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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
幕間 ロストエピソード.Ⅲ
42/51

嘘つき世界の創世神話 ② /鬼沢晃(外ヶ浜巽)

「CFSって……!」


 常盤坂さんが声を上げた。俺と外ヶ浜さんは、中年男から彼女に視線を移す。


「二人とも彼の言うことに従って。CFSは、あちこちで書店員を殺害して回っているテロリストです」

「なんだそりゃ……。本屋の店員殺してなんになる? 初めて聞いたぞ、そんなテロリスト」


 外ヶ浜さんの言う通りだった。たしかに四季ノ国屋の仕事には危険がついて回る。死傷者や帰還不能者だって大勢いるだろう。でも、テロリストに狙われるようなおぼえはない。


「心外だね。僕らCFSは救世の徒。悪玉は君たち“楽園”のほうだ」

「救いとか解放とか、テロリストの常套句じゃない」


 男の指示通り手を上げている常盤坂さんだが、どうやら屈服するつもりはないらしい。とはいえ、銃火器を持った男三人を相手取るには、俺と常盤坂さんでは火力に難がある。外ヶ浜さんが無類の強さを誇るサラリーマンであることを願うばかりだ。


「いままさに、終末のラッパを吹きならしているじゃないか。人が木になるなんて、いったい、ここに()()()()()()()()?」

「なんの話?」

「……まあ、そうだな。君じゃない」


 中年男は、銃口を常盤坂さんから俺に向ける。


「君だ。鬼沢晃」

「俺!?」


 我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。まばたきが異常に増える。

 そりゃそうだ。俺はなにもしていない。言いがかりにもほどがある。突然、終末のラッパ吹き扱いされては、誰だって泡を食う。


「はは。迫真の演技だな。役者になれるよ。まあ、保証はできないがね」

「じょ、冗談のつもりか? 困惑してるのは本当だ。話が見えない」


 中年男はなにかを探るように、俺の顔をじっと見つめている。

 いったい、CFSとはなんなんだ。こいつは誰だ。どうして俺の名前を知っているんだ。


「あぁ、そうか……」


 中年男の腕に、俺はあるものを見つけた。それは、使い古された傷だらけの八九二だった。


「それで、俺たちのストーリーを追跡したのか。だから俺の名前を知ってる」

「正解だ。いいぞ、鬼沢くん。だが、ご褒美はない。はやくこの状況をおさめてもらおうか」


 ふざけた調子の中年男。だんだんと、苛立ちや怒りが恐怖を凌駕し始めた。


「なにも知らねえって。さっきからそう言ってるだろ! なにが救世の徒だ。なにが世界を救うだ。拳銃押しつけて、なにを救おうっていうんだよ!」

「まあまあ、そんな怒らないで。こういう役回りも必要なのさ」

「くっ……」


 恥ずかしい。

 俺はうなだれて、地面を見つめる。顔が燃えるように熱かった。

 こちらの怒りを真っ向から受け取ることはせず、中年男は軽く受け流した。それどころか、すこし笑って見せた。

 そうされると、こっちはたまったもんじゃない。ひとりで激高して、大声をあげて、恥ずかしいことこの上ない。しかも、向けられている銃口が恐ろしくて、怒鳴った声は震えてしまっていた。

 俺は奥歯を力いっぱい噛みしめて、すこし冷静さを取り戻す。


「おい! 動くな、女!」


 不意の怒声に、俺は顔を上げる。

 中年男の背後にいた男二人。そのうち、薄っすらと顎ヒゲを生やしている男が怒鳴った。視線を辿ると、常盤坂さんが青い顔で八九二を操作している。


「やめろと言っている! なんのつもりだ! 死にたいのか!」


 さすがに、まったくその通りだと同意せざるを得ない。この状況で動くのは危険すぎる。パニックになって、冷静な判断を下せていないのかも知れない。

 なおも八九二を操作する常盤坂さんに、顎ヒゲ男は小銃をかかげて歩み寄る。


「待て、悪戸。構わない」


 薄らヒゲの悪戸という男を、中年男が制止する。どうやら、こいつらのリーダーは中年男で間違いはないようだった。


「鬼沢くんの言う通り、わたしたちはなにも知らない。サークルっていうのでもない。八九二で追跡していたなら、あなたも本当は理解しているはず。わたしたちが、ただ困惑しているだけだってこと。そうでしょう、林崎?」


 そう言って睨みつける常盤坂さん。すこし震えている手から、本当は怖くて仕方がないことが見て取れた。

 だが、そうか。言われてみればそうだ。そうなると、林崎がこちらに危害を加える可能性は低くなる。俺たちがなにも知らないただの書店員と知って危害を加えるなら、それこそ、書店員を殺して回るテロリストに成り下がってしまう。


