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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
最終話『歌姫に、望むまま全てを』
34/44

③ロザリンダ


「ロザリンダ!」


 ロザリンダの名前を呼ぶギルド長の声が、それまでよりもするどい色を含んだ。

 でも、彼女は揺らがなかった。


 姿勢も変えずに微笑んだまま、ギルド長に言い返す。


「今の発言は副ギルド長として、ではありません。私は、大切なトニカとバカな息子のために言っているのです。問題ありませんね?」

「問題あるに決まって……」

「あ・り・ま・せ・ん・ね?」


 一語一語くぎりながら、口調だけはやわらかいロザリンダから息を呑むような迫力が放たれて。

 ギルド長は口をとじた。


 彼の無表情がくずれて、苦い顔をしている。

 そんな二人を見比べて、アデリーナが疑問を口にした。


「連れて行く、というのは?」

「そのままの意味ですよ。私たちは、そもそも開拓者の街へ向かうつもりだったのです。マルテを追って」


 トニカは、ロザリンダの言葉におどろいた。

 なんでギルド長たちが?


「元々、辺境伯からの要請があったのですけれど、昨日、カステルがようやく自分の代理として立つ男性をアーテアのギルドに入れることを許可したので」


 頬に手を当てて、苦い顔をしたままのギルド長に目を向けたロザリンダの言い出したことに、トニカたち三人は顔を見合わせた。


「代理は、私が戻ってきたら追い出すぞ」

「それはお好きにどうぞ」


 ロザリンダは、いまいましげなギルド長を放っておいて、話を続けた。

 両手を体の前にそろえ、表情を引きしめる。


「開拓者の街の魔物の脅威は、本当に増しています。なので、万一のために、とアデリーナ様のお父上はカステルの戦力を欲しました。応援期間は、一月。魔物の状況を見て、居続けか戻るかを決めるという条件で」


 それでも、街を空けることを渋るカステルを、と。

 ロザリンダは、意味ありげにトニカに視線を向けた。


「後押ししたのが、昨日の出来事です。あの子はね、トニカ。あなただけではなく、ちゃんと私たちにも手紙をよこしたのですよ」

 

 あの子、っていうのは、マルテのことだろう。

 目を丸くするトニカに、ロザリンダが悲しげに目を伏せる。


「……自分の目的を果たして、死ぬつもりだ、と。本当にバカな子です」


 トニカは気づいた。

 ギルド長の机の上が、片付いていた理由は。


 開拓者の街へ、行くためなんだって。


「……あの子がモンテのことで気に病む理由も、誰にも頼らずに何かを抱えこむ理由も、少しもないのに。あの子は、私の言葉は素直に聞けないみたいで」


 彼女が悲しげな声音に乗せる、モンテ、という名前は。

 多分、ギルド長たちの息子さんのことだろうって、トニカは思った。


 マルテは。


「……マルテの父親のせいで、ギルド長たちの息子さんが死んだって、言ってました」


 ロザリンダは、話していいのか迷うような顔をして、ギルド長を見る。

 ギルド長はあきらめたようにため息を吐いて、目を閉じた。


「それは事実だが、マルテにはなんの関係もない話だ。どこまでも自意識過剰なバカが」

「あなた」

「気持ちは分からんでもない。分からんでもないさ」


 ぐしゃっと髪を掴んで乱したギルド長の雰囲気が、一変した。

 机に置いた指をほどくと、渋い外見や無表情の皮を脱ぎ捨てて、粗野な印象とともに背もたれに体をあずけて、イライラと机を叩く。


「愛する者を危険から遠ざけたい気持ちはな。俺が王都やここで好きでもない宮仕えやらギルド長なんてやってるのもそれが理由だしな! だから、気に食わないがあのバカの選択を認めた。俺と同じだったからな!」


