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嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木  作者: 麻婆
第一章 ロストサンタクロース
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殺意の証明 ② /外ヶ浜巽

「二森さんの目的はなんですか?」

「巽くんを埋葬林に入れないこと」

「はぐらかさないでください。それは手段でしょう?」

「……そうだね。わたしの目的を明かすことは、君を埋葬林へ向かわせることと同義なの。だから、いまはなにも言えないよ」

「公平な取引じゃないですね」

「うん。わたしが一方的に選択肢を突きつけているだけ。取引なんかじゃない。でも選んで」

「二森沙兎に反抗の意思はありますか?」


 二森さんは、にこにこ顔を驚きで染め上げた。

 あの手紙の主は、いったいだれだ。あれはなんだ。そして、この状況は、いったいなんなんだ。俺には、この状況とあの手紙が、無関係とは思えなかった。


「おっどろいた。君ってやつは……。この状況で、そんな意趣返しできるかな、フツー」

「どうなんですか?」

「いいよ。フルネームおぼえててくれて嬉しいし、それには答える。わたしには、“反抗の意思”なんてものは、ない。持つことさえ、許されないんだから」

「じゃあ、あの手紙はなんですか?」

「あの手紙って? なんのこと? いま持ってる? 見せて?」

「い、いや。ただのブラフです。すみません」

「そっかそっか」


 くそ。わからない。

 この人は、あの手紙のことを知っていると思う。でも、どうやって知ったのだろうか。だれにも内容は知らせていない。かといって、ここで手紙の内容を開示して助力を請うのは、危険すぎる。

 どうしたらいいのか、わからない。


 しかし、わかったこともある。反抗の意思を問う手紙は、二森さんのものではないという可能性が高まった。

 あれには、“反抗の意思”を持つ同志を見極めようとする意思を感じた。反抗の意思など持っていないと言う二森さんが、あの手紙を書いたとは考えにくい。彼女が俺を埋葬林へ立ち入れまいとする行動も、手紙の内容と反するものだ。だから、いまの二森さんの言葉に嘘はないんじゃないかと思えた。

 甘いだろうか。すべてブラフであっても、おかしくはない。この人ならやってのけそうな気がする。


「もうすこし、時間稼ぎに付き合ってあげてもいいよ。ほら、なにかない? どう? もうない?」


 ふたたび笑顔を貼り付けた二森さんは、銃口を上下させて俺を急かした。

 俺の小賢しい時間稼ぎも、彼女にはお見通しだったらしい。なら、付き合ってもらおう。最善の選択をするために、ここを切り抜けるために、時間と情報を奪え。


 なにか、ないだろうか。なにを聞けばいいのだろうか。


 ――もし仮に、君の友達が誰かに殺されたのだとしたら、君はどうする?――

 ――そして、その犯人を私が知っているとしたら、君はどうする?――


 そうだ。

 最初の手紙には、優衣子は殺されたとあった。

 いまの俺は、優衣子は生きていると思っている。だけど、手紙が真実を語っていると仮定すると、優衣子を殺したのは、手紙の主ではない可能性が高い。自供である可能性も、ないわけではないけれど。