「八九二で我々のストーリーにアクセスしたか。どうだ、僕の名前以外、なにか面白いことはわかったか?」


 常盤坂さんの抵抗も虚しく、林崎という中年男にはさして動揺した様子は見られなかった。


「名前以外は、別に……。読むのはそんなに早くないほうなので」

「いい加減にしろ!」

「痛っ!」


 しびれを切らしたように、悪戸が常盤坂さんを小銃の先で小突いた。


「なあ。どうにも不思議なんだがな……」


 それまで黙っていた外ヶ浜さんが、ゆっくりと俺と林崎の間に入ってきた。ゆったりとした話し方だったが、声色から怒気を感じ取れる。


「どいつもこいつも! 動くな!」


 悪戸が銃口を頭に突きつけるが、外ヶ浜さんは林崎を見据えたままだ。


「あんたらは、世界を救いに来たと言った。テロリストではないと」

「そうだよ」


 気安い上司のような雰囲気で、林崎は外ヶ浜さんに応じた。


「おまけに、こっちの状況もどうしてだか把握してるんだろ?」

「あぁ、そうだ。君がまったくの部外者だということも知っているよ、外ヶ浜銀次郎」

「そう、それだ。どうして知っていて俺まで引きとめたのかは、まあ、この際どうでもいい」


 外ヶ浜さんは拳銃など恐れていないかのように林崎に詰め寄る。背後の男たちの顔に緊張が走った。そして、林崎の拳銃は相変わらず俺に向いているので、俺も緊張した。


「いまも向こうで人が木になってる。俺は病院のなかにいたから、それを見た。ストレッチャーにのせられた病気の母親が、木になった。その母親の手を握っていた娘が、木になった。病室から、地下から、次々に木が生えた。逃げる人、生えてくる木、それらに押しつぶされて死んだ子供が、木になった」


 病院の方角からは、いまも喧騒が聞こえている。こころなしか、近づいてきている気がした。


「なあ、頼むよ。状況を把握しているならわかるだろ。この二人もきっと、世界を救おうとしている。俺はなんにも知らないし、きっとなんにもできない。だけど、すくなくとも、拳銃を突き付けてる場合じゃないってことだけはわかる」


