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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
最終話『歌姫に、望むまま全てを』
32/44

①アデリーナとミキー


 その日の音合わせは、結局トニカとアデリーナ抜きで行われた。


 以前、審査に使った練習部屋のチェンバロの椅子に腰かけたトニカは、アデリーナとミキーに事情を話し終えて、鼻をすする。


 話を聞いて、アデリーナは怒り、ミキーは何か考え込んでいた。


「本当に男ってバカね! いえ、マルテが特大のバカなのかしら!? ロマンチストにも程があるわ!」


 顔を真っ赤に染めて、ギリギリと歯ぎしりをしながら肩を震わせるアデリーナは。

 それでも怒りが収まらないのか、絨毯を足で踏みにじった。


「レンリの木彫りですって? そんなものに手をかけている暇があるなら、少しはものを喋りなさいってのよ! 言わなくても伝わるなんてこと、あるわけないでしょうが!」


 ミキーを押して押して押して落としたアデリーナの言葉には説得力がある。

 でもマルテをボロカスに言われて、トニカは反応に困ってしまった。


「……レンリの木彫り、って、ただのプレゼントじゃ、ないの?」


 話を逸らすように言ったトニカの疑問に、アデリーナは髪をかき上げて、怒りのかけらを息とともに吐き出しながらうなずいた。


「レンリの花の、花言葉はね。『ひと時の思い出』っていうの。……春に咲くこの花は、出会いと別れの花なのよ」


 だから広場の花壇に植えられるのだと、アデリーナは言った。

 春先の広場は、人の行き交う場所だから。


「別れ……」


 また涙を浮かべるトニカの頬を、アデリーナが両手で挟んだ。

 爪が食い込んで痛いけど、アデリーナの迫力に何も言えない。


「もう! また泣く! 泣いてても仕方がないでしょうが!」


 アデリーナが今度は涙ぐむトニカに怒りをむけたので、彼女は肩をちぢめて涙をこらえた。


「アデリーナ……仕方ねーじゃん。昨日の今日なんだから」


 考え事をやめて顔を上げたミキーを振り向いて、アデリーナは彼を睨みつけた。


「泣いてて何か解決するの!? すっきりさっぱりして、マルテを忘れるつもりならいくらでも泣いたらいいけど!」


 言われた言葉に、トニカは衝撃を感じて。

 びくん、と跳ねた。


 忘れる。

 マルテを?


 そんなの―――。


「そんなの、やだ……」

「いやなら前を向くのよ!」


 せわしなく顔を向ける方向を変えて、アデリーナはトニカの肩に手を落とすと。

 いきなり、トニカをがっくんがっくんと揺さぶった。


「アッデ、リーッ、ナッ……!?」

「大体、あなたももうちょっと何かなかったの!? マルテの様子がおかしいことに気づいてたなら少しは相談しなさいよ!」

「そ、うだッ、ん?」


 舌をかみそうになりながら、揺さぶられるままになっていたトニカに。

 ぴた、と手を止めたアデリーナは、その美貌をぐいっと寄せた。


「そうよ! 友人だと思ってたのは私だけなの!? もう少し早く知ってればできたこともあったでしょ!? 助言とか! マルテを問い詰めるとか!」


 トニカは考えてもいなかったことを言われて、目を丸くする。


「相談したら、良かったの?」

「そうよ! だから余計に怒ってるのよ! この私は、友人が困ってて助けないアデリーナ・ドミナントではないのよ!」

「……相談するって頭すらなかったの? トニカちゃん」

 

 怒りっぱなしのアデリーナと、困ったように頭に手を添えるミキーに、なんだか自分が悪いことをしたみたいに思えて。


「ごめんなさい……」


 トニカがしょんぼりすると、アデリーナは少し落ち着いたみたいだった。


「あなた、なんで近くにいて欲しいのか、ちゃんとマルテに伝えなかったんでしょ?」

「だ、だって……マルテが私の近くにいてくれるのは、お金を」

「そんなもん口実に決まってるでしょうがあああああ!!」


 せっかく収まりかけていたアデリーナの怒りをまた燃やしてしまったみたいで、トニカはあわてて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!」

