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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
最終話『歌姫に、望むまま全てを』
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④魔王ウェアウルフ


 開拓者の街に着くと、トニカは周りを見回した。


 アーテアの街と違い、整備が行き届いていない道路は土がむき出しで。

 馬車が走るための板敷だけが道の真ん中に広く敷いてある。


 建物も魔性の森から切り出した材木を使っているのか、木の家が多かった。


 露店も一番通りに好き勝手に出ていて、雑多に見えるけど。

 開拓者の街は、落ち着いた雰囲気のアーテアの街よりもはるかに活気に満ちていた。


 きっと、この街にいる人たちは。

 アーテアの街で暮らす人たちと違って、これから頑張ろうとしている人たちだからかもしれない。


 屋台からただよう香りにつられて、お腹空いたなぁ、とトニカは思っていた。


 太くて大きなフランクフルトは魅力的だし。

 あの平べったくて白い、ホットケーキみたいなパンはなんだろう。


 でも、真新しい旅装に身を包んだギルド長は興味ないみたいで。


「アデリーナ様の父上は、街の西にある屋敷にいる」


 屋台の前を歩き過ぎながら、目も向けないでそう言った。

 

 マルテのパスタが食べたいなぁ、と、トニカは思った。

 聖夜の日に用意されていたのは大好きなミートソースパスタだったけど、さすがに食べれなかったし。


「トニカちゃん、のんきだね」


 後ろを歩いていたミキーがトニカの目線を追ったのか、斧を担ぎ直しながらおかしげに言った。


「う……ダメかな……」

「いや、お腹が空くのは食べれないよりよっぽど良いよ」


 たしかに、マルテは心配だけど。

 ギルド長は、絶対見つけて殴り倒す、って言ってたし。


 マルテは強いから。

 きっと今までみたいに魔物を倒して、今も生きてるはずだって、トニカは思っていた。


 魔王っていうのは、魔性の森の奥にいて。

 マルテは2年も冒険者をやめてたから、いきなり魔王のところに向かうような無茶はしない、って、ロザリンダさんも言ってた。


 マルテだって、ただ殺されるつもりじゃなくて、魔王を倒す気があるから出て行ったんだって。


 そのロザリンダさんは、トニカの横でクスクス笑っている。

 黒いローブに身を包んで、手に長いロッドを持っていた。


 歩き杖の代わりにみたいに使ってるけど、高価そうな宝玉が先端にはまっている。

 いいの? って言ったら、竜のツノで作った頑丈なものだから、って言ってた。


「ミキー」

「はい」


 笑みを消さないまま、ロザリンダさんが問いかけた。

 ピン、と背筋を伸ばして、ミキーが言う。


 ミキーは、どうしてもギルド長とロザリンダさんが怖いみたいで。

 話しかけられるたびに緊張してて、疲れないのかなぁって、トニカは思っていた。

 

 トニカたちは歩いているうちに、街の中央にある広場についた。

 アーテアの街にある、トニカが歌った広場と違って、土の地面をならしただけのところ。


 でも、アーテアの広場よりも大きくて、中央に高い時計台が立っていた。

 ロザリンダさんが、なにかを取り出しながらミキーに対して言葉を続ける。


「冒険者ギルドの場所は分かりますね? この印を持って、先に出していた依頼を承諾した人たちと一緒に、辺境伯のところへ来てください。あなたの顔見知りがいれば、一緒に連れて来ても構いません」

「先に出してた依頼って、なんすか?」


 ミキーがたずねると、腕利きの護衛の話です、とロザリンダが言った。

 納得した彼が印を受け取った直後。




 突然けたたましく、背後の門の近くにある高台の鐘が鳴った。




「敵襲ーーー!!」


 その後に、木霊のように広がった言葉に。

 ギルド長が即座に剣を引き抜き、ロザリンダさんが笑みを消して後ろを振り向いた。


 おどろいて固まるトニカと違って、ミキーもすぐに斧を体の前に構えて、彼女の前に立つ。

 ギルド長が周囲を見回すと、街中の人々は慣れた様子で広場から逃げ始めていた。


「敵襲だと?」

「周りの反応がいいですね。さすがに最前線です。皆たくましい」


 ギルド長はロザリンダとうなずきあい、ミキーに目を向けた。

 