 林崎たちCFSがいったいなんなのかは知らない。

 だけど、本当に世界を救いたい――物語世界崩壊(ハザード)を止めたいと言うのなら、俺たちの利害はある程度一致している。


「外ヶ浜さんの言う通りだ。俺たちも、あれを止めたい」

「ならば死ね、鬼沢晃」

「おい、やめろ!」

「鬼沢くん!」


 短く、三度の発砲音。バースト射撃だった。

 突然のことに、俺の体は硬直した。どうやら撃ったのは林崎の背後にいたもう一人の男。いまは悪戸に取り押さえられている。


「ふざけないでよ!」


 俺を押し倒すように覆いかぶさってきた常盤坂さんが、悲鳴のように叫んだ。撃った男を睨んでいる。


「大丈夫か!?」


 外ヶ浜さんが切迫した表情で俺の肩を掴んだ。


「え、なんで? 俺? 大丈夫。うん、ぜんぜん」

「動かないで、鬼沢くん。止血するから」

「え?」


 常盤坂さんが、持ち込んだ自分の鞄を引っくり返している。なにかを探していた。


「悪戸! なんで止めた!? あいつが死ねば、この世界は浄化される!」

「悪戸、どきなさい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、林崎さ……」


 また、銃声。

 悪戸が押さえ込んでいた男の頭を林崎の拳銃が、吹き飛ばした。

 遠巻きに俺たちを眺め、ざわついていた周囲の人々がいよいよ悲鳴を上げて散り始める。


「まったく、使命感に駆られた馬鹿は手が付けられないな……」


 その吐き捨てるようにつぶやいた言葉は、いままで飄々として掴みどころなかった林崎が見せた本当の顔のように思えた。

 仲間であるはずの悪戸も、血を浴びた顔を引きつらせていた。きっと、林崎の本当の表情を見て、凍りついているのだ。


「どうかしてる、あの人たち……」


 がちがちと歯を鳴らしながら、常盤坂さんは俺の脚を縛り上げている。


「いてて、痛いです」

「我慢してください。この状況じゃ、病院は当てにできないかも知れませんから。しっかり止血しないと」

「なあ、あんた震えてるぞ。俺がやろう。林崎を見張っててくれ」


 常盤坂さんと入れ替わり、外ヶ浜さんが俺の脚に処置を施してくれる。

 そうか。俺は撃たれたのか。

 じんじんと左足が熱を帯びて痛み始めた。


「俺、撃たれちゃった……」

「あぁ。銃で撃たれた傷なんて初めてだから、うまくできなかったらごめんな」

「か、勘弁してくださいよ」

「冗談だ。うまくやる。安心しろ」


 撃たれたのは脹脛(ふくらはぎ)だった。地面には、そこそこの血だまりが出来ている。

 ショックで麻痺しているのか、俺に動揺はほとんどなかった。


「よし、これでしばらくは大丈夫だろう。電話回線はパンクしてるっぽくて繋がらない。どうにかして医者のところまで移動しなくちゃな」

「巻き込んでしまって、すみません」

「すぐに立ち去らなかった俺が悪い。いや、むしろ、立ち去らなくて良かった。こうして助けられた。世界を救う手助けだ。そうだろ?」

「そう……ですね」


 外ヶ浜さんの笑顔が屈託なくて、俺の視線は落ちた。

 俺が考えていたのは、支店と連絡を取り、この物語世界から脱出する方法だった。ハザードを起こそうとしている物語世界を救おうだなんて、これまですこしも考えてはいなかった。それが、あまりに申し訳なくて、俺はうなだれた。


「え? おいおい、嫌な感じだなあ」

「なんですか?」


 唐突な外ヶ浜さんの言葉を不思議に思いながら、俺は彼の視線をたどる。


「なにかを感じて逃げてきてるんだろうな。凶兆だぞ、こりゃ」


 鴉の大群だった。

 木の上、電線、電柱、ビルの屋上や窓、民家の屋根の上、鴉たちがざわめいている。俺が呆気に取られているあいだにも、彼らはどんどん増えていった。

 そのなかの一羽が、すとんと俺の左脚に降りてきた。


「おい。鬼沢はまだ死んでないんだがね……」


 それきり、俺も外ヶ浜さんも声を失う。じっと、鴉の挙動を見つめている。そして、鴉もまた、じっと俺を見つめている。

 真っ黒なその瞳が、俺になにかを訴えているように感じた。ひとこえ、鴉は声を上げ、羽を少し開いた。まるで、言葉の通じない相手に自国語と身振りでどうにか伝えようとしている人間のようだった。はっきりとした意思を感じる。


「昔、鴉は吉兆を運ぶと思われていたらしいですよ」

「ホントか? なら助けてくれ、カラスさん」

「しっしっ! すごい数だな。まあ、とりあえず話は着いた。ひとまず場所を変えよう。騒ぎになり始めているしな。悪戸、医者か救急キットのたぐいを探してきてくれ」


 常盤坂さんと話し合っていた林崎が、拳銃を仕舞いながら戻ってきた。悪戸はうなずき、街の喧騒へと消えていく。俺の左脚にとまっていた鴉は、林崎さんに追い立てられて飛び去った。


「そうかい。最初からそうしてくれていたら助かったけどな」


 外ヶ浜さんは嫌悪感を隠しもせず、林崎に向かい合う。


「悪いね。どうしても信用ならなくてね。私たちの敵は、普通の書店員に紛れ込むんだ。こっちが状況を把握しているからといって安心できない。巧妙に偽装してみせる。だから、外ヶ浜くんも部外者だと簡単に切って捨てられなかった」

「なんのこっちゃわからんが、いまは信用してくれたわけだな?」

「いちおうはね」

「ホントかねえ。信用ならんタヌキだ」

「ははは。そう言わんでくれよ。こっちも仲間をひとり失ったんだ」

「う……。まあ、そうだな」


 頭を失くした男を見て、外ヶ浜さんは気勢をそがれた様子だった。仲間の素早い処断は、もしかしたらこちらの勢いを削ぎ、納得させるためのものだったのだろうか。だとしたら、林崎という男はとんでもなく場慣れしている。主導権を握るのは難しそうだ。


「わたし、創作サークル“楽園”なんて聞いたことないですけどね。鬼沢くんは?」

「俺もさっぱりです」


 ですよね、と頭をひねる常盤坂さん。すこし顔色が戻ってきているようで安心した。


「やつらは身内にすら存在を明かさない」


 そう言う林崎の言葉が本当なら、“楽園”という工作員みたいなやつらが、あの支店には存在することになる。人を木に変えるようなやつらが、すぐ近くにいたことになる。


「まあ、その問題はひとまず置いておくしかないですね。さきにハザードをどうにかしないと」

「そうですね」


 俺は常盤坂さんに同意した。

 ハザードをどうにかしないと、俺の左脚の治療どころではなくなってしまう。

 いまは、この信用ならない危険なやつらと手を結ぶしかない。完全に林崎の手のひらの上にいるようで気に入らないが、俺たちに選べる選択肢はほかにないだろう。

 CFSでもなんでもいい。この窮地を引っくり返せるのなら、大いに利用してくれて構わない。どうせ、失敗したら真っ暗闇に全員で落ちていくことになるのだから。

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