「まったく! あなたもバカなの、トニカ!?」


 アデリーナが、うがー、と頭をかきむしり、ミキーが顔を引きつらせて優しく彼女の肩をつかむ。


「いいから落ち着けって。もう分かったから。……あのね、トニカちゃん」


 ふー、ふー、と獣のような気配を放つアデリーナをなだめて、ミキーはトニカに目を向けた。


「前にさ、広場で話したこと覚えてる? あの時、マルテさんと『お互いに告白とかしてない』って言ったじゃない?」

「うん」

「あれからも、マルテさんに好きって、言わなかったんだよね?」

「うん……」


 トニカは目を伏せるが、ミキーの優しい口調は変わらなかった。


「俺とかさ、思ったことすぐ言っちゃうけど。トニカちゃんもマルテさんも、ちょっと我慢しすぎだと思うんだよな。二人はさ、見てたらお互い好きなんだろうなって分かるんだけど」


 ミキーはわざわざトニカの前にひざをついて、ニカッと笑った。

 つられてトニカも、おずおずと笑みを浮かべる。


 最初は怖くて、ニヤニヤ笑いに見えたミキーの笑みは、暖かくて。

 よく見れば、目が子どもみたいにきれいだった。


「俺、トニカちゃんも、マルテさんも、ただ『好きだ』って言えば良かっただけだと思うんだよな」

「そうなの?」

「そうだよ」


 ミキーは力強くうなずいた。


「トニカちゃんが不安だったのはさ、マルテさんが、大事にしてくれるけど何も言わないからだったんでしょ?」


 そうなんだろうか。

 マルテが何も言ってくれないのは、ずっと不満だったと思ってたけど。


 ほんとは、不安だったのかな。


「マルテさんも、同じだと思うんだよ」

「マルテが?」

「そう。トニカちゃんを見てたら、自分のことを好いてくれてるってわかるだろうけどさ」


 ミキーは、ごつごつとした手を自分の分厚い胸板に当てた。


「何も言わないから、きっとマルテさん、自分で勝手にトニカちゃんの気持ちを決めつけちゃったんだよ」

「……どんな風に?」


 マルテが、何を思っていたのか。

 トニカには分からないのに、ミキーには分かるんだろうか。


 ミキーは、んー、と天井を仰いで、そのまま言う。


「そうだなぁ……最初にトニカちゃんを助けたのが、たまたま自分だったから好いてくれてるだけだ、と思ってたとか」

「そんなこと!」


 思わず反論するトニカに、ミキーは軽く目を向けて、うんうんとうなずく。


「ないよね。分かってるよ。……トニカちゃんは、マルテさんに頼りたいから、あの人にそばにいて欲しかったの?」

「ちがう」

「そう。好きだからそばにいてほしいんだよね?」

「うん……そうだと、思う」

「だったらさ」


 ミキーは、自分の口の前で手を開いたり閉じたりした。


「マルテさんと契約更新とか、そういうむずかしいこと言わないでさ。『好きだからそばにいて』って言わなくちゃ。お金なんかじゃなくて、気持ちを言葉に出さなくちゃいけないんだよ」


