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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
最終話『歌姫に、望むまま全てを』
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②ギルド長


「教えてください、ギルド長」


 ギルドをたずねたトニカは、案内されたギルド長の部屋で頭を下げた。

 でも、めずらしく書類が山づみになっていない机の上で指を組んだギルド長は、静かに言う。


「冒険者の行動を教えるのは、守秘義務違反だ」


 ギルド長は公私混同はほとんどしない、って。

 後ろのドアの近くに立つロザリンダは言っていた。


 その通りの言葉に、でもトニカはあきらめなかった。


「どうすれば、教えてもらえますか?」

「どうしたって教えることはできない。そもそもマルテはここには来ていない。奴がどこへ向かったかなど、分からん」


 まったくスキのないギルド長に、アデリーナが腕を組んでアゴを上げる。

 その美貌で目を細めると、彼女はすごく冷たい印象だった。


 普段の感情豊かな顔ではない。


「ギルド長がマルテのことをよく知っておられるのなら、予測は可能でしょう?」

「アデリーナ様……それを聞いて、どうされるのです?」


 感情を高ぶらせていた劇場でのふるまいと違って、アデリーナは堂々としていた。

 彼女の祖父は、辺境伯……外の危険から国を守っている権力者だと聞いている。


 アデリーナは本来、劇場で出会っていなければ、トニカみたいな人間とは絶対に縁のない人なのだ。


 そんなアデリーナは、表情を変えないままギルド長にするどく言葉を投げた。


「もちろん、探しに行くのです。必要なら冒険者ギルドに、探索として依頼を出します。対価を払うという意味ですよ。それならば、話せるでしょう? マルテが開拓者の街にいるのなら、父の協力も得られますし」


 辺境伯は、アーテアの街をふくむ一帯を統治している、らしくて。


 現在は辺境伯の息子であるアデリーナの父親が、開拓者の街にいるらしい兵士や。

 他にも、冒険者を使って魔性の森を切り開き、自分たちの土地に変えているんだって、彼女は前に言っていた。


 だからアデリーナは父に従ってこの街に来て、自分の才能を生かして劇場でチェンバロを弾いているらしい。

 そんな色々を、トニカは彼女自身とミキーから聞いている。


 ギルド長もそれを知っているのか、少し言葉を選んでいるようだった。


「不正確な情報に、金を出すと? 貴女にそれを行うに足る理由があるとは思えませんね」

「トニカは友人です。十分な理由でしょう?」

「行方不明者を探す業務は、本来役所からの依頼で行うものです」


 ギルド長は、アデリーナに負けないくらいするどい目をしていた。

 トニカとマルテを出迎えてくれた時や、彼女がギルドで働いていた時とは別人に思える。


「依頼を受けた後は、街中にいないとなればギルド側で外に探し人の依頼を出しますが。自身によらない権力を盾に横やりを入れて、ムリにこちらを動かそうとするのは感心しませんね」

「じゃあ、私が依頼を出します!」


 トニカは、ギルド長に対して手をあげた。


「お金なら、あります! 私がお金を出すなら、依頼を受け付けられるはずです!」


 ギルドで受ける人探しには、特定の条件を満たせば役所を通さなくていいものがある。


 それは、行方不明の人が確実に街にいない場合に。

 依頼人が、行方不明の人と生活をともにしていること。


 トニカは、その条件を満たしているはずだ。

 なのに、ギルド長は納得してくれなかった。


「足りないな。まずはマルテが行方不明であるという証拠を出しなさい。証拠がない場合は一月以上待つ必要がある。まだマルテが消えて1日しか経っていないんだろう? それに、生活をともにしているという条件は、既婚である、あるいは家族であるという意味だ。どちらも、君とマルテには当てはまらないよ」