「ミキー。我々もトニカを連れている。一度、冒険者ギルドに避難を……」


 言いかけたところで、ギルド長が頭上を振りあおいだ。


「ーーーロザリンダ!」

「炎よ!」


 ロザリンダは、ギルド長の声に重ねるように、ロッドを構えて呪文を唱えた。

 彼女の杖の先端で炎の玉が生まれたかと思うと、すぐにひと抱えもありそうな大きさになって撃ち出される。


 そこでようやく、トニカも上を見て。


 何か、青くきらめくものと茶色い複数のものが、大きな鳥の舞う空から落ちてくるのが見えた。


 青いものに一直線に向かった火球が。

 それの振るう爪によって引き裂かれて、爆発する、


 炎の余波を身にまとうように、無傷の青いものがギルド長の前に降り立ち。

 茶色い複数のものも、トニカたちの周りに着地した。


 時計台を背に、トニカたちを半円に囲うように。


「あ、青い人狼!? 前、ランブル・キティの時に襲ってきたやつだ!」


 人狼。

 ミキーが上げた声で、トニカはそれの正体を知った。


 周りの茶色いのも、マルテくらいの大きさで、青いのと同じような姿をしている。


 トニカは。

 青い人狼のあまりの大きさと威圧感に、動けなくなっていた。


 青い毛並みの人狼は。

 トニカが見上げると空がちょっと隠れるくらいに、大きくて。


 狼みたいな顔で大きく牙を剥いている口は、トニカなんか一飲みに出来そうだった。

 人狼は、トニカと目が合うと、笑みを浮かべるように目を細める。


「お前が、トニカ・ルッソか!」


 まるで、ドラが轟くような大声に、トニカは全身にぞわりと鳥肌が立つのを感じた。


 なんで、私の名前を、って。

 頭の中に直接叩き込まれたような恐怖に、トニカは震える。


 これが、本当の魔物。

 ランブル・キティみたいなのとは、全然違う。


 目の前にしただけで、動けなくなるような威圧感。


 冒険者は。

 いつも、こんな魔物を相手にしてるんだ、って、トニカは思って。


 ーーー冒険者なんて、危険な仕事を……。


 そう、ミキーが帰ってきたことを嬉しそうに言っていた支配人の言葉に、ようやく実感が湧く。


 こんなものを相手にする仕事なら。

 それは、誰だって、心配するだろうって。


「なぜ、トニカを知っている!」


 そんな魔物相手に。

 ギルド長は、ひるんでなかった。


 地面に低く這うような姿勢で青い人狼に突っ込んでいって、それの足に向かって剣を振るったけど。


 青い人狼の姿が剣が届くよりも前に、かき消えた。


「ーーーえ?」

「トニカちゃん!」


 振り向いたミキーに、いきなり振り払うように押されて。

 トニカは地面に転がった。


 土が踏み固められた地面は硬くて、叩きつけられた衝撃で息が詰まる。


 痛い。

 久しぶりの痛みと一緒に、耳に肉を叩く鈍い音が聴こえて、トニカは身をすくめたけど。


 その音は、トニカが殴られた音じゃ、なくて。


 じゃあ誰が、ってトニカは顔を上げる。

 青い人狼が、元々彼女のいた場所に立っていて、ミキーが後ろに吹き飛ばされていた。


 うつ伏せに倒れて。

 頭から、血を。


「ミキー……!?」

「風よ!」


 目の前の人狼に対する恐怖を、別の恐怖が上回った。


「ミキー!」


 動かない友人に向かって駆け出そうとしたトニカは、ロザリンダの声で発生した竜巻にあおられて姿勢を崩す。

 竜巻に巻き込まれる前に、トニカを狙った青い人狼が飛びのいて。


「なぜ、魔王がここにいる!?」


 ロザリンダの竜巻と反対側から回り込んでいたギルド長が剣を振るい、青い人狼は着地しながら爪で受けた。

 ギィン、と音が鳴り、2人が動きを止める。


 まおう?

 あの、青い人狼が?


