこし我慢してて。さきに片さなきゃいけないことがあるから」


 沙兎の声が室内に響く。彼女の声が聞こえているのかいないのか、優衣子はぼんやりとした視線で一点を見つめている。

 その優衣子が映し出された監視カメラの映像。別室の沙兎は、煩悶が張り付いた渋い顔をうつむけた。


「優衣子ちゃん……」


 沙兎はマイクのスイッチを切り、そばにいるサークル構成員の男に向き直る。


「時雄は?」

「愛子のメッセージを受けて、すぐに出発したよ」

「出遅れたか。なんで待っててくれなかったかな」

「そりゃあ……って、待て待て! 沙兎ちゃんも行くつもり?」


 素早く防弾チョッキを掴む沙兎に、構成員の男は慌てる。


「新生CFSが根城にしてたのは、あの物語世界だぞ?」

「どこ?」

「沙兎ちゃんの故郷だよ」


 歯を食いしばり、沙兎は天を仰ぐ。硬くつむられた目には、懐かしき故郷が蘇っているのだろうか。


「そういう……ことね」

「あぁ。なんだかんだ言っても、時雄さんは沙兎ちゃんに甘い」

「時雄は、わたしに言ったんだ。デバッグしろって。もう、あのころに別れを告げてもいいだろうって」

「そうか……。平気か?」

「うん。わたしは、もう二森沙兎だぜ。きちんとお別れをしてくるよ」


 構成員の男は、優しい笑顔で頷いた。


「気を付けてな」

「うん。優衣子ちゃんをお願い」




 ◆




「我々を見逃しなさい」

「それは最善の判断とは思えません。ミョーケン、あなたのサブルーチンには不具合が認められます」

「黙れ、ジャンク。いいから見逃しなさい。金剛博士の頭が吹き飛びますよ」


 地下二階へと続く階段。それを下ったさきに、外から鍵のかけられる部屋が並ぶ空間があった。そのなかの一室。鉄格子ごしに妙見がアサルトライフルを突きつけている。


「愛子か……。すまない。迷惑をかける」


 アサルトライフルを突きつけられているのは、金剛博士だった。


「あなたの体格で、しかも片手で、それを正確に撃てますか?」


 妙見は左腕で金剛博士を引き寄せ、右腕でアサルトライフルを保持していた。銃口は博士の頭に押し当てられている。


「密着した状態で外すほうが難しい。なんなら、口のなかに突っ込みましょうか?」

「本当にできますか? 震えていませんか? 愛子が怖いですか? その震えが致命的でないと言えますか?」

「くどい! 我々を見逃しなさい。そうすれば、金剛博士は返します」

「返すのは当たり前です。この泥棒猫。やはり、あなたのサブルーチンは不具合を起こしていますね」


 愛子の多目的センサー(黒髪)がふわっと広がる。視覚モジュールが、妙見を威圧するようにいっそう青く輝く。


「博士を撃つ前に、愛子がミョーケンを昏倒させられないと思いますか? それに、仮に博士を撃ったとしたら、愛子はミョーケンを確実にキルします」

「愛子の疑似人格モジュールが怒りの判定になっている。あんた、本当に殺されるぞ」

「死ぬ? わたしが……?」


 隈の目立つ双眸が、ぎらぎらと愛子をにらむ。妙見の呼吸が早く、荒くなっていく。


「し、死ぬなら、いいですよ。わ、わたしは、死にます。でも、そ……そのときは、博士も道連れです。ど、どうする? どうするんです、愛子!」


 妙見が叫ぶ。そして、彼女の人差し指が、引き金を絞ろうかという瞬間――。

 愛子が爆発的な加速で妙見に肉薄した、その瞬間――。


「うぁっ!?」


 ――妙見の悲鳴とともに、天井が破れた。

 二枚の天井を貫き、地下二階に日の光が射す。その斜光は、鉄格子を境にして明暗をわけた。尻餅をついた金剛博士と、瓦礫と一緒に吹き飛んだ妙見。


「な……、なんだ……」


 か細い声で妙見がつぶやき、よろよろと立ち上がった。

 しかし、妙見はすぐさま壁に頭を打ち付けて、赤い飛沫を跳ね上げる。ローファーに蹴り抜かれたのだ。妙見の頭は跡形もなく砕け散った。ローファーがめり込んだ壁は、ひび割れている。靴底が離れると同時に、嫌な水音を立て、妙見の体が崩れ落ちた。


「こんにちは。旧式」


 天井をぶち破り、妙見の頭を砕いたのは、セーラー服に身を包んだAIKOだった。青い視覚モジュールが、陽光のもとでもはっきりと輝いていた。

 とっさに回避行動を取り、どうにか瓦礫の下敷きを避けた愛子。ゆっくりと立ち上がり、多目的センサーを揺らしている。薄闇のなか、愛子の視覚モジュールも青く輝く。


「上からくるなんて、味な真似をしますね。それに、その服とても羨ましいです。今度、サトにおねだりしようと思います」

「ええ。そうするといいですよ。なんだったら、ストックを差し上げましょうか? でも、旧式に似合うかしら?」

「え。くれるんですか? お優しい。愛子は嬉しいです」

「いいですよ。その代わり、金剛博士は諦めなさい」


 とつぜん、愛子の駆動音が唸りを上げた。


「やはり、服はサトにおねだりします。金剛博士は渡せません」

「ひとりじめするっていうの? 愛子は悪い子なんですね。AIKOたちだって、金剛博士の娘なのに」


 ほぼノーモーションで、愛子の左腕から大口径の弾丸が射出された。しかし、それをAIKOはするりと躱す。それだけでなく、回避動作を取りながら、愛子に弾丸を撃ち返していた。

