八話目
目が覚める。
窓から差し込んでくる日の光からして、まだ昼なのだろうか。
俺はベッドにダイブしただけのはずなんだが、なぜかベッドの中に入っていた。
誰かやってくれたのか、寝ぼけて入ったのかは、この際いいとしよう。
「いいからチヒロって奴を出せ!」
「うちのお客に何をする気ですか!」
「うるさい!こんな宿風情が!その気になればいつでも潰せるんだぞ!」
威勢のいい男と、女将さんがなにやら言い争っている。
そのせいで、部屋の外がうるさい。
昨日マセルが言った、領主なんだろうか。
…このままだとこの宿が無くなりそうなので、とっとと出るか。
「俺が、そのチヒロだが?」
「お客さん!」
「あぁ?お前がか?嘘つくんじゃあねぇよ。」
部屋を出ると、殴られかけている女将さんと、殴りかかっている金属鎧を全身に着た男がいた。
顔まで隠すって、どれだけ用心しているのだか。
「背格好も分かんないのに探せるのか。そりゃ凄いなぁ?」
「あぁ!?」
普段は威張り散らしてる分、煽られるのに慣れてないんだろうな。
あ、こっちを殴りかかってきた。
…なんでこう、戦闘になると急に周りの動きが遅くなるんだろう。
急に周りがスローモーションになって、自分だけ普通に動けるこの感覚って何?
スイッチでも入ってんのか?
…まだまだ余裕だし、ステータス見とくか。
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サビダ
性別 男
年齢 21
レベル 21
HP 324
MP 45
力 604
物理攻撃耐性 487
魔法攻撃耐性 263
精神 96
運 29
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運が壊滅的過ぎるだろ。
ノロノロとこっちに向かってくる、サビダの腕を掴んだ。
「なっ!?」
「冒険者を舐めるなよ?」
そのまま、力を入れる。
鎧がべコン!という音を立てて凹む。
そして、ミシィ!という鈍い音。
……あ…これ腕逝ったな。
「ああああ!?」
騎士だかなんだか知らないけど、痛みになれていないんだろうか。
可哀相だし、腕は離してやった。
「ほら。俺をつれてけよ。」
「てめぇ!この俺を誰だと思ってやがる!」
「サビダだろ?その程度の強さだと、まるで剣の錆びだな?」
俺が馬鹿にするように言うと、女将さんがプッと吹き出した。
女将さんを睨むサビダ。
「ほれ。早く連れてけよ。お前じゃ俺に勝てないんだから。」
「ッチ!」
「はーやーくー。」
「てめぇ!」
何を血迷ったかサビダは、いきなり立ち上がって、女将さんを人質にした。
「キャッ!」
「おら!俺に謝れ!この女を殺すぞ!」
……面倒くせぇ。
まぁ、周りがスローモーションのままなので、サビダが女将さんに回している腕を外す。
そして、女将さんを腕で抱えると同時に、サビダを蹴り飛ばす。
腹の部分を蹴ったのだが、鎧には俺を足跡がくっきりついている。
内臓破裂しててもおかしくないだろうな。
「グボォ!」
「ほら。いい加減分かれって。俺、息切れひとつしてないからな?」
「はぁ…はぁ…こいつ……許さねぇ…。」
もうなんか面倒くせぇ。
「あー、飯はもういいや。ちょっとこいつ連れてギルド行ってくる。」
「は、はい。」
女将さん、まぁ分からなくもないが、露骨に恥ずかしがるの辞めてくれないか。
ギルドだったら、この全身鎧がどこの誰だか分かるだろ。
サビダの首を掴んで、そのまま宿を出た。
周りから奇異な目を向けられたり、驚きの視線を向けられたり、困惑の視線を向けらたり、歓喜の視線を向けられたりで、サビダの事が余計分からなくなりながらも、ギルドに着いた。
ギルドの扉を開けると、酒場の方で歓声が上がった。
「やっほーい!サビダの奴チヒロにやられてっぞー!」
「ははは!ざまぁねぇな!」