「そんな……」


 証拠は、置き手紙を出せば大丈夫だと思うけど。

 トニカは、マルテと結婚なんかしてない。


「あなた自身に、情はないのですか? カステル冒険者ギルド長。あなたはトニカとも、そしてマルテとも親しいと聞きおよんでいます」

「アデリーナ様。成人した男が自らの意思で出ていっただけのことです。仕事に私情をはさむ理由がどこにもない」

「トニカに関しては?」

「諦めればいい。マルテ自身もそう望んでいるでしょう」


 そんなやり取りに対して、ミキーは黙っていた。

 今は劇場を手伝っているとはいえ、冒険者であるミキーはギルド長やロザリンダの強さを知っているからか、強気なアデリーナにむしろ青ざめている。


 トニカがどうしていいか分からないのと同じで、ミキーも交渉ごとは苦手なんだろうと思う。

 だからあんな格好をしているって、前に言ってたし。


 でも、アデリーナは引かなかった。


「本当にそんなことを信じておられるのですか?」

「人には責任があります。一度口にしたことを曲げる相手を、あなたなら信用いたしますか?」

「つまりマルテが、直接ギルド長にそう言った、と?」

「ええ。トニカが独り立ちしたら消えるとね。二度と近づくなとい言った私に、最初からそのつもりだと」


 アデリーナは、片手を頬に当てた。

 片目を大きくひらき、探るようにギルド長を見る。


 対するギルド長の表情は変わらなかった。


「ただの強がりを本気に取る。その程度の方が、我が伯爵家とともにこの街の守りを担う方とは思いたくありませんけれど」

「見栄や意地は、張り通すことに意味があるとは思いませんか? マルテの意地をへし折るだけの理由が、私にはありません。それに、自身で守る気概もないような男に、トニカ嬢はあずけられない」

「教育者として、間違いを正すことも時には必要かと思いますけれど」

「そう。ですがそれも、守るためにどうすればいいかをマルテが私に対して口にしていれば、です」

「たやすく人に助けを求める男こそ、頼りない男と思いますわね」

「自身の手に余る物事を抱え込もうとすることを、無謀、あるいは傲慢と言います。その判断もつかないような男こそ頼りにならないかと」


 二人の言い合いは、口を挟む余地もなくて。

 どっちの言い分が正しいのかも、トニカには分からなかった。


 それになぜ、あれだけ文句を言った相手をアデリーナがかばうような言い方をしているのかも、トニカにはよく分からない。


「己に出来るかぎりのことをし、最善の選択をしたとも取れます。しかし私たちは、マルテの事情を知らない。あなたはご存じのようですが?」

「マルテが最善の選択をしたとお思いならば、なぜあなたはこの場に立っておられるのです」

「物事の判断は、一面のみにおいてするべきではないから、ですよ。トニカは納得していない。そして私も。理由はそれで十分かと思いますけれど」

「どちらにせよ、お教えすることは出来ない。最初にお伝えしたはずです。守秘義務があるとね」


 ついに、アデリーナも黙った。

 ギルド長の言葉は、本当にスキがない。


 トニカくらいじゃ、どうしたらいいのかも分からないけど。

 マルテをあきらめるのは、いやだった。


「アデリーナ。もういいよ。ありがとう」


 だから、トニカは言った。


「トニカ?」


 おどろいたようにトニカを見るアデリーナに、思ったことを言う。


「マルテは、きっと開拓者の街に行ったんだと思う。だから、追いかけるよ。ギルド長が協力できないって言う理由も分かるし……教えてもらえなくたって、マルテを探せないわけじゃ、ないもん」


 時間がかかるかもしれないけど。

 ここで、時間を使うよりも、早く行ったほうが会える可能性がある。


「き、聞き込みも、向こうの街でできるよ」


 ミキーがゴクリとのどを鳴らしてから、ちらりとギルド長を見て言った。


「俺、顔見知りもいるし。そいつらに協力してもらえば、俺たちだけでも、やれないことないじゃん」

「ミキー……」


 ギルド長を怖がってるのに、そう言ってくれたミキーを見ると、彼はこわばった笑みを浮かべた。


「だ、大丈夫だよ、きっと」

「いいや、それは許容できないな」


 そんなやりとりを見ても、ギルド長の表情は変わらなかった。


「私はマルテを探すのには協力できないが、トニカ嬢の身の安全は頼まれている。ここ最近、開拓者の街では魔物の襲来頻度が高くなっていると聞いている。危険地帯に、伯爵令嬢と護衛対象が向かうのは許可できない」

「あなたの許可は、必要ありませんわ」

「辺境伯に報告させていただく。お父上にも。二人とも、私を支持するでしょう」


 アデリーナが、忌々しそうに顔をゆがめた。


「どこまでもトニカの邪魔をなさるのですか?」

「そんなつもりはありません。が、トニカ嬢がマルテをあきらめれば、それで済む話です」

「いやです」


 トニカも、ギルド長の整った顔をにらんだ。

 

 マルテに、会いたい。

 結果的にダメだったとしても。


 一度話して、理由くらいは聞きたいと、今のトニカは思っている。


 ーーーもう、何も知らないまま捨てられて、泣くのは、いや。


「あなたも本当に意固地ですこと。連れて行ってあげればいいでしょう?」


 でも。

 そこではじめて口を開いたロザリンダの言葉で、状況が変わった。


 ロザリンダは静かに前に出て、彼女を見たトニカにやわらかく微笑む。


「別にお金はいりませんよ。トニカ。マルテが向かったのは、おそらく開拓者の街でしょう。あなたの推測に、間違いはありません」

 

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