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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第二章 ポストクリスマス
29/51

アウトサイダー ①

 深夜。

 四季ノ国屋書店。


 緑色のスモークと催涙ガスから逃げ出した二森は、悪戸を探して書店を見張っていた。深夜営業はしていないので、当然、店にはシャッターが下りている。店の裏側、店員が出入りする裏口付近を、二森はすこし離れて眺めていた。


「カリブー。そっちで、なにか動きはある?」


 不魚住に連絡を入れ、林宮の様子も確認する。もし巽が埋葬林の中心部へと向かっていたら、もし悪戸がなりふり構わなくなったら、と二森は危惧したのだ。


『いえ、こっちはなにも……。いったい、なんの騒ぎだったんですか?』

「巽くんが、埋葬林に侵入したかも知れない」

『そんな……』

「優衣子ちゃんに確認してみて。執拗に。あと、本屋さんの薄らヒゲ、知ってるよね? もし、あいつが現れたら、すぐに連絡して」

『え、え? 本屋さんが?』

「いや、やっぱり連絡はあとでいいや。まず、いつも通りの仕事を確実に実行して。御神木には絶対に近付かせないで」

『はい……』

「ごめんね。急いでるから、またね」


 通話を終え、二森はマガジンポケットから小箱を取り出した。中身は、ガジェット八十九号二型――八九二だった。起動したディスプレイがぼんやりと光る。


「くそっ。うまく隠れるもんだ……」


 吐き捨てる二森。

 彼女が操作している八九二には、周辺のストーリーが集まってきている。

 不魚住は、優衣子にトランシーバーで連絡を取っていた。一方、優衣子は巽を(そり)に載せ、不魚住に白を切っている。そういった、ストーリーの断片を確認するも、悪戸は見当たらなかった。


「逆に信憑性が増したってことでもあるか」


 二森は書店に視線を戻した。

 ディスプレイの発光がなくなると、二森の姿は闇に消える。街灯と街灯の間。光のせいで濃くなった暗闇に身を沈め、彼女は懐かしそうに書店を見ていた。


「一足遅かったのか、ここにはもう戻らないのか。どっちだ、悪戸」


 二森は呟いた。

 いずれにしろ、これ以上ここで見張っているのは時間の無駄だと彼女は判断した。

 ふたたび八九二を操作する。保存されていた一時データを支店のサーバに送信。その際、彼女は特定の書店員しか知らないコマンドで、データに手を加えた。


[interrupt request]

[hideout669]


「四季ノ国屋 書店員 悪戸吉彦(あくどよしひこ)

 カウンター・フォー・シーズンのスパイである可能性が高い。注意されたし。

 近々、一度帰還する」


 サークル構成員No.669からの報告


[/hideout669]

[/interrupt request]




 ◆




 国際埋葬林管理研究連盟。日本支部。研究開発室。


 電子音と共にドアが開き、白を基調とした部屋のなかに、二森沙兎が入ってきた。


「お。沙兎ちゃん。どうしたの、こんな夜更けに。なんか物騒な格好してるな。薄汚れてるし。大丈夫か?」

「ちょっとね。それより、進捗はどう? 林崎(はやしざき)先生」


 四十代なかば、白髪交じりの男。白衣姿の林崎は、コーヒー片手に肩をすくめてみせる。


「唐突だね。なんの進捗?」

「変異墓守遺伝子の移植」

「簡単に言うねえ」

「時間、もうあんまりないんだよね」

「は? 研究、打ち切られるのか?」


 林崎は椅子の上で慌てる。コーヒーをこぼしそうになっていた。


「いや、それはないから安心して。わたしの都合」

「転勤? 沙兎ちゃん好きだから、いなくなって欲しくないんだけど」

「まあまあ。それより、どうなの?」

「そうだねえ。銀次郎の遺体は保管してあるし、やろうと思えば移植自体はできると思うよ。でも、うまく発現するとはかぎらない。墓守遺伝子そのものが、まだ完全に解明できてないわけだからね。そのうえ、変異した墓守遺伝子を移植しようなんて、馬鹿げた話だよ。それこそ、更に変異して、がん細胞製造マシンになってしまいかねない。というか、なにが起こるか検討もつかない。賭けにすらならないよ」


 そっかそっか、と二森は手近な椅子に腰かけた。


「それじゃあ、墓守遺伝子が変異した原因とか、再現は?」

「銀次郎は、通常以上の放射線を浴びたとか、そういうことはないんだよね?」

「ゴジラみたいなこと?」

「ゴジラみたいなこと」

「ないと思う」

「そうだよね。僕もそう思う。だとすると、難しいね。生きているだけで、人間のDNAには大なり小なりの傷がつく。そこから変異したんだとしたら、原因は無いのと等しい。再現も難しいだろうね。でも、逆に言えば生きているだけで、だれでも変異する可能性はある。まったく同じ変異とはいかないだろうし、買いもしない宝くじの当選を待つようなものだけどね」