 ギルド長の言葉に疑問を覚えながら、トニカはミキーに駆け寄った。


「ミキー!」


 頭から血を流して倒れるミキーを膝ヒザに抱き上げると、目は覚めなかったけど、息はしてる。

 トニカはあわててハンカチを取り出して、ミキーの頭の傷をぐっと押さえた。


 頭の血はなかなか止まらないことを、トニカは知っている。

 コブになっているから、多分地面で打ったんだと思う。


 近くに転がる斧が変な形にひしゃげていて。

 その斧が、人狼の爪を受けたんだって分かった。


 トニカが目を上げると、ロザリンダが彼女たちとギルド長たちをさえぎるような場所にいて。

 戦っているらしいギルド長と、青い人狼の会話が聞こえる。


「街を襲わない約束をしていたと聞いたが、反故にしたか!? ウェアウルフ!」

「答えてやる必要があるのかァ!? しかし、お前もなかなか(たぎ)るなァ!」


 その戦闘は、そんなに長くは続かなくて。


「グゥ!」


 ギルド長が吹き飛ばされて、時計台の根元に叩きつけられた。


「ギルド長!」

「カステル……! 風よ!」


 ギルド長に、ウェアウルフは追撃をしかけようとして。

 ふたたび竜巻を巻き起こしたロザリンダに邪魔をされて、標的を変える。


「次はお前かァ!?」

「杖よ、我が意に応えよ!」


 ロザリンダが、迫り来るウェアウルフに対して。

 翼が生えたトカゲのような幻影を浮かび上がらせて、盾にする。


「芸が達者だなァ! だが、甘いぜ!」


 ウェアウルフがその幻影に触れる前に高く跳ねて、ロザリンダが声を上げた。


「しまっ……!」


 そのままウェアウルフは。

 ロザリンダを無視して、トニカの前に降り立った。


「あ……」


 ミキーをヒザにかかえて動けないトニカの体を、巨大なウェアウルフの手が無理やり掴み上げる。


「いや……!」


 トニカは、ウェアウルフに掲げられて。

 凍りついたように動けなくなったギルド長とロザリンダを見る。


 それにトニカのヒザから転がり落ちたミキーは、やっぱり動かなくて。


「もっと滾る戦いが、後に残ってるんでなァ? 貴様らとの遊びは、おしまいだ!」


 ウェアウルフが、トニカの近くに顔を寄せ。

 おぞましい、ざらりとした感触がトニカの頬を舐め上げた。


「う……」


 生臭い臭気に、その感触のおぞましさに、ぐらりと頭が回り。

 トニカは、ガタガタと震え始める。


 ーーー殺サレル。


 そんな単純な言葉が、頭の中を埋め尽くしていた。


「……トニカを離せ」


 ギルド長が剣を握りしめるのに、ウェアウルフはあざわらうように告げる。


「そりゃ無理だ。お楽しみはこれからだよ……貴様らを殺して、この女を犯すんだ! たまらねェだろ?」

「ゲスが……」

「いくらでも吠えるがいいさ。手は出せねェだろ?」


 これ見よがしに、さらに高く、ウェアウルフがトニカを持ち上げ。


「まずは、貴様からだ」


 ウェアウルフが、トニカをそのままにギルド長に向けて爪を構えた。

 光を照り返す凶悪な爪に、トニカは息を呑む。


 やだ。

 ダメだよ。


 ギルド長が、殺される。


 恐怖にマヒする頭で。

 声も出せないまま。


 自分には、目を見開いてそれを見ているしかできない。


 私のせいで。

 ギルド長が……。


 そんな風に絶望を感じた彼女の体を支える、ウェアウルフの指の力が。




 ーーードン、という鈍い音と共に、ゆるんだ。




「!?」


 自分が下に落っこちる感覚に、思わず目を閉じて体を縮めたトニカは。

 誰かに、ふわりと優しく受け止められた。


 おそるおそる、目を開けると。

 見上げた先にあった顔は、トニカの、よく知ってる人で。


 無精髭で、ボサボサ髪の。

 まるで出会ったころの浮浪者みたいな格好で。


 燃え上がるような目をして、ウェアウルフを睨みつけているのは。

 

 


「マル……テ?」




 そこにいたのは。

 間違いなく、彼女が探しにきた彼だった。


「ガァアアアアアアァアアアッッッ!」


 血を流す太い右腕を抱えて苦悶の声を上げるウェアウルフから、問いかけを聞いてこちらに目を移したマルテは。


「無事か? ーーーそして、すまなかった」


 そう、トニカに対して口にした。

 


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