 だんだん、ギルド長の語気が強くなり、ロザリンダは彼に笑みを浮かべて指摘する。


「素が出てますよ、あなた」

「なんか悪いかよ、ロザリンダ。どいつもこいつも好き勝手なことばっか言いやがって! 我慢してる俺がバカみたいだろうが!」


 バン、と机を叩く音とともにギルド長が立ち上がり。

 トニカは、ミキーと一緒に身をすくめた。


 怒るギルド長なんて、初めて見た。


「……どういう意味?」


 こちらも素が出たアデリーナが普通の口調で問いかけると、ロザリンダはにっこりとほほえんだ。


「私は昔、カステルのパーティにいました」


 優秀で、魔法の腕もあったロザリンダは、当時強いけど厄介者だったカステルのお目付け役を、貴族院から賜っていた、と。


「共に過ごすうちに彼に惹かれた私は、カステルと恋仲になりモンテを身ごもりました。その時にカステルは、冒険者をやめてギルドでサポートするほうに回ってくれたのです」

「じゃなきゃ今でも、俺は根無し草だ。……なんせ楽だしな」


 誰が好き好んで貴族と冒険者の折衝(せっしょう)なんか、と吐き捨てるギルド長は、照れ隠しをしているようにしか見えなかった。


「ギルド長、強かったんですよね?」


 トニカの問いかけに、ロザリンダはちょっと誇らしそうに、大きくうなずく。


「ええ、私のカステルは、今でもとても強いですよ。だから息子が死んだ時、私はとても心配しました。カステルが本気になったら、その後どうなるかはともかく、マルテの父親は確実に殺されていたでしょう」


 ギルド長は少し冷静になったのか、一度咳ばらいをしてからぼそっと言う。


「……そんなことはせん」


 アデリーナが、ギルド長とロザリンダを見比べて、むずかしそうな顔でたずねる。


「息子さんのために冒険者をやめたのに、その息子さんを殺されて復讐を望まなかった、ということですか?」

「ええ。カステルを私一人で止めるのは無理ですし、もし仮にそうなったら、別に追われても良かったとは思っていましたが。カステルの歯止めになったのがね、マルテなのですよ」


 マルテが。

 ちらっとしか聞いたことのない、マルテとギルド長たちの関係。


 でも、マルテが二人を慕っているのは、トニカにも分かっていた。

 ギルド長は、ネクタイをゆるめながら机を回りこむ。


「復讐になんの意味がある。もし私があの愚物を殺したら、多分マルテは、指名手配されても私についてきただろう。生きているロザリンダやあいつを危険にさらしてまで、自己満足に生きればよかったか?」

「そんな風に考えられるようになるなんて、成長した、とあの時は思いました」

「まぜかえすな」


 ギルド長はロザリンダをにらみ、彼女は涼しげな顔でそれを受け流す。

 全員が自分の言葉に注目しているのを感じたのか、ギルド長は言葉を続けた。


「……血はつながってなくとも、あのバカも私の息子だ。それを、私がこの街に左遷されたとたんに出奔なんかしおって。会いに来るまでどれだけ探したと思う」

「ギルド長……」


 彼の言葉に、マルテへの愛情がにじんでいて。

 理由を聞いて、ギルド長はマルテを見捨てようとしてるわけじゃないって、分かって。


 トニカはうれしくなって、ギルド長に抱きついた。


「トニカ嬢……!?」

「よかった。ギルド長が、冷たい人じゃなくて……」


 マルテとはちがう、香水がふわりとかおるギルド長の服に、トニカは顔を押しつける。


「……できれば、君にはこの街にいてほしいんだが。危ないんだぞ」


 そう言ってトニカの頭をなでる手は、マルテのものよりも骨ばっていたけど。

 人差し指の硬い感触はマルテと同じで。


 きっとその手は、剣をにぎる人の手なんだってトニカは思った。

 トニカは、ギルド長の気持ちの感謝しつつも、首を横に振る。


「もう、待ってるだけなのは、いやです」


 だって、トニカが、マルテが自分の気持ちを分かってくれるのを待ってただけだったから。

 マルテは、いなくなってしまった。


「アデリーナ様。カステルは、トニカを心配していただけです。何も言わず、残される女の気持ちをあまり考えないのは、マルテと同じですけど」

「似た者どうしってことなのね、結局」


 ロザリンダとアデリーナの言葉に、ギルド長はさらに苦い口調になる。


「余計なお世話だ」


 すねたようなギルド長に、ロザリンダがいつもより悲しげな声音で言う。


「問題は、危険から遠ざかる対象にあの子が自分自身を含めないことです。この間現れた人狼との約束以外に何かあるのでしょう? 気になっていましたが、あなたは何か知っていますね?」

「……ああ」

「その、マルテの事情を教えてくださいな。大体、私にまでこの街で待て、だなんて……トニカたちが来なければそろそろ怒ろうかと思っていたところです」


 トニカを自分から離したギルド長は、もう隠す気がないみたいで。

 こちらを見て、あっさりと告げた。




「マルテは、勇者の再来だ。奴は王族の血を引いている」




「「「ーーー!?」」」


 あまりにも予想外の言葉に。

 トニカたち劇場組の3人は、息を呑んだ。

 

 王族?

