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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
幕間 ロストエピソード.Ⅱ
26/51

本屋さんのお仕事 ① /鬼沢晃

「ただいま戻りました……」


 四季ノ国屋のオフィススペースに辿りつくなり、俺は自分のデスクに突っ伏した。


「あぁ、鬼沢(おにさわ)くん。お疲れ様です。どうでした、初の仕入れ作業は?」


 常盤坂園美(ときわざかそのみ)は書類作成の手を止め、聞くまでもなさそうだけど、と苦笑いをこぼした。


「いやー、まさか戦場の真っ只中に行くことになるとは思いませんでした。飛んできた砲弾を見るなり、即撤退です。あの音と震動は二度と体感したくありませんね」

「危ない……。それは運が悪かったですね。観測所も頑張ってはいるんですが、どうしても誤差は生じるみたいです」


 本筋へ直接的に関わらなくてもいい。そう聞いたときは楽観視したが、現実は厳しかったというわけだ。


「話には聞いていましたが、先行班のいない仕入れ作業は、かなりハードですね」

「そうですね。場合によっては、ホントに死にますからね。開店作業を行う先行班には、頭が上がりませんよ」

「まったくです。反省して次回に活かします。戦争小説企画、いまはボツだなあ……」


 実に口惜しい。

 新人である俺の企画を上司がすぐに通したのは、学ばせる目的があったのかも知れない。とはいえ、それで死んでしまっては、学ぶもなにもなかったわけだが。ちょっとスパルタすぎやしないだろうか。


「私設軍隊の計画もあると聞きましたよ。鬼沢くんがムキムキに鍛えて、その部隊を率いるというのはどうですか?」

「えぇー。俺には無理ですよ……。傭兵を雇えないか聞いてみます」


 げんなりしながら、自分の企画書に没の判を押す。そんな俺を見て、常盤坂さんはくすくすと笑った。痩せぎすの色白眼鏡。そんな、いかにもインドア派という趣の俺が、筋骨隆々に変貌した体をふるって、戦場を駆ける姿を想像したのかも知れない。それは笑う。俺だって笑う。


「あ。そうだ、鬼沢くん。なにも、危険度が高いのは戦争とかバトルものだけじゃないですよ」

「あぁー……、なるほど。ホラーとかですか?」


 幽霊や怪物に襲われる状況を想像して、身震いが起きる。


「そう。あと、ミステリなんかも危ないです」

「たしかに、そうですね。自分から近付かなくとも、向こうから来る可能性もありますもんね。幽霊とか殺人鬼に出会ったらと思うと……」

「実際、ホラー小説を仕入れに行って、帰還不能者になった書店員もいますから」

「それ、研修のとき、二森さんに聞いた気がします。たしか、木村文太さんという方でしたか?」

「あらら。沙兎ちゃん、脅したでしょ? 困った人」


 いかにも恐ろしげに語ってみせ、新人の俺を脅す金髪おかっぱを思い出し、苦笑いが込み上げる。そんな二森さんを下の名前で呼び、可笑しそうに笑う常盤坂さん。きっと、二人は仲が良いんだろう。


「なんでも、“イデアの佐藤C”とかいう、頭をかち割ってまわる猟奇殺人鬼だとか?」

「うん。その序章みたいな段階で、木村さんは帰還不能になった。回収班が組まれたけれど、回収できたのは備品と断片的な小説だけ。木村さんは発見できず、帰還不能者として扱われた。と、いうことらしいです。もしも興味があるのなら、回収された小説は書庫に保管されているので、読んでみるといいですよ」

「ありがとうございます。気が向いたら読んでみます」


 没にした企画書と、その報告書を持って、俺は椅子から立ち上がる。


「それじゃあ、俺は報告をして、いったん自宅に戻ります」

「はい。お疲れ様でした。鬼沢くんは、帰還不能者にならないように気を付けてくださいね」

「気を付けます。今回でかなり懲りましたし」



 ◇



 上司に報告を終えた俺は、先の仕入れ作業で使った備品を返却するため、管理部棟にある備品管理課に立ち寄った。


「やあやあ。大変だったみたいだね。生きててなにより」


 能天気な声が聞こえて、俺はドアにかけた手を止める。


「あ。二森さん。お疲れ様です」


 二森沙兎が、手を振りながらこちらに向かってきた。どうやら、二森さんは保全課に用事があったらしい。彼女が歩いてきた廊下の向こうは保全課だし、腕には八十九号二型――通称“八九二(ハチクニ)”も装着されていた。


 物語因子管理部、保全課。

 絶海の孤島で暴れた殺人鬼がつけていたお面だったり、魔法がある世界で、魔法の源となる魔力を閉じ込めた石など、物語や物語世界を構成する要素――物語因子。保全課はそれを保管している。

