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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
最終話『歌姫に、望むまま全てを』
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閑話:邪悪なたくらみ


 マルテがアーテアの街から姿を消して、一週間が経ったころ。


 彼は、魔性の森にいた。

 開拓者の街では足を止めず、必要な物品だけを購入してすぐに出て。


 森の中で3日を過ごした。

 身なりをそれなりに整える必要もなくなったので、最初の浮浪者のような伸び放題のヒゲに、ボサボサの髪のまま。


 陽が落ちる前に野宿の準備を終え、携帯食を口にして、マルテは木の根元に腰を下ろした。

 目の前で弾ける焚き火を見ながら剣をすぐに抜けるように抱えて、毛皮のマントにくるまって一晩を過ごす。


「体の調子がいいな。なぜだ?」


 マルテがポツリと声をかけたのは、そばに立つ、街を出てから姿を消すことのなくなったラストだった。

 相変わらず街中の貴族のようなコート姿に、汚れひとつない革靴。


「さぁな。生活が性に合ってるからじゃないのか?」


 ラスト、こんな森の中でもいつもと変わらない。

 マルテはアーテアの街を出てから、なぜか不調に悩まされることがなくなった。


 むしろ、森に来てからは感覚が研ぎ澄まされている。

 森の魔物は強いが、複数を相手にする時以外はラストの手を借りる必要すらなかった。


「……一度、街に戻る」


 ラストの存在が一番ありがたいのは、話す相手がいることだった。

 瘴気に満ちた魔性の森を歩くのはただでさえ苦痛だが、少なくとも気を紛らわせることが出来る。


 マルテはブランクを取り戻すために、しばらく魔性の森で鍛えるつもりだった。

 しかし今の状態が続くなら問題はない。


 ラストが自分の目的のために、マルテの精気を吸う量を調整しているのだろう、とマルテは考えていた。


 魔王を殺すのが早ければ早いほど、ラストにとっては都合がいい。

 それならそれで、本格的に森の奥を目指すための装備を整える必要があった。


「お好きにどうぞ。いつも通り、俺はついていくだけだからな」


 マルテはラストの言葉にうなずいて、それきり会話もなくなる。


 そして陽が落ち、焚き火が消える頃に。

 マルテは浅い眠りに落ちた。


※※※


「さて……」


 森で、マルテが眠ったのを感じたラストは、自らの気配を消した。

 この周囲には、ラストの魔力による印を残している。


 普通の魔物は近づかないだろう。

 ラストは自身の超越した感覚を、大きく周囲に伸ばした。


 トニカたちはアーテアを出て、開拓者の街へ向かっている。

 魔王ウェアウルフは、森の奥にある自身の巣……要塞のような建物の中に、その存在を感じた。


 静かにマルテのそばを離れたラストは、転移の魔法を使い。

 いきなり、ウェアウルフの前に出現した。


「誰だ!」


 人狼であるウェアウルフが上半身裸の人間態のまま、ラストに気づいて歯を剥く。

 野卑な外見で、思ったよりだいぶまともな人間の顔をしていた。


 マルテとさほど変わらない体格の男に対して、ラストは蕩けるような笑みを浮かべる。


「俺だよ、ウェアウルフ……約束の時が来たと、伝えようと思ってね」

「イレイザーか! だが、一人か?」


 不審そうなウェアウルフに。

 ラストはコートのポケットから両手を出して、大きく横に広げながら……笑みに邪悪さをにじませた。


「そう、一人だ。やり合うのは今、この場じゃない。俺は君に、開拓者の街に向かってもらおうと思ってね」

「なんだと?」


 ラストは警戒を解かないウェアウルフに、その場にとどまったまま説明した。


「勇者が大切に思う存在が開拓者の街に向かっている。お互いに3日後、2人は街に着く予定なんだ」

「それがどうした?」


 ラストは邪悪に笑ったまま、右手を前に出して小指を立てた。


「来るのは女。それも美人だ。歌声も良い。人前で、お前の手で鳴かせてみないか? さぞかし面白いことになると思うんだがな」


 ラストの提案に、ウェアウルフも、大きく欲望のにじんだ笑みを浮かべた。

 だが、目の奥にはまだ信用していない色がある。


(たぎ)るな。が、お前は勇者の仲間だろう? なぜわざわざそんな提案をする?」

「俺は約束を破る奴が嫌いでね」


 ラストは、軽く目を細めた。

 彼はずっと、自分の望みを叶えるために動いている。


 マルテに腕輪から解放された瞬間から、ずっと。


「勇者はひとつ、約束をした。俺はそれを破らせない。すると、奴は荒れ狂うだろう。荒れ狂い、お前に恨みを抱く。……より、強くなるのさ」


 ウェアウルフが、グルル、と喉を鳴らした。


「悪くない。悪くないな。美人を犯して、それからお前らとやりあえる訳だ」

「そういうことだ。俺はお前を殺したいが、マルテにそういう積極的な理由はなくてね。今のままじゃ面白くない。だから、少し趣向をこらすのさ」


 まるで、劇場で演劇を披露するように、ラストは大仰な仕草を崩さずに、楽しげに口もとに手のひらを当てる。


「荒れ狂う勇者と魔王の闘争。さぞかし見応えのあるショーになるだろう。……そんな愛しい景色を、俺に見せてくれないか?」


 ウェアウルフは、歓喜に満ちた笑みのまま。

 ざわりと全身から魔力を放ち、姿を変える。


 マルテの倍ほども身の丈のある、青い毛並みの人狼へと。


「滾るな! 滾るぞ、大悪魔イレイザー! カハッ! 人を愛する魔王などと、やはり伝承は幻想か!」

「愛しているさ。……トニカ以外には手を出すな。向かって来る兵士や冒険者くらいは殺してもいいが。これを破れば、勇者をお前の元へは行かせない」

「いいだろう! その提案に乗ろう!」


 二人の邪悪な存在が嗤う。

 そして、歓喜に震えるウェアウルフの咆哮が、遠く、空気を凍りつかせるように夜に轟いた。

 

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