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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第二章 ポストクリスマス
35/51

デバッグ ③

 林宮は、季節外れで常識外れの吹雪に見舞われていた。

 がたがたと換気扇を鳴らす風。うなりを上げるファンヒーター。座布団に座って、テーブルを囲んだ俺たちに、まだ言葉はない。


 テーブルの上には、件の手紙。そして、腕時計。

 俺が提示できるすべてだった。


「反抗の意思。世界の嘘。埋葬林の中心部」


 沈黙を破ったのは、優衣子だった。俺が見せた手紙の内容を呟いた。そして、そのまま言葉をつなげていく。


「木にならない人を除いて、人は最後には埋葬林に行き着く。普段は気にも留めない存在だとしても、最後にはだれもがたどり着く。この世に、埋葬林は大きく存在してる」

「うん。だから、世界が嘘つきだというのなら、埋葬林も嘘だという可能性が高い。もちろん、墓守も……。俺は、確証を得たい。嘘なのか、本当なのか」

「たしかに、無知は怖い。嘘だというのなら、このわたしの存在はなんなんだ……」

「二人とも、どうかしてるよ……」


 不魚住は、重そうに口を開いた。


「こんな手紙、信じるなんてどうかしてるよ。僕は、ずっと林宮で育った。埋葬林と墓守様と一緒に育ったんだ。嘘なもんか!」


 俺はなにも言い返せなかった。

 たしかに、その通りなのだ。俺にだって、埋葬林や林宮での記憶や思い出がある。誰にも話してない墓守様との思い出だってある。


「バートランド・ラッセルの世界だ」


 優衣子が手紙を指し、その一文を読み上げた。


「これって、たぶん世界五分前仮説のことを言ってるよね?」

「そうだと思う。あれは、なにも世界が本当に五分前に誕生したっていう話じゃない。でも、この手紙では、その仮説そのものが真実だと言っているように感じる」

「わたしもそう感じた。だとすると、過去の記憶はなんの証明にもならない。過去の記憶を持ったうえで、五分前に始まった世界だとしても矛盾しない。そういうことになる」

「うん。今日ここに埋葬林があるからといって、昨日もあったとは限らない。証明できない。ただ――」

「逆だって証明できない」


 すかさず、不魚住が俺の言葉を引き継いだ。


「世界が五分前にできたなんて、証明できない」

「そうだな。不魚住の言う通りだ」

「結局、わたしたちは、なにも知らないし、知ることができない。このままでは」


 沈黙の帳がおりる。吹雪は収まる気配がない。強い風が、がたがたと換気扇を揺らす音が大きく響く。

 俺たちは馬鹿げた話をしている。わかってる。この場の全員、それは理解している。だけど、簡単に切っては捨てられない。そんな予感がある。


 世界が嘘かも知れない。俺がそう思うのは、なにも手紙でそう言われたからだけじゃない。

 この埋葬林に、いままさに起こっている異常事態だ。

 偶然かも知れない。自意識過剰と笑われるかも知れない。だけど、思ってしまった。この異常事態のトリガーを引いているのは、俺ではないのか。


「最初の大雨。次の雪。そして、この吹雪。埋葬林の天候が外にはみ出したとき、俺はきまって世界に疑いの目を向けていたんだ」


 最初は、世界の嘘と優衣子の死を同列に語る手紙に、心揺さぶられたとき。

 二度目は、超常現象という言葉に違和感を覚え、埋葬林こそが異常であり、超常の存在なのではないかと疑ったとき。

 三度目。天候がはみ出す異常事態を、突如として気にも留めなくなった人々を思い出し、やはり異常だと思ったとき。

 そして、この三度目は、嘘だというなら暴いてやりたいと強く思ったとき、呼応するように吹雪も強くなっていった。


「俺じゃなくてもいいんだと思う。この世界を疑う存在が現れたからじゃないか? この世界に違和感を持ったからじゃないか?」

「わたしが記憶している限りでは、この異変は三度目。そのすべてに巽が出くわしている。たしかに妙だけど、偶然とも思える」


「外ヶ浜巽は世界を暴こうとするだろう。そのとき、どうにか抑え込んでいた嘘が、きっと()()()()()()()