 マルテが?


「……マルテ・ベルトラーニなんて名前、聞いたことがありませんけれど」

「アデリーナ様、偽名に決まっているでしょう。さすがに本名で冒険者をしていたら、すぐに行方はつかめます。もっとも、後になって誰かが捜索の邪魔をしていた形跡も見られましたがね」


 うめくアデリーナに、ギルド長は肩をすくめた。


「本名は言えません。……傍系の次男とはいえ、血統を継ぐ者ではありますから、少し大きな騒動になりました。なので辺境伯は知っておりますが、出来ればたずねて欲しくはないですね。新たな問題の火種になります」

「トニカと一緒に暮らせなくなるかも、ってことね。良いわ、聞かない」

 

 貴族であるアデリーナは思うところがあるのか、すぐに納得した。

 そんなやり取りの間にも、トニカは、まだ事情が呑み込めない。


 剣も。知識も。チェロの腕も。

 料理も。彫刻の精密さも。


 普通の人では相手にならないような、マルテ。

 なんでも出来て。何にも言わない。


 たしかにマルテは、すごい人だけど。

 でも、勇者?


 マルテはそんな英雄みたいな印象からはかけ離れた、物静かな人なのに。


「奴には、ラストという相棒がいる。会ったことがあるのは?」


 アデリーナとミキーは首を横に振り、トニカはうなずく。


「悪魔だって、本人は言ってました」

「そう、赤い目の悪魔。おそらく言っていることは本当だろうな。たずねてきた時、警戒する私にちらっと見せた底知れない魔力は、ロザリンダすら凌駕していた」

「赤い目……って、あの人狼が出た時にいたやつ?」


 ミキーのすっとんきょうな声に、ギルド長があきれたような目を向けた。


「それは知らん。私はその場にいなかったしな。だが、奴はマルテがいない時に俺のもとへ現れた。マルテが勇者として、魔王ウェアウルフと対峙する運命にあるとな」

「魔王と……」


 そうだ。

 マルテが勇者なら。


 勇者っていうのは、魔王を退治する人のことで。


「だから……出て行ったの?」


 あんな具合の悪そうな体で。


 だったら、魔性の森に向かうのは。

 ただ危険なだけじゃなくて。


 一番、危険な魔物を倒しに行くってことなの?

 マルテは強いのに、死ぬ心配をしなきゃいけないくらい?


 いきなり、それまでより大きな不安に押しつぶされそうになったトニカは、スカートを握って視界がぐらっとしたのをこらえた。

 トニカの様子に気づいたのか、アデリーナがそっと背中を支えてくれる。


 ギルド長は、そんなトニカに難しい顔を向けた。


「そうなるだろうと思ったから、伝えたくなかったんだ。……自分が死ぬかもしれんと、マルテは当然、考えているだろう。トニカ嬢、君と共に在りながら自分が死ねば、君が余計に傷つくと」


 ギルド長が、乱れた前髪をかき上げた。


「死ななければいいと、俺なら考えるが……奴は、トニカ嬢を少しでも傷つけることを、極端に恐れている」

「いや、話に聞く限り散々傷つけてるけど?」


 アデリーナの遠慮のない言葉に、ロザリンダが苦笑した。


「本人にそんなつもりはないでしょうね。自分の評価が不当に低いんですよ、あの子は。……トニカに対しては少し違うみたいですから、もしかしたらわざとなのかもしれませんが」


 あきらめさせようと努力したのかも、と、ロザリンダは遠い目で言った。


「余計にたちが悪いじゃない」

「返す言葉もありませんね。そういうところ、子どものまま。昔から聡い子でしたけど、様々なことを思い通りに出来てしまうから、本当の意味では他人の気持ちを理解していないのです」

「愚物のせいだろう。奴は人の気持ちを考えないからな。母親も大して変わらん」

「マルテのほうが口が重いことを除けば、昔のあなたもです。……私たちが、教えてあげられれば良かったんですけどね」


 ギルド長がロザリンダを見て、口もとに楽しげに笑みを浮かべる。


「では、今の私に似るようにこれから性根を叩き直すか? どっちにしろ連れ戻すことになりそうだしな。もっとも、トニカ嬢にその気があれば、だが」

「良い提案です。どうです? トニカ」


 同じく楽しそうに言ったロザリンダに、目を向けられて。

 トニカは、すぐにうなずいた。


「私は、マルテに会いたいです」


 このままお別れなんて、イヤだから。

 トニカは、もう我慢しないって決めた。


 マルテが勝手に、一人で魔王のところ行くことを決めたんだったら。

 私だって、勝手にマルテに会いに行くって決めたんだから。


 危なくたって、マルテが嫌がったって。

 絶対に、見つけ出してやるんだから!


