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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
第4話『歌姫に限りない温もりを』
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③ミキーの受難


 アデリーナの一目惚れ発言から半月。


 トニカは、前に歌を歌っていた広場に来ていた。

 ミキーと一緒に。


 昨日、支配人の目を盗んでトニカに会いに来たミキーは、げっそりした顔でトニカに対して両手を合わせた。


『トニカちゃん、ちょっとあの、本当に何もしないから明日ご飯付き合って……できれば相談に乗って……』


 ミキーがなんで疲れてるのか、はよく分からなかったけど、相談の内容には心あたりがあった。


 ここ最近、練習の時間が終わるとすっ飛ぶように練習場所を後にするアデリーナのことだろう。

 専属劇団員たちの会話は、一週間くらいその話題で持ちきりだったくらいだし。


 それは皆おどろくだろうなぁ、とトニカが納得できるのは。

 アデリーナが、今までは合同練習の前も後も劇場で自主練習をしていたことを知ってるからだ。


 と言っても、アデリーナの練習時間が減ったわけではない。

 彼女は、午後のお昼の時間にやっていた練習を、朝早くにやってきて練習時間を倍にすることで、午後の時間を空けていると言っていた。


 その理由が、ミキー。


 お昼を食べに行こう、と。

 毎日ミキーにまとわりついては人目も気にせず猛アタックをしかけるアデリーナ。


 ミキーがあまりのアデリーナの勢いにうろたえているのを、トニカも見たことがある。


 トニカがミキーに『アデリーナは大丈夫なの?』とたずねると、ミキーはうなずいた。

 『明日は家の方の繋がりで、ソロの演奏を披露する必要がある』と、彼女自身が言ったらしい。


 トニカは、なんで自分なのか、不思議に思っていた。


 舞台の設営をする人たちも、最初はトニカと同じように、ミキーのことを怖がっていたみたいだった。

 でも、支配人の彼への態度と、アデリーナに対する困っていながらも邪険に扱わない様子に、最近は打ち解けていると聞いている。


 だから、噴水のへりに腰を落ち着けたトニカはたずねた。


「なんで私なの?」


 今日はマルテに、迎えはいいと断って、ミキーとお昼ご飯を食べることも伝えたというと、ミキーは顔を引きつらせたけど。

 マルテは特に不機嫌にもならずに、行ってこいと言ったから大丈夫、と安心させた。


 なので、市場で一緒に買ったホットドッグをかじりながらトニカがミキーに相談のことを尋ねると。

 ミキーが食欲のない顔で自分の手の中のパンとソーセージをながめながら、肩を落とした。


 体が大きいのに、情けない顔をしてるミキーはすごく小さく見える。


「他の大道具仲間とか、小道具の人らは、真剣に相談しても面白がるか、うらやましいって言いながら適当にしか話を聞いてくんねーんだもん……」


 いじけた感じのミキーに、トニカは、ふふ、と笑みをもらしてしまった。

 そんなトニカに、ミキーが複雑そうな目を向けてくる。


「トニカちゃんまで?」

「だって……」


 はたから見ると。

 ミキーと一緒にいるアデリーナは、元々華やかな美人さんなのに表情が輝いていて、すごく可愛い。


 うらやましい、って言われるのも、分かる。


「なんであの子、あんなに積極的なの?」

「さぁ……そういう性格なんだと思うけど」


 トニカの時もそうだったし、アデリーナは気に入ってる人にはすごくフレンドリーだ。

 

「ミキーさんは、アデリーナがいやなの?」


 目の前を歩いて通り過ぎていく恋人どうしを見ながら、トニカはたずねた。


 ミキーとアデリーナ。

 二人の姿を見て、つりあわない、なんてトニカは思わなかった。


 前に見た時は、ミキーも困ってるみたいだったけど。

 でも、アデリーナを本気でいやがってるようには見えなかったのに。


「いや、楽しいよ? 思ってること全部言ってくれるから、楽だしさ。ほら、俺空気読めないし」

「なら、良いんじゃないの?」


 何を困ることがあるんだろう、とトニカはマルテのことを思い出しながら考える。

 マルテは、思ってることとかあんまり言ってくれない。


 トニカが何も言わなくても、細々と気を使っていろんなことをしてくれるけど、肝心のマルテが何をどう思ってるのかはさっぱり分からない。

 トニカ自身がマルテにちゃんと言いたいことを言えるようになったのも、ここ最近のことだ。


 お互いにはっきりモノを言いあえるミキーとアデリーナは、むしろお似合いだと思う。


「トニカちゃんは今の俺たちを、どう思ってる? トニカちゃんって、アデリーナと仲いいみたいじゃない」


 ちらちらとトニカをうかがうミキーに。


「どうって、うーん……別にどうとも思ってない、かなぁ……」


 トニカは首をかしげた。

 仲がいいのは良いことだと思うし、アデリーナくらい積極的なのは、トニカもうらやましい。


 トニカは、自分がマルテにあんな風に好き好き、って言ってるところを想像して一人で恥ずかしくなった。

 絶対無理だ。マルテの反応が怖い。


 引かれるかも、と思う。


「そっか……」


 分かってたけどね、とミキーはうつむいた。

 トニカは持ち歩いていたコップにホットドッグ屋で入れてもらった水を、口に含む。


 ーーーミキーさん、なんで落ち込んでるんだろ?


 と思ってると、彼はヤケになったみたいに顔を上げてホットドッグにかぶりつき、言葉を続けた。


「もぐ、トニカちゃんはさ」

「うん」

「マルテさんのことが男として好きだよね?」


 トニカは、口にふくんだ水を吹きそうになった。


「ッ……えぇ!?」

「違うの?」


 なんとか水を飲んだトニカは、問いかけられて考えた。


 ーーー私、マルテのこと、どういう風に好きなのかな?


 今まで、そんなこと考えたこともなかった。

 男として好きって、どういう意味なんだろう。


 マルテのことが、トニカは好きだと思う。


 一緒にいたい、と思うし。

 いなくなるのは寂しいとも思うし。


 マルテに抱かれると、うれしい。

 それが、男として好き、ってことなんだろうか。


「よく分かんない……」


 今まで、考えたこともなくて。

 トニカは正直に言った。


 彼女はミキーもアデリーナも好きだ。

 好きにも、種類があるんだろうか。


「じゃあ、あのさ、言いづらいんだけど」

「うん」

「俺、前にトニカちゃんのこと好きって言ったじゃない」

「うん」

「それ、今もなんだけど」

「ありがとう。私も今は好きだよー」


 トニカは相づちを打ちながら、笑顔で答えた。

 好きだと言ってもらえるのは、うれしい。


 別に今はミキーは怖くないし、むしろたまに可愛いと思う。

 今みたいに。


 ーーーでも、なんでミキーさんは真っ赤になってるんだろ?


「そう言われてさ、じゃあ俺と付き合って、って言ったら、トニカちゃんはどうする?」

「……付き合うって?」

「えーと、毎日こんな風にご飯食べに行ったり、夜に出かけたりすること。き、キスしたりとか」


 おどおどと言うミキーに、トニカは空を見上げた。


 今は夏で、今日は日ざしはキツくないけどやっぱり暑い。

 広場の噴水近くにいるから、ここは少し涼しいけど。


 ミキーと付き合う。


 こんな風にミキーと話すのは楽しい。

 夜のお出かけも、あんまりしないけど、マルテと湯屋に行ったりお酒を飲んだりすることはある。それも楽