 目の前の、二森沙兎を見やる。

 武装し、拳銃を俺に向けている。初めて見るし、本物かもわからない。けれど、彼女は銃を持ち慣れている。そんな印象を受ける。


 優衣子は死んでいるのか。

 死んでいるのだとしたら、手紙の通り殺されたのか。殺したのは、だれだ。目の前の武装した女か。

 優衣子は生きているのか。

 生きているのだとしたら、手紙は嘘をついているということになる。なんのために。俺の興味を引くためか。


「巽くん。わたし、腕が疲れてきたぞ。なにもないなら、そろそろ決めてもらえるかな?」

「質問、いいですか?」

「いいよ。サービスしちゃおう」

「嶽優衣子は、生きていますか?」

「死んだよ」


 即答だった。にべもない。

 二森さんに初めて会ったとき、優衣子の話をしても詮無いことだと、俺は口を閉ざした。いまの返答を聞く限り、その判断は正しかった。


 嶽優衣子は死んだ。

 俺以外のだれもが、彼女は死んだと告げる。


「優衣子は、どうして死んだんですか? だれかに殺されたんですか?」


 俺からまともな思考を奪おうとしているかのように、素早く返答をよこしていた二森さん。そんな彼女が、いまの質問で、不意に沈黙した。笑顔さえ消え、返答に迷っている。


「二森さん」

「ちょっと待って。もう五秒考えさせて」

「サービスは?」

「取り消し」

「えぇー……」

「動くな!」


 二森さんの鋭い声。一瞬の弛緩した空気が、とつぜん破られた。彼女の車の陰から、だれかが飛び出してきたのだ。


「ちょ、ちょっと、二森さん。なにしてるんですか!」

「悪戸さん……」


 悪戸さんと呼ばれた男。

 薄っすらとした顎ひげが特徴的な、四季ノ国屋書店の店員さんだった。


「やめてください。なんなんですか、これ。警察呼びますよ!」


 悪戸さんは、俺と二森さんの間に割って入る。そして、俺を庇うように両腕を広げた。


「あらら。悪戸さん、いったいこんなところに、なんの用事ですか?」

「な、なんだっていいでしょう! ただの通りすがりです。そんなことより、その物騒なものは仕舞ってください」


 暢気な調子の二森さんに、悪戸さんはすこし面食らっているようだった。


「悪戸さんは、どうしてそんな人殺しを庇うんでしょう?」

「え!?」


 思ってもみなかった言葉なのだろう、悪戸さんは驚いて俺を見た。


「お、俺は……」


 信じられないほど、どうかしている言い逃れを始めた二森さん。きょとんとした顔で、相変わらず俺に銃を向けている。あまりのことに、驚いて二の句が継げない。


「外ヶ浜巽は、わたしの仇なんです。邪魔をするのなら、悪戸さんだって無事では済みませんよ」

「えぇ!? ちょ、ちょっと落ち着いてください、二森さん! どういうことですか!?」


 悪戸さんはうろたえている。俺だってそうだった。

 俺が人殺しで、二森さんが私刑をくだそうとしている。突然、そういう設定になった。いったい、どういう腹積もりだろう。客観的に見たこの状況の一切の責任を、俺に押し付けようとしているのだろうか。


「二森さん、俺は――」

「うるさい」


 巨大なハリセンが叩きつけられた。そんな感じの音がした。


「え……っ」


 俺の足元がはじけて、背後で空を切る鋭い音が響いた。同時に、涼やかな音で空薬きょうが転がる。


 撃たれた。本物だった。

 二森さんが両手で握っていたのは、本物の拳銃だった。それが立てた音は、炸薬の爆発音というより、もっと機械的な音だった。拳銃の機構が立てる激しい音。

 思いのほか強烈な音に、俺も悪戸さんも硬直してしまった。なにが、脅すだけなら消音器は要らないだ。あったって、十分に脅しになるじゃないか。そうなると、やはり二森さんの消音器は、殺意の証明にはならないのか。


「さあ、悪戸さん。どいてもらえますかね? そいつ、殺さなきゃ」

「いや、しかし……」

「それとも、悪戸さんは反抗するんですか?」


 沈黙。

 まるで、重力が何倍にもなったかのような、重く長い沈黙。


 二森さんは、いま確かに“反抗”という言葉を使った。間違っているわけではないだろうけれど、“抵抗”のほうが聞こえは自然じゃないだろうか。どうして、このタイミングで“反抗”が出てくるのだろうか。


 俺を庇うように立ち尽くしている書店員。悪戸さん。彼に視線が吸い寄せられる。


「悪戸さん、いい加減に――」


 そこで、缶が二つ飛んできた。

 唐突に、埋葬林の方向から飛んできた。俺たちの足元に転がった缶は、二種類の煙をもうもうと噴き上げている。あっという間に、俺たちは互いの姿を認識できなくなってしまった。


「な、なんだこれ!? 巽くん、いまだ。逃げるんだ!」

 濃い緑色の煙幕のどこかで、悪戸さんの声が聞こえた。

「くそっ! 巽くん、吸い込んじゃダメだぞ!」

 二森さんも、どこにいるのかわからない。

「うぐ……。ごほっ!」


 目や鼻、のどが灼熱感に襲われ、俺はたまらず咳き込んだ。焼けるようだった。涙と鼻水があふれ、呼吸が難しくなる。吸い込みたくなくて息を止めると、とうぜんのように苦しくて、余計に大きく吸い込んでしまう。


 見えない。緑色の煙があたりに立ち込め、なにも見えない。

 息ができない。苦しい。熱い。痛い。とめどなく咳が込み上げてくる。腕で顔を覆う程度では、もうどうにもならない。


 どこかへ逃げようと、がむしゃらに足を動かしたけれど、うまく地面を蹴ってくれない。あまりにも濃い煙幕は、俺の方向感覚を狂わせた。

 なにも見えない。おそろしく硬いものが俺の行く手を阻んでいる。違う。地面か。俺は倒れこんでいた。


 どうにか逃げようと、俺は硬い地面を這う。片腕で顔を覆い、もう一方で地面を引き寄せる。腕と足を交互に動かし、俺は無様に這いずった。

 涙、鼻水、よだれ、咳。

 苦しい。死ぬかもしれない。もう駄目かも知れない。でも、なにも知らないまま、なにも理解できないまま、こんなふうに死んでいくのは嫌だった。

 腕を伸ばす。どうにか、煙のないほうへ。それがどっちなのかさえ、わからないけれど、俺は腕を伸ばした。


 そうして、伸ばした腕のさきに、砂色のタクティカルブーツがあった。


 煙をものともせず、それは目の前にさっそうと現れた。

 すがるようにタクティカルブーツを掴み、俺は顔を上げる。


「あ……」


 緑色に煙った視界のなかに、鮮やかな赤色が存在していた。

 そいつは、煙をかきわけ、俺に手を差し出した。いかめしいガスマスクを被った、赤い装束の――。


「巽」


 俺を呼ぶ、懐かしい声がする。


「巽、立って」


 俺は、差し出された彼女の手を、たしかに掴んだと思う。


「げほっ! ……巽くん!? 行っちゃダメだ!!」


 悲鳴のような二森さんの声が、遠くなっていった。

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