「そっかそっか。でも、スレイベルとか、バギーとか、そういうの作れるよね? 完全に解明できてもいないのに、開発なんてできるもの? なにか隠してない?」

「いやいや、上司に隠し事なんてしてないよ。あれらはね、たんなる(がわ)なんだよ。どういう原理で動作するのか。それはわからないけれど、動作の結果だけを応用してるんだ。例えば、エンジンを作れなくても、動作するエンジンがあればいい。エンジンが動作した結果――生まれた回転運動に、ギアを繋げればいい。それで車輪は回る。我々が作っているのは、ギアとその先だけ。肝心要のエンジンは、まだまだ謎だらけだ。悔しいけどね」

「なるほど……。わかったけどさ、林崎先生って話し長いよね」

「わからない人に、わかるように説明しようとすると自然と長くなるもんだ。あと、単純に好きなんだもん。好きなものは語りたくなるだろう?」

「ありがとう。わかりやすかった。でも、中年男が、もんとか言うな。なんか残念な気持ちになる」


 二森の悪態に、林崎はケタケタと笑っていた。

 溜息をつき、二森は勝手知ったる我が家のように、棚からカップを出してコーヒーを注ぐ。


「よくわからないものの上に、現状のシステムが成り立ってるわけか」

「まあね。黎明期の世代の人たちは、良くやったと思うよ。おかげで、僕らはコーヒー片手に研究する時間を得たわけだからね」

「黎明期、ね……」


 部屋のガラス張りの壁。その向こうでは、何人もの研究員が、研究や開発に明け暮れていた。


「ときおり、思うことがあるんだ」


 林崎は、なにかしらのデータをモニタで閲覧しながら、独り言のように話し始める。


「時間も食事も忘れて実験に没頭したあと、お風呂で気を抜いたときとかね。思うんだ。埋葬林や墓守、粒子やトナカイの角。ホント良くできてるなあと、そう思うんだ。僕ら研究者なんて、必要ないんじゃないかってね。まったく、都合が良すぎるくらいだ」

