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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第一章 ロストサンタクロース
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鈴の音が響くとき ③

 気が付くと、赤いライダースジャケットのリーダーは新雪に頭を突っ込んでいた。雪は冷たくて、やわらかくて、体に触れるとすぐにとけた。

 炸裂音が聞こえ、訳のわからない衝撃が襲ってきて、彼は雪の上に突っ伏してしまったのだ。


 突然のことに、リーダーの理解は状況に追いつかない。みはった目は彷徨うようにあたりを窺い、荒い息づかいは口元の雪をとかしていった。近くの木の幹には、小さな白い花が咲いていて、その場違い感に彼の困惑は極まっていくばかりだ。


「なんだ……、なんで倒れた? 地震?」


 思わず口に出してみるも、地震にしては周囲が平穏すぎた。納得がいかないまま、リーダーは立ち上がろうとして苦悶の声を上げた。真っ白な雪と、暗闇にぼんやりと浮かぶ死者の木。和紙と墨汁のような世界に、鮮やかな赤色が差す。


「あ、あ、あっ、足っ……! 俺の足……!」


 転がったハンドライトが、へばりついた雪のフィルター越しに淡い光を投げ、破裂したリーダーの足を照らしていた。かまくらから漏れたような優しい光が、無残な赤を映えさせる。

 痛みは感じなかった。リーダーはぜえぜえと喘ぎながら、本能的に逃げ始める。赤く開いた右足を引きずりながら、なかば這うようにして移動する。


 ハンドライトを掴み上げる余裕などなかったリーダーの視界は、完璧な闇だった。雪降る分厚い雲、死者の木。二重に阻まれた月明かりは、彼を照らすことはない。


「くそっ……、くそ! 足、動かねえ……、動け! くそっ」


 命をこぼしながら這いずったリーダーだが、すぐに動けなくなってしまった。

 真新しい画布に赤い蛇行を描くことに疲れた体は、足はおろか腕さえも動かない。真っ暗闇の中、倒れこんだ彼の背中を支えてくれたのは、死者の木だった。


「やめてくれ。死にたくない。死にたくないよ」


 なにひとつ理解できないままの彼にも、唯一理解できたことがあった。

 それは、己の死である。冷え切った地面から、背中を預けた死者の木から、痛いほどの静寂から、彼は死を感じた。この埋葬林には死が満ちていて、いままさに自分も加わろうとしている。数多の死を内包した埋葬林に、己も列するのだ。


「あぁ、いやだなあ……」


 鳥居をくぐろうとしたときに感じた畏怖を思い出して、彼は素直に従えばよかったと後悔した。畏れ、恐怖した気持ちが、ふたたび死に際の彼に訪れたのは、ぼんやりと輝く緑色を見たからかも知れない。


「待ってくれよ。いやだ。死にたくねえよ」


 そんな、彼の往生際の悪い呟きに応じたかのようなタイミング。死者の木の間から、それは音もなく現れた。苔色をした四輪バギーが、ぬっと顔を出したのだ。

 リーダーは淡い期待を抱いた。この異常きわまる埋葬林という空間でなら、もしかしたら奇跡も起こるのではないだろうかと、彼はふだん意識などしない神の存在を願った。



 ――まさかサンタクロースに殺されるとかいう都市伝説って、あれのことじゃねえよな――



「あ……あぁっ」

 ジャージ男が言い放った言葉を思い出し、リーダーの体は震え上がった。


「お前……。うそだろ? クリスマスでもねえのに。お前、サンタクロースか……?」


 墓守様(サンタクロース)に感謝を捧げる日が近づくと、町中が飾り付けられ、おもちゃ箱の中を闊歩しているようで、リーダーは墓守感謝の日(クリスマス)が大好きだった。

 林宮で行われる宵宮も、夏に普通の神社で行われるものとは趣が違って大好きだった。サンタクロースのコスプレをして馬鹿騒ぎをする連中も、もとの祭りの意味を忘れて浮かれるカップルも、趣旨を履き違えて親にプレゼントをねだるクソガキも、みんな大好きなおもちゃ箱の仕掛けだった。


「ごめんなさい。サンタさん、ごめんなさい……」

 リーダーは祈るように手を合わせて呟いた。

「まあ、見えるよな」

「子供のころは 、信じてたんです……。サンタクロースは――墓守様は、実在するって」

「そうか」


 モスグリーンのバギーから降りた赤い男は、リーダーを見下ろしながら、ぼそぼそと短い返答を繰り返した。


「ぼく、なんで、こんな……。硬実を盗もうなんて……。ぼくは、ひどい大人になってしま……」


 言葉がさえぎられ、リーダーの頭が割れた。

 赤いライダースジャケットの男は、後頭部から中身を噴出させて絶命した。


 薄っすらと煙を上げる銃口。

 強化プラスチックが使われたその銃は、他のものよりも安っぽいと、性能はさておきデザインにおいて兵士たちからは評判があまり良くなかったらしい。赤い男の持つその銃は、朱色で塗りたくられ、よりチープさに拍車をかけているようにも見えた。まるで、おもちゃの兵隊が持つ、おもちゃの銃だった。


「外しようがないよな、この距離じゃ」


 苦い顔で呟いた、赤い装束の男。彼の側頭部から、白く小さな花が顔を覗かせていた。

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