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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第一章 ロストサンタクロース
22/51

サンタクロースが死んだ夜に ② /■■■■

「銀次郎! ニモリさん!」


 ホースを掴んで車庫に戻った馴鹿は、水道の栓をひねっていなかったことに気が付き、内心で舌打ちをした。しかし――。


「止められなかった。ごめん、カリブー。……ごめん」

「そ、そんな……」


 ――もう、手遅れだった。

 トナカイの角の毒性にやられた墓守は、錯乱状態に陥る。ゆえに、訳あって墓守を殺害する際は、ストレッチャーなどに固定して行われるべきものだった。


 車庫の外で馴鹿が聞いたのは、錯乱した銀次郎の怒号と、マークスマンライフルの発砲音だった。


 銀次郎はライフルをくわえ込み、引き金を引いたのだろう。ストレッチャーから落ちた優衣子の遺体に重なるようにして、倒れていた。呆ける馴鹿と、シャッターに背を預けた二森。ふたりのほうへ投げ出された銀次郎の足は、ぴくりとも動かない。


 朱色のライフルが、流れてきた血に濡れる。変形した弾頭と、空薬きょうが馴鹿の足元に転がっている。その弾頭に、銀次郎の長髪が、鉛の変形に巻き込まれて絡まっていた。


 圧倒的な死の気配。とぷり、と空薬きょうの中に血が入り込んだのを見て、馴鹿は意識が朦朧としていくのを自覚した。


「カリブー。いったん座って、目を閉じて。過呼吸みたいになってる」


 二森の声は、馴鹿には届いていない。よろよろと、覚束ない足取りで二つの遺体に向かって歩き出した。


 優衣子のものか、銀次郎のものか、判然としない血溜まり。子供の水遊びのように、あちこちに飛び散っている。馴鹿はふたりの遺体を見下ろし、くしゃっと顔を歪ませた。やがて、ごそごそと、壁をこすり始める。その壁には、銀次郎の頭部――その破片が、噴射されたかのようにへばり付いていた。


「やめるんだ、カリブー。いますぐ眠れ。あとのことは、わたしに任せて、なにも考えずに寝るべきだ」

「集めなきゃ……」


 うわ言のように呟いて、吹き飛んだ頭の破片をかき集める馴鹿。


「無理。無理なんだよ。カリブー……。だから、もう……」

「わかってるよ……!」


 焦燥にかられていた馴鹿の頭が、思わぬ二森の涙声に、落ち着きを取り戻し始める。


 馴鹿も、ある程度までの知識は持ち合わせていた。


 国葬連の実験によれば、たとえ五体四散したとしても、()()()()()()()()()()()()()、身体が修復するという。墓守が視認できるという粒子が、身体修復に関係していると推測されていた。しかし、トナカイの角を摂取した墓守は、その限りではない。細胞やDNAを破壊され、やがて生命としての機能を停止するのだ。


「だったら……! カリブー、おねがい。やめよう? ね?」


 壁をこする馴鹿の手が、止まった。


「わかってますよ。僕にだって……。一緒に連盟で講義を受けたじゃないですか」

「そうだね。カリブーは、わたしと違って優秀だった」


 致死量でなくとも、トナカイの角の大量摂取は、墓守にとっては危険である。細胞の正常な修復が難しいほど、DNAが破損する。それでも、軽傷であったなら、損傷箇所が致命的でなかったなら、まだ修復の見込みはあったろう。しかし、中身がほとんど空になるほどの頭部の損傷は、修復など見込めない。


「銀次郎は、自分をカラスと言いました」


 二森の碧眼は、大きく見開かれた。出ようとした言葉は、吐息と消える。


「そうじゃないって。カラスなんかじゃないって。銀次郎は人間だよって、伝えなきゃいけなかった。僕たちと、そんなに変わらないって……。あんなに思いつめてたなんて、気付かなかった……!」


 馴鹿は二つの遺体の前で、くずおれた。


「わたしのせいだ。わたしが余計なことを言ったから。べつに、人間である必要なんてない。言葉をかわして、互いを理解しようと努められるなら、心を持つカラスだっていいじゃないか、って。かわせる言葉があるんだったら、それでいいじゃないか……って、わたしは言いたかったんだ」


 くしゃっと、赤く濡れた金髪をつかみ、二森は吐き出すように、知られたくなかった懺悔のように、言葉を搾り出した。


「それ、もっとはやく聞きたかったと思いますよ。茶化さずに、きちんと言うべきだったんだ」


 珍しく、すこし怒気を含んだ馴鹿の声。


「ホントに、ごめん。わたしが追い詰めたようなものだ……」

「あっ……。いえ、それは僕も――」


 きしっ。

 と、軋むような、すれるような音。瑞々しい樹木の柔肌が、身じろぎをするような音。


「……なんの音?」

「な、なんでしょう……。まるで、遺木が成長するときみたいな……」


 不意に、馴鹿の手の中でなにかが蠢いた。ずるり、という肌を這う感触に、馴鹿は悲鳴を上げて自分の手のひらを覗き込んだ。


「こ、これって……!?」


 我を失いかけ、かき集めた銀次郎の頭部の破片。血液や灰白質などが、ずるずると、なにかに引っ張られるように移動を始めた。


「たぶん、墓守の身体修復……じゃないよね、これ。死後の身体再構築じゃないか!?」

「え? それって、つまり……!」


 二森の言葉に、馴鹿は息を呑んで振り返る。移動しているのは、銀次郎の肉片だけではなかった。


「カリブー! そっちのドア閉めて!」


 言い放ち、二森は寄りかかっていたシャッターを叩き下ろした。


「は、はい!」

「余計なものは混ぜたくない!」


 ずるずると這うように移動する、血液や肉片。なかには、空中を浮遊しているものまであった。幾筋もの破片の大移動は、死体袋で横たわっている嶽優衣子に収束していた。


 周囲がやや緑色の薄明にかすんでいるような気がして、馴鹿は震えた。墓守の見ている景色。墓守の視界。その一端に触れ、畏れを抱かずにはいられなかった。

 社務所へのドアと、外へのシャッターが閉じられ、車庫の中は握り締めたような静寂に包まれた。


 静寂と薄明のなか、渦巻く肉片。それらが、口や鼻、目や耳、額の穴から、嶽優衣子の中に吸い込まれていく。

 ぐちゃぐちゃと水っぽい音。そして、きしきしという樹木の絡むような音。馴鹿と二森は、閉じられた空間のなかで、この世のものとは思えない音を聞いていた。


「優衣子が……。そんな。優衣子が……」

「そっか……。そっかそっか……」


 馴鹿も、二森も、高揚と動揺がない交ぜになった、えも言われぬ表情になる。


「カリブー。いまここで、新たな墓守が誕生しようとしてる……!」


































[interrupt request]

[hideout669]


「変異異常個体の死亡、および新たな異常個体の発生を確認。

 変異異常個体の亡骸の処遇を請う。

 また、今回の件によるハザードの兆しは確認できない」


 サークル構成員No.669からの報告


[/hideout669]

[/interrupt request]


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