 突然、不魚住がなにかを音読するように、淡々と呟いた。激しい既視感。背筋がぞっとした。


「馴鹿。それは、なに?」


 すこし詰問するような調子で、優衣子は不魚住に迫る。不魚住の顔は、紙のように白くなっていた。


「手紙が、僕にも届いていた。郵便受けに、いつの間にか……」


 不魚住は、まるで大罪を告白するかのような神妙さで、綺麗に折りたたまれた便箋を差し出した。


 ――君が儚い青春を捧げてしまった馴鹿という使命が、本当は偽物だとしたら?――

 ――本当は普通の学生でいられたのだとしたら?――

 ――この世界が、嘘だとしたら?――

 ――外ヶ浜巽は世界を暴こうとするだろう。そのとき、どうにか抑え込んでいた嘘が、きっとはみ出してくる――

 ――君はどうする?――

 ――我々は、反抗の意思を問う――


「怒った」


 手紙を読むなり、優衣子は頭に花を咲かせる。


「こいつは、巽と不魚住奨を馬鹿にしすぎた。ただでは済まさない」

「落ち着け、優衣子」

「無理だ」


 花は咲き、散った。

 しかし、優衣子の感情の昂ぶりは鎮まりそうにない。ライフルを両手に持って、部屋のなかをうろうろとし始める。ハカマモリの花が、その機能を果たしていないように思えた。


「僕は、間違ってた? 僕のいままでが、ぜんぶ嘘? 馴鹿の務めが偽物なら、僕は優衣子を――」

「やめろ。不魚住奨は間違ってない。もし間違っているんだとしたら、世界のほうだ。馴鹿として正しかった。先代の墓守様も、墓守として正しかった。わたしとは大違いだ」

「だから! その馴鹿や墓守がそもそも偽物かも知れないんだ。そんなの、偽物の正しさじゃないか!」

「そうだよ。だから、わたしは怒ってる。不魚住奨をだまして、赤信号を渡らせた。許せない」

「なあ、二人とも」


 まったく、頭にきた。優衣子に落ち着けと言ったが、撤回だ。無理だ。

 不魚住の顔を見ろ。蒼白で、いまにも泣き出しそうだ。

 優衣子の顔を見ろ。眉間にしわを寄せて、いまにも暴れ出しそうだ。

 どうして、不魚住にそんな顔をさせる。どうして、優衣子の心を荒れさせる。


「二人にそんな顔をさせるやつが許せない」


 優衣子に言われて、遅まきながら俺も気付いた。世界が嘘だろうと、“嘘”というのが嘘だろうと、どっちにしても許せない。

 馴鹿と墓守様がここにいる。この手紙は、二人を馬鹿にしている。弄んでいるように思える。まったく、頭にくる。


「俺は埋葬林の中心へ行く。手伝ってほしい」


 この手紙は、俺にそうさせようとしている。いいよ、乗ってやる。そうすれば、手紙の主も現れるかも知れない。

 望む形じゃないかも知れないが、反抗の意思とやらを見せてやる。知っているというのなら、すべて聞き出してやる。


「行こう、不魚住奨。嘘なのか本当なのか、確認しよう。道がわからなかったら、正しく歩くこともできない」

「銀次郎は、なんて言うかな。お爺ちゃんなら、どうしたかな……」


 銀次郎とは誰だろうか。古風な名前だ。聞き覚えがある。それもそのはず、祖父と同じ名前だ。まさか祖父ではないだろうが、きっと先代の墓守様だろう。

 その先代の墓守様が守ったもの。先代の馴鹿が守ったもの。埋葬林に関わるものとして守らなければならないものを、過去にまで遡って踏みにじる行為。それを、俺は不魚住にやってくれと言っている。

 酷だろうか。酷だろうな。


「不魚住、酷なことを言ってるとは思うけど――」

「もし世界が嘘なら、先代の墓守様も馴鹿も、偽物の正しさを背負わされていた。それを暴こうって言ってる。だれがなんて言ったって、間違ってるものは間違ってる。古来から続く掟だろうと、間違ってる可能性があるなら確認するべき」