 なんだか今日のミキーは、いつもと変わらないオーバーなミキーなのに。

 トニカよりずっとずっと、しっかりしてる人に見えた。


 言われてみたら、トニカは。

 マルテに、そばにいてほしいって思うだけで。


 一度も、それをマルテに伝えてなかった。


 でも、アデリーナはミキーとは意見が違うみたいで。

 ひざまづいたミキーの肩に手を置いて、がう、と噛み付くように言葉を発する。


「そんなの、男がやりなさいよ!」

「いや俺もそう思うけど、そこで口挟む?」


 アデリーナとミキーのやり取りは、表情まで含めていつも気安い。

 ミキーは首を曲げて彼女を見ると、また困ったような目をアデリーナに向ける。


「てゆーかマルテさん、絶対そういうの考えてないよ。あの人、多分恋愛とかしたことないと思う。何でもできるしいつもは冷静に見えるから、皆勘違いしてるけどさ」

「は?」

「え?」


 トニカとアデリーナが口々に言うのに、ミキーは横目でトニカを見た。

 なんで俺が分かるのに二人は分からないんだ? と顔に書いてある。


「いやだってさ。普通に考えてさ。トニカちゃんの話のマルテさん、おかしいじゃない。好きだからってそこまでする? 2年って短くないよ?」

「それはそうだけど。トニカは一人で暮らせなかったんでしょう?」

「だから助けたって? 金貨10枚ぽっちでやとわれて、自分のお金まで使って?」


 ミキーが両手を広げて、口をへの字に曲げてぐるりと目を回すのに。

 ムカつくからやめなさい、ってアデリーナが口をひっぱった。


「ア()リーナなら、そこま()やる?」

「好きならやるんじゃないの?」


 アデリーナが手を離すと、ミキーがちっち、と指を振った。


「2年間、自分がチェンバロを弾くのをやめてまで? マルテさんがやったのはそういうことだよ?」

「そ、そう言われると……」


 アデリーナの目がさまようのに。

 ミキーは、それが普通じゃない? と、指を振るのを止めた。


「ためらうよね。それにいきなり一緒に住むとかさ、トニカちゃんが家に来たその日に抱くとかさ、もうめちゃくちゃ。体目当てなら分かるけど、マルテさん絶対にそうじゃないでしょ。なのに、どう考えても自制心効いてない」


 無意識にしゃべっていたせいで、そんなことまで話していたらしい。

 恥ずかしくてうつむくトニカを放って、ミキーは話を続けた。


「マルテさん、話した感じでは俺とちがって、すごく気づかいできる人じゃん。でも、話に聞く行動がマルテさんらしくないなー、と思ったよ。あの人自身も気づいてないかもしれないけどさ」


 あくまでも推測だよ、と。

 目を上げたトニカの前で、ミキーは頬を掻いた。


「多分、初恋だから、距離感つかめてなかったんじゃないかなって。だから変なことばっかして、空回りしてるんだよ」

「ああ……」


 身に覚えでもあるのか、アデリーナが顔をゆがめる。

 すごく苦そうな顔だけど、なにか思い出したんだろうか。


 ミキーも、同じような顔をしていた。

 恋って楽しいものだって聞いてたけど、二人の顔を見ると初恋は違うんだろうか。


「マルテ、ウブだったのね?」

「多分、だよ。でも、知識だけはありそうじゃない、マルテさんって。木彫りのレンリとか、恋愛物語に出てきそうなことしてるし。トニカちゃんじゃなきゃ引いてるかもってくらい、キザだよね」

「たしかに……」


 うなずきあう二人に、トニカは仲間はずれのような気分になった。

 自分だけが分かってない。


 だから、トニカは胸元でハンカチを握りしめて、たずねた。


「……私、どうしたらいいの?」

「トニカちゃん、マルテさんに会いたいんでしょ?」

「うん」

「なら、探そうよ。簡単な話だよ」


 ミキーが、こともなげに言った。


「俺手伝うから。一応、これでも冒険者やってたし」


 そんなミキーに、ジト目になったアデリーナが。

 彼の肩に置いた指先に力を込める。


「自分の女の前で、ほかの女に時間を使うって言うんなんて、サイテー」

「ちょ、アデリーナ!? いや、だってさ!?」

「ウソよ、ウソ。冗談」


 あわてるミキーに、アデリーナがふふっと笑った。

 いたずらっぽくトニカを見て、それからミキーに頬をよせる。


「トニカの為だもの。良いわよ。意地でも探し出して、バカな男を連れ戻すのよ」

「バカあつかいはちょっとかわいそうじゃない? マルテさん、すげー頑張ってるじゃん。読み書き計算に、歌や譜面の読み方まで。一年半くらいでトニカちゃんに教えたって、普通の努力じゃムリだよ?」

「あら、トニカがすごいんでしょ?」


 あくまでもマルテを認める気はないらしいアデリーナが、ミキーから離れて腰に手を当てた。


「惚れた女を泣かす男なんて、どれだけ頑張っててもクズよ、クズ!」

「ひでー言いぐさ。マルテさんかわいそー……」

「ふふ……」


 そんな二人のやりとりが、おかしくて。

 トニカは、思わず笑みをもらした。


「やっと笑ったね。そっちの方がいいよ、うん」


 ミキーも立ち上がって、ぱん、と両手を合わせる。


「じゃ、気分も上向いたなら動こう。協力してくれそうなツテくらいは俺にもあるけど。トニカちゃんは、誰か、マルテさんの事情とか知ってそうな人とか、行き先とかに心当たりない?」

「……ある」


 くちびるに指を当てて、少し考えてから、トニカは言った。


 ギルド長と、ロザリンダさんだ。

 それに、マルテの行き先は、きっと魔性の森。


 死ぬつもりだって言ってた、マルテ。

 トニカとの契約を解消して、ほかのところに行ったりするはずない。


 彼女がそれを二人に伝えると、アデリーナは旨を張って、ビシッとギルドのある方向を指差した。


「なら、ギルド長に会いに行くわよ! 今すぐに!」

 

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