 なかには人体に有害な因子もあるため、保全課に立ち入る際は、彼女のように八九二の装着義務があるのだと、研修時に教わった。


「先行班なしで戦場から帰るなんて、なかなかやるね、鬼沢くん」

「いやいや。這う這うの体、といった感じですよ」

「そっかそっかー。やめといたほうがいいって、わたし言ったのに」

「そんなこと聞いてませんけど」

「イデアの佐藤Cの話、したでしょ?」

「あれ、止めてたんですか……。もっとわかりやすくお願いしますよ」


 俺の抗議に、二森さんは口笛を吹きながらあさってのほうを向く。


「この人は……。常盤坂さんも怒ってましたよ。新人を脅すなんて! って」

「え。園美さん、怒ってた? まじで?」

「はい。まじで」


 顔を青くした二森さんを見て、俺は彼女の弱点を見つけた気がした。なにか酷い目にあったら、すぐに常盤坂さんに報告してやろう。


「ところで、二森さんは保全課にはどんな用事があったんです? 俺、まだ入ったことないんですよね」

「ちょっとねー。……知りたい?」

「いえ、べつに」

「なんでよー!」

「わー。このひと面倒くさい人だ」

「おい」


 ころころと表情が変わる二森さんは面白かった。しかし、先輩であるので、あまり弄り倒すと後が怖そうだ。


「すみません。言い過ぎました」

「まあ、いいけどさ……。それで、鬼沢くんも八九二の返却?」

「ええ、そうです」

「戻ったばかりで疲れてるでしょ。返しといてあげるから、さっさと帰ってお風呂に入りなよ。顔、煤けてるぞ」


 ひょい、と俺の八九二を掴み上げ、二森さんは備品管理課のドアを開ける。


「あ。ちょっと! まったく……。お願いしますね!」

「はーい」


 ひらひらと手を振り、ドアの向こうに消えていく二森さん。俺は思わず苦笑いをこぼす。


「困った人、だな。ホントに……」


 借りた人と返す人が違って大丈夫だろうかと、俺は少し心配になったのだった。



 ◆



「おはよう、鬼沢くん。ちょっといい?」

「おはようございます。なんでしょう」


 寄宿舎からオフィスへ向かう途中、二森さんに声をかけられた。

 今日は天気が良いので、彼女のおかっぱ頭は、いちだんときらきらしていた。


「あとで仕入れ作業、お願いするから。行ってきてもらえる? わたし、編集の作業が溜まっちゃってて」

「わかりました。どんな物語世界なんですか?」

「普通。うちが定めてる標準の物語世界」

「そうですか。迫撃砲の雨にさらされることはなさそうですね」


 凶悪な音と振動を思い出し、俺は顔をしかめた。


「あらら。そうとう参っちゃったみたいだね。いちおうメンタルケア受けたら?」

「そうですね。そうしてみます。ところで、どんな小説を仕入れます?」

「うーん、数合わせの側面もあるから、それは鬼沢くんに任せるよ」

「了解しました」


 四季ノ国屋(しきのくにや)超時空支店(ちょうじくうしてん)

 なんとも胡散臭い支店名だが、本当らしいのでしかたがない。実際、多世界や平行世界、異世界などと呼ぶしかないような世界に、俺は行ってきた。支店があるこの場所だって、そうだ。他所からは隔絶されている。四季ノ国屋では、そういう世界を主に物語世界と呼んでいた。


 (ゲート)という装置をくぐり、俺たち書店員は、さまざまな物語世界へと出勤していく。各物語世界で開店された書店は、この支店との繋がりを保持、安定させるアンカーの役割と、行き来するための簡易ゲートの役割がある。


 そして、書店員が装着するリストバンドのような装置――八九二は、世界間の移動負荷から身を守る機能や、物語世界で起こっている出来事を小説化する機能などを持っている。ほかにもいろいろな機能があり、俺からしたらオーバーテクノロジーも甚だしい。


 八九二もそうだが、この支店にはとんでもない技術や備品が山ほどある。どれもこれも、物語世界から調達してきた因子らしい。支店の書庫には、SF小説やファンタジー小説もある。そりゃあ、俺の常識では計れないテクノロジーもあるだろう。