「なら、開拓者の街へ向かおう。……ですがアデリーナ様。あなただけはダメです」

「なんでよ!」

「当たり前でしょう。本当に自分の立場をわきまえてください。無断で連れ出してバレたらどうなると思っているんです」


 アデリーナは、うぐ、と喉を詰まらせて。

 しばらく葛藤していたが、ぐるっと体ごと振り向いてミキーを見た。


「なら、ミキー! あなたがついていって! トニカを守って、マルテを見つけたら私の代わりにぶん殴るのよ?」

「俺に出来るわけねーじゃん! 相手、マルテさんだぞ!?」

「相手が誰とか関係あるの!?」

「大アリだ! ……でも、まぁついてはいくよ。最初からそのつもりだったし」

「任せたわよ! せめてトニカはちゃんと守るのよ!」


 本当にくやしそうなアデリーナに、ミキーは自信なさげにこめかみを掻いた。


「……いやでも、俺だよ?」

「なんでそこでヘタれるのよ! 任せとけってくらい言えないの!? あなたは私が好きになるほどの男なんだから、もうちょっと自信持ちなさいよ!」

「あれ。外見に一目惚れだって言ってなかったっけ」

「細かいことはいいの!」


 ミキーは、ギルド長、ロザリンダ、トニカ、そしてアデリーナを順番に見回して、肩をすぼめた。


「俺、この中だと凡人も凡人だよ? いやあの、頑張るけどさ」

「私は、ミキーがそばにいてくれるだけで安心するよ」

「そ、そう?」


 トニカが言うと、ちょっとだけミキーがうれしそうにしてくれた。

 アデリーナがわざとらしくトニカに耳打ちして、ミキーに聞こえるように言う。


「トニカ。見てよあのニヤケ顔。こんな風に、ミキーがトニカに未練タラタラじゃ困るの。だから連れ戻して、マルテに説教して、ちゃーんとトニカとくっついてもらわないとね!」

「いや、未練とかないって!」

「ウソ!」

「ウソじゃねーから!?」


 トニカは、気づいていた。

 アデリーナはトニカをはげまして、少しでも不安を吹き飛ばそうとして、あえて軽いこと言ってるんだって。


 だから、トニカは笑ってお礼を言った。


「ありがとう、二人とも」

「どういたしまして」

「お礼を言われるようなやり取りじゃなかったよーな……」


 気づいてないミキーが首をかしげる。

 トニカたちのやり取りが落ち着くのを待って、ギルド長が口をはさんだ。


「向こうに着いたらミキー以外にも腕利きを数人、護衛につけよう。街に入ったら、私はそばにいられないことも多いしな。ミキーのツテも使って、開拓者の街でマルテを探すんだ」

「はい!」


 トニカが元気に返事をすると、ギルド長がため息を吐いて、まだ言い募る。


「……個人的には、自分の手で、愛する者を守る気概もない、腑抜けなど忘れてしまえばいいだろうにと思うんだが」

「まだ言いますか」


 ロザリンダがそろそろ呆れた口調になっているけど、ギルド長は大きく首を縦に振る。


「何度だって言うとも。あのバカは迷惑だ!」

「それは私も同感ね」


 アデリーナとギルド長がうなずきあい。

 ロザリンダは軽く口を曲げてから、ギルド長に言った。


「あなた。私があなたを愛しているのと同じです。なんでこの人が好きなのか、なんて、理屈ではないのですよ」

「知ってるさ」


 トニカは。

 ギルド長とロザリンダさんも、たくさん間違えてきたのかな、と、ふと思った。


 トニカは、いっぱい間違ってきて。

 マルテだって、きっと間違えるんだって気づく。


 でも間違いに気づいたら。

 計算問題をやり直すみたいに。


 ちゃんと、やり直せるんだと、二人を見ていると、そう思える。


 ーーー私が、ちゃんと、自分に気持ちをマルテに伝えれば。


 マルテも間違いに気づいてくれるかもしれない、って。

 トニカは、信じることにした。

 

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