「いつもいつも偉そうにしやがって!ありがとうチヒロ!」
…サビダは一体冒険者に何をしてきたんだろうか。
というか、あれだけ飲んどいてまだ飲んでんのか。
「チヒロ君!?どうしてその人ここに連れてきたの!?」
ファミレが受付から身を乗り出して、俺に聞いてきた。
大分心配してくれているような気がする。
「こいつが誰か分かんないから。よければ教えてくれないか?」
「教えるも何も、その人はザッドの街警備隊の中で、一番偉いんですよ!?」
ボロボロになったサビダの方を指さして言う。
「…それにしては弱くないか?」
「多分、チヒロ君が強すぎるからだと…。」
ファミレは、受付の席に座って半ば呆れながら言った。
「で、こいつがやられてることに、なんで皆喜んでんだ?」
俺のその発言には、酒場の冒険者が絡んできた。
「それはなあ、こいつぁいつも自分が偉いからってので、酒場は貸し切りにするし、女はすぐに引っ掛けるし、金持ち自慢をしてくるしで、ウザったくてしょうがなかったからなんだよ。いやぁ、ありがとなチヒロ!」
「成程。自業自得ってことか。」
「そーゆーことだ。どうだ?お前も今からやるか?」
俺にジョッキを向けんな。
「いや、俺は辞めとくよ。代わりにサビダと飲んでくれ。俺はもう知らない。」
そう言って、俺はサビダを手放す。
「いいのか?色々な意味で。」
「大丈夫だ、冒険者にやられる方が悪い。」
「がっははは!そりゃそーだ!よっしサビダ!今までの礼してやっから覚悟しとけよ?」
そうして、サビダは冒険者に肩を組まれながら連れて行かれた。
「あぁ、そうだ。ファミレってエルフだっけ?」
「えっ!?あ、はい。そうですけど。」
いきなり話を振ったけど、そんなに驚くことか?
「ちょっと魔法について聞きたいんだが。」
まぁ、異世界といったら魔法だろ。
「魔法…必要なんですか?」
「いや、必要っていうわけじゃないんだが、もしかしたら魔法を使って記憶が戻る…とかがあるかもしれないからな。」
記憶喪失、万能である。
ファミレは、申し訳ない。というような表情になって、魔法についての基本的な説明を始めてくれた。
最初にエルフの感覚としては、という念押しがついて始まった。
・魔法に、決まった階級も、決まった魔法も無い。
・魔法は、想像力と魔力さえあれば大抵のことはできる。
何故決まった階級は無いのに、同じような魔法ばかりあるのか。
そう聞くと、意外と簡単な理由だった。
「想像力を使う必要が無いですからね。今までにある魔法を真似たほうが、効率もいいですし、MPの減りも大体わかるからです。」
「…大体分かった。ありがとう。」
「…あ!言い忘れてました!私、チヒロ君の専属受付になりました!」
ファミレは、思い出したように大きい声でそう言った。
その声は、やけに大きく響いた。
酒場にも響いた。
一瞬の沈黙の後。
「「「「なんだって!?おいチヒロ!詳しく話を聞かせろ!!」」」」
酒場にいた冒険者たちが、一斉に反応した。
「ちちち、違うんです!違うんです!ギルマスが!ギルマスが勝手にー!!」
ファミレがそう言うが、その声が耳にはもう入らない。
「「「「ファミレちゃんは皆のもんだーーー!!!」」」」
酒場の冒険者共が、一気にこっちに押し寄せる。
…どうしたもんか。
「あーうるさいなー!」
その声が、素晴らしくよく響いた。
声の方を見ると、ギルドマスターだった。
「…もー、決定事項なんだからー。文句なんて無しー。」
その声に、誰も言い返すやつはいなかった。
さすがはギルドマスター。
冒険者たちは、すごすごと酒場に戻っていった。
さて。俺も帰ろうか。
そう思った時、ギルドの扉が思い切り開かれた。
「チヒロ!チヒロはいるか!」
おっと、全身鎧がまた来たぞ。
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