 四季ノ国屋超時空支店という、本屋にしては異常なほどの巨大組織。その主な資金源が、実はそこらへんにあるんじゃないかと俺は思っている。


「そういえば、昨晩、うちの簡素なSNSやホームページを見てたんですけど、もしかして、八九二のこと、ぼかして言ってます?」


 ――この支店に在籍する書店員たちは、ちょっと不思議な力を持っています――


 という表記を見て、思ったことだった。


「そうだね。時空間を移動して別の世界に行ける、とか書いたら大惨事じゃない」

「だれも信じませんよ」


 というか、ここのネット接続はどうなっているんだろう。時空間を超越したネット接続とか、考えただけで頭がおかしくなりそうだ。


「……言われてみれば、たしかに。そっかそっかー。こんど、広報の人に言ってみれば?」

「そんな面倒な……」

「おい仕事しろ。まあ、でもね、本当にいるらしいぜ」


 二森さんはニヤリと笑い、声を潜めた。


「と、言いますと?」


 悔しいが、なぜか俺も声を潜めてしまった。


「時を止めたりする、超常の力を持った人」

「えぇー……、なんか猛烈に胡散臭いですね」

「なに言ってるんだか、今更。そういう物語世界から、ここに就職した人たちらしいよ」

「な、なるほど」


 超能力ものの小説だって、山ほどある。

 ならば、その物語世界からやってきた人が、書店員でもおかしくはない。


「マンボウを操る人もいると聞いたぞ」

「なんでマンボウ?」

「わたしだって知らないよ」


 文字通り、世界は広いんだろう。

 吸血鬼やゾンビ、ロボットやAI。勇者と魔王、それにドラゴン。

 そんな、いままでの俺にとって空想上の存在だったものが、ゲートの先には存在する。彼らが標準世界に来たとして、その力を十全に発揮できるか否かは、わからない。でも、もし書店員向きの力が発揮できれば、たしかに便利で有能な店員になれるだろう。まあ、そもそも、ゾンビやドラゴンは、雇う雇わない以前の問題だろうが。


「サトさん、サトさん」


 オフィスに併設されている書籍販売スペース。そこから、吐息のような駆動音を伴い、美少女ロボットが走ってきた。

 そうだった。ここには彼女がいた。いくら胡散臭いと否定しようが、彼女を見れば納得せざるをえない。


「愛子さん、おはよう」

「おはようございます、コウさん。相変わらず、お手々が綺麗ですね」

「あ、ありがとう」


 よくわからないおべっかを使い、愛子はニッコリと俺に挨拶を返してくれた。

 皮膚は人間みたいに滑らかで、表情も驚くほど器用に変えてみせる。髪の毛だって本物みたいだった。でも、関節などの駆動部分は、機械丸出し状態だ。本人が言うには、プロトタイプだから仕方がないのだとか。


「なんの用?」


 二森さんが、愛子を冷たい目で見下ろしている。愛子が現れると、二森さんは露骨に冷たい態度をとる。それでも、あまり邪険にしないあたり、なにか複雑な事情があるのかも知れない。


「博士の行方を知りませんか? バイオリアクターからの排気が止まらなくて、大変に恥ずかしいのです。昨日、大量に摂取した焼いたイモが原因だと思われるのですが……」

「わたしが知るわけない。町にでも行ってるんじゃないの? ……ねえ、いまスカしたでしょ?」

「へへ」

「へへ、じゃないから」


 本屋の支店といっても、ここは小さな町より栄えている。役所や銀行のような施設から、酒場やアミューズメント施設にいたるまで、さまざまだ。ここに来たばかりの俺からすれば、本屋とはいったいなんだ、という問いに襲われる。しかしながら、休みの日や仕事帰りに出かけられる場所があるのはありがたい。きっと、愛子が探している博士という人も、町に用事があったに違いない。


「業務が終わり次第、町にくり出してみます」

「勝手にして」

「はい。ありがとうございました。それでは、お二方とも、良い日をお過ごしください。――猛威販促プロトコル、開始します」


 愛子はお辞儀をすると、エプロンをなびかせ、猛烈な速度で販売スペースへと戻っていった。


「愛子さんを見てると、本物の人間みたいに感じるときがあります。あとで我に返って焦るんですよね……」

「君がそう思うなら、べつに人間扱いでいいんじゃない? 相互理解の条件に、人間であることは含まれないと思う。まあ……でも、あれは人格モジュールが外れてるから、まだマシだよ」

「ん? マシとは?」

「なんでもない。ただの言い間違い」

「そ、そうですか。それにしても、愛子さん、二森さんのこと好きですよね。よく絡んでくるイメージが――」

「そんなことない。二度と言わないで。……あ。ごめん」

「い、いえ」

「それじゃあ、今日の仕入れ作業、よろしくね」


 いつもにこやかな二森さんだが、いまは機嫌を損ねてしまったらしい。かかとを踏み鳴らし、足早に去ってしまった。やはり、愛子とは、なにかしらの因縁がありそうに思えた。


「ヘイラッシャイ! ヘイラッシャイ! 定価だよ! 妥当な値段だよ!」


 愛子の“猛威販促プロトコル”とやらが始まった。それで売れるとは微塵も思えなかったが、機械部分の駆動音が気持ちいいので、その手の趣味の人からは好かれそうだと思った。


「それにしても、愛子は美少女だなあ」

「ありがとうございます、コウさん! でも、愛子は地獄耳ですので、お気を付けて!」


 小さく呟いた声は、みごとに愛子へ届いていた。彼女は音声のボリュームを上げて、俺に話しかけてくる。


「顔面温度の急激な上昇を確認しました! 極点の氷が心配です!」

「俺の温暖化現象なんて心配するな! 仕事しろ!」

「ガッチャ!」


 まわりの書店員さんたちに笑われ、温暖化現象は加速した。俺はうつむいたまま、オフィスへと急いだのだった。

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