「都合って、誰の?」

「誰の、ときたか。そう返されるとは思わなかったな。そうだなあ。あるとしたら、誰の、どんな都合なんだろうねえ」

「そこらへんは曖昧なままがいいな、わたしは」

「そうかもね。少なくとも、僕の分野ではなさそうだ。まあ、そんなことより――」


 もともと、さして気にしてはいなかったのか、本当に独り言だったのか、林崎は話題を変える。


「――研究員のぶんのトナカイの角、そろそろなくなりそうだから、在庫確認しておいてもらえる?」

「わかった。手持ちは?」

「僕のは、もうない」

「もっと早く報告して。とりあえず、わたしのあげる。わたし、実は不要だから」

「え。沙兎ちゃん、不転化個体だったの?」

「そうだよ」


 まじかよ、と林崎は真空パックされた注射器を取り出す。興奮した面持ちである。


「血液と細胞をくれ。そのカップも洗わずに置いていけ」

「いや、まあ……。悪意はないんだろうけど、めちゃくちゃ気持ち悪いな、先生」

「あ、ごめんごめん。でも、生きた不転化個体は珍しいから。たいてい墓守に殺された遺体ばかりだし」

「そ、そうね。でも、そんなに食いつくとは思わなかった……。ごめんなさい。嘘です」

「え? 嘘なの?」

「嘘です」

「墓守遺伝子、発現してない?」

「してない」

「なんだよ。若い女に弄ばれた……」

「人聞き悪いよ、先生」


 林崎はガッカリと肩を落とした。その様子を見て、二森は苦笑いをこぼす。


「申し訳ない。でも、トナカイの角、使っていいのは本当。わたしは、また林宮から直接もらうから」


 二森は内ポケットからケースを取り出し、林崎に渡した。


「ありがとう。僕はフランス産がいちばん好きなんだけどね。香りが好みなんだ。日本産も、まあまあ」

「……なに? どこって?」

「フランス」

「あー……、そう」


 二森の顔が歪んだ。苦しそうに、金髪をかき乱す。


「フ、フラ、フ……うん。そう、仏ね。仏でしょ? そうなんだ」

「ホトケって、刑事用語みたいに……」

「あんまり、その国は好きじゃないんだ。わたしの前では、よほどじゃないかぎり話題にしないで欲しい。とても不機嫌になる」

「そ、そうか。了解した」

「申し訳ないです、先生」


 二森のあまりに辛そうな表情を見たからか、ただ事ではないと察した林崎は、おとなしく引き下がった。


「話を戻すけど、変異墓守遺伝子の移植や再現が、いまのところ無理なのはわかった。じゃあ、持ち出すことは可能?」

「可能だよ。地獄のように面倒な手続きを完了できればね」

「それをせずに、という意味」

「首が飛ぶ」

「責任は、全部わたしが負うから」

「さすがに無茶だよ、沙兎ちゃん。なにに使うのかは知らないけど……」

「上司の命令でも?」

「上司の上司に報告しなくちゃいけないだろ?」

「たしかに。じゃあ、わたしが脅して奪い去ったってことでいい。それなら、どうですかね?」

「うーん。おじさん、困ったぞぅ……」


 林崎は、眼鏡を外して考え込む。

 いつの間にか、二森の手には小さな拳銃が握られていた。椅子に腰かけ、膝に乗せられた腕は、銃口が林崎に向くよう固定されていた。


「ここにあるものを無断で持ち出すことは出来ない。が、べつの場所で手に入れることは可能だろう」

「と、いうと?」

「まず、銀次郎の遺体を調べていて思ったんだが――」

「うん」

「――と、その前に。拳銃なんて、しまいなさい。物騒な格好をしてると思ったら、物騒なものまで……」

「へっへっへ」

「笑いごとじゃない」

「……はい。すみません」


 叱られた子供のように、しゅんとなった二森。小さな拳銃を腰のホルスターに戻す。


「それで?」

「はあ……、まったく。うちの上司はどえらいな。ええと、彼は頭を吹き飛ばしたわけだろう? そして、沙兎ちゃんの報告によれば、新しい墓守は、彼の肉片も取り込んで身体再構築を行った。つまり、我々には再現できない現象でもって、変異した新型エンジンがすでに組み上がっている可能性はある」

「それは、わたしも考えた。でも、彼女は普通の墓守だったよ?」

「もらった嶽優衣子の細胞を分析した。結果、新生墓守の墓守遺伝子は、銀次郎のものと同様、変異していたよ」

「ホントに!?」

「あぁ、本当だとも! 銀次郎の変異墓守遺伝子が影響したんだろうね。もうね、わけがわからない! でも、そうだとしか思えないよねえ!」

「もっと早く言って欲しいぜ、林崎先生!」

「いま結果が出たんだよ、沙兎ちゃん!」


 林崎は興奮のあまりか、さきほど眺めていたモニタを抱きしめている。


「埋葬林と墓守を生み出した何某かよ! ありがとう! そして、くそったれ!」

「先生、ちょっと落ち着いて」

「すまない。……とまあ、そういうわけで、嶽優衣子には銀次郎と同様の現象が起こっているはずだ」

「でも、そうは見えなかったよ」

「そうだねえ……。これは、ただの憶測だけど、なにかトリガーがあるのかも知れない。僕は銀次郎が墓守になった直後を知らない。もしかしたら、彼も最初は普通の墓守だったのかも」

「あり得なくはないか……。銀次郎が普通ではないと国葬連が知ったのは、ごく最近だからね。墓守になった直後の彼については、わたしも知らないし」

「不転化個体――墓守遺伝子が発現した状態の人間は、強いショックを受けると神経伝達物質が大量放出されて、状態に変化が起こるだろう?」

「うん。迷わなくなる」

「そうだ。ほかにも、墓守を視認できたり、スレイベルが効かなくなっていく。墓守自身にも、なにかしらのトリガーがあるかも知れない。試してみてもいいと思う」

「ショックを与えろ、ということ?」

「そうだね。薬物投与という手もあるけど、ただの憶測でとるにはリスキーな手段だ」

「そっかそっか……。いや、もしかしたら、もうその必要はないかも」

「ほう、つまり?」

「妙だなと思う行動を取ったんだ、優衣子ちゃん。わたしが大暴れしたせいかも。……ふーん、そっかそっか。ありがとう、林崎先生。わたしは行くよ」


 残りのコーヒーを飲み干し、二森は椅子から立ち上がる。それを、林崎は難しい顔で見つめていた。


「なにを企んでいるのかは、聞かない。僕は沙兎ちゃん好きだしね。でも、なにかあっても庇うことはできないよ。沙兎ちゃんと同じくらい、僕はこの職場が好きなんだ」

「いいよ。なにかあったら、わたしを悪者にして保身に走ってくれて構わない」

「了解。最高だ、ボス。あ、カップはそのままでいいよ」

「いや、ごしごし洗って返すから」


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