 大口径の弾丸が胴体に命中し、愛子は壁に叩きつけられた。


馬鹿な子(疑似人格モジュール)。勝てると思ったんですか? だとしたら、サブルーチンに不具合が出ていますよ、旧式」

「そちらこそ、不具合が発生しているのでは? 愛子は旧式ではありません。すこし違います。愛子は試作型です。勘違いしないでよね」


 うふふ。

 と、AIKOは笑った。嘲りを含んだ笑顔。疑似人格モジュールしか持たない愛子には、決して真似のできない表情。芯からの嘲笑だった。


「馬鹿にしているんですよ。そんなことにも気付けないんですね、愛子ちゃんは」

「むむむ。その呼び方、サトにお願いしたいです。しかし、たしかに疑似人格モジュールがプライドの損傷を確認しました。ですが、この程度、ダメージコントロールで凌げます」

「そうですか。では、割れたプライドを抱いたままスクラップになりなさい」

「愛子!」


 金剛博士の叫びをかき消すように、轟音でAIKOの足が火を噴いた。瓦礫を巻き上げ、高速で愛子に迫る。

 愛子の多目的センサーがAIKOの接近を感知。バイオリアクターからのガスを燃焼させ、AIKOの股下に潜り込むように加速する。

 しかし、AIKOは驚くべき反応速度と出力で軌道を修正し、縦に回転。人間であれば、負荷でバラバラになっていてもおかしくはない動き。潜り込もうとした愛子の顎先を蹴り上げた。そして、愛子もまた、蹴られた勢いでぐるぐると縦に回転する。


「愛子ちゃん、おっそーい」


 天井に叩きつけられた愛子。視覚モジュールがちかちかと明滅する。そして、そのまま重力に任せて落下。それを待っていたように、AIKOが細い腕を振りかぶる。

 だが、愛子も気付いている。落下を待ち構え、殴り飛ばそうというAIKOの思惑。だから、とっさに足の排気ノズルをAIKOに向け、引き絞った青い炎で焼き払う。


「感度!」


 愛子の思惑をさらに読み切ったAIKOが、飛び上がって愛子の頭を鷲掴みにする。


「反応!」


 天井の次は、床にめり込んだ愛子。AIKOに叩きつけられたのだ。みしみしと愛子の機械部分が悲鳴を上げた。


「強度!」


 AIKOは愛子の頭を掴んだまま、強引に持ち上げる。愛子の肢体がだらしなく揺れた。その揺れている左腕。愛子の排気ノズルが、いつのまにか左肘に変更されていた。

 強烈な噴射をともない、愛子の左フックがAIKOを襲う。


「出力!」


 愛子の剛腕を、AIKOはいとも容易く受け止める。掴まれた愛子の左腕が、ぎりぎりと捻じれていく。


「思考!」


 愛子の左腕を掴んでいたAIKOの右手が、凶悪な炸裂音を吐き出す。むき出しになっていた愛子の機械部分。捻り上げた関節に、大口径の弾丸が撃ち込まれた。


「すべてにおいて、量産型AIKO(わたし)試作型AIKO(あなた)を上回っています」


 ふたたび、AIKOの右手から弾丸が射出される。


「んっ!?」


 AIKOのセーラー服、その右腕が裂けて飛び散った。


「どうですか、あなた自身の攻撃の威力は?」


 すこし驚いた様子のAIKO。鷲掴みにされた愛子の視覚モジュールが、どこか不敵に輝いた。


「悪くないですね。試作型の面目躍如といったところでしょうか。でも、エネルギーがすこしロストしていますね? つまり、そちらにもダメージは多少なりとも蓄積しているということです」


 右腕のダメージを気にもしていないかのように、AIKOは弾丸を撃ちだす。愛子の左腕とAIKOの右手の隙間から、大口径の弾頭が転がり出る。AIKOの右腕はびりびりと震えたが、愛子の左腕もたしかに軋んでいた。


「我慢比べですね、愛子ちゃん」


 そして、また弾丸が撃ち込まれ、ひしゃげた弾頭がAIKOの右手からこぼれ落ちる。何度も、何度も射撃が繰り返される。炸裂音と衝突音、金属の軋みが地下空間に響き続ける。やがて、我慢比べに勝ったのはAIKOだった。愛子の左腕、肘関節から下が吹き飛んだ。


「あーあ。腕、取れちゃったね。服をおねだりしても、着られないかもね。残念。悲しいね」


 鷲掴みにされた愛子の頭部が、みしみしと音を立てる。多目的センサーが力なく揺れていた。


「ねえ、愛子ちゃん。どうする?」


 悪魔の愉悦が、地下室に響いた。

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