 俺が言おうとしたことを、すべて優衣子が言ってしまう。はっきりと、戸惑うこともなく。なにに成ってしまおうと、やはり優衣子は優衣子である。


「わかった」


 不魚住が静かにうなずいた。


 ありがとう。

 そう、俺が言おうとしたとき――。


「えっ」


 優衣子が小さく声を上げる。


「埋葬林が、広がってる」

「ん? どういうこと? 埋葬林の内部は、たしかに拡大しているけど……」

「違う。不魚住奨。窓の外、見て」


 俺と不魚住は、優衣子の視線をたどり、窓に目を向ける。

 埋葬林のある方角。大きめの窓の向こうには、三之鳥居とその奥の木々が見えるはずだった。


「なんだ、これ……」


 不魚住は呆然とした声をもらした。


「巽。天候どころの騒ぎじゃないぞ」

「そ、そうだな」


 いまにも窓を割って室内に侵入してきそうなほど、死者の木が目前に迫っていた。




 ◆




「君たちの目的はなんだ?」

「四季ノ国屋に汚された物語世界を破壊する」


 白髪頭の男と、悪戸が向かい合って座っている。二人の間には鉄格子があった。


「レジスタンスというやつかね。あまり良い思い出がないね。悪魔の父だと罵られ、殺されかけたこともあった」


 ふん、と悪戸は鼻で笑った。


「金剛博士は、ただ生み出した。使ったやつが悪魔だっただけの話ですよ」

「人の心は、合理性を説いただけでは納得しない。人が人を殺そうとするとき、そこに合理性はない。合理的な殺人は、殺し屋か国がするものだ」

「AIKOはどうです?」

「……人の心を模倣するのは、難しかったよ」

「そうですか」


 悪戸は立ち上がり、腰かけていたパイプ椅子をたたむ。


「監禁という手段しか取れなくて申し訳ない」

「思ったより、居心地は悪くないよ」


 金剛博士は、鉄格子で遮られた個室を見回し、そう言って笑った。


「あなたには、やってもらわなければならないことがある」

「聞いたよ。八九二の製造だろう? すべては無理だが、いくつかの機能は再現できるだろう。しかしまさか、こんな世界に隠れ家を置こうとするやつがいるなんてな。散策は自嘲するべきだったな……」

「我々にとっては幸いだった。我々は運が良い。天の何某かが、味方しているのでしょう」

「そうかね。しかし、天の何某かは、非常に気紛れだ。私も幾度となく翻弄されたよ。今度は、それに身を任せてみようかね」

「抵抗しないと?」

「あぁ。この老骨では、抵抗しようにも勝算が薄い」

「それこそ、AIKOを差し向ければ良いのでは?」


 悪戸の問いに、乾いた笑いをこぼす金剛博士。


「他国に改造された量産型だろうと、私にとっては可愛いAIKOでね。私なんぞを救うために、人を殺せと命じるのは忍びない」

「上では、AIKOによる似たりよったりの虐殺の今日ですよ?」

「だとしてもだよ」

「なるほど。人の心は、合理性を説いただけでは納得しないものですね」

「私は殺し屋でも軍隊の参謀でもないのでね」


 悪戸は、たたんだパイプ椅子を持ち上げ、鉄格子に背中を向ける。


「では、私はこれで」

「あぁ。せいぜい、天の何某かのご機嫌を取りたまえ」




 ◆




「一度訪ねた程度の重さで、この精度か。同志妙見、四季ノ国屋の観測所など足元にも及ばないな」

「いえ。偶然です」

「そうか。しかし、それでも上出来だ」


 悪戸と妙見は、隠れ家のゲートを通り、死者の木の世界へ戻っていた。

 巨大な鳥居が二人を見下ろしている。埋葬林のほぼ中心地に、二人は現出した。


「もう一押しだな」


 悪戸は、八九二と埋葬林の様子を確認しながら、そう口にした。

 埋葬林は快晴だった。しかし、それは中心部だけであり、外縁は吹雪に見舞われている。まるで、巨大な白いカーテンが、四方を囲んでいるかのようだった。


「はい。いまにもハザードが起こりそうです。どんな手段を用いたのですか?」

「まあ、手紙なんかを使ってじわじわとな。木を特定するのに難儀したが、形見の腕時計を拾えたのは行幸だった。あぁ、ここでは硬実と言うんだったか。おそらく、あの腕時計が一番きいた」

「彼らは、来ますかね?」

「来てもらわなければ困る」


 そこで、悪戸は鳥居の奥に鎮座する巨木へ視線を投げる。


「久しぶりだね」

「なにか?」

「いや、ちょっとな」


 二人のほかに、人間は見当たらない。悪戸は、まるで御神木に話しかけたように思えた。それに対し、妙見はすこし訝しそうな視線を送った。

 しかし、悪戸はそれ以上なにも口に出さず、鳥居の柱に背を預けるようにして座り込んだ。


 地面には、無造作に宝石が落ちている。ネックレスや指輪などの貴金属も転がっていた。それだけでなく、本や自転車など、落ちているものに節操はない。すべて、死者の木から落ちた硬実である。


「同志妙見、武装待機している同志の数は?」

「五名ほどです」

「もしものときは、独断で構わないから呼んでくれ」

「了解しました」


 妙見も悪戸にならい、柱の根元に腰を下ろした。


「いよいよですね」

「あぁ。この汚い世界に、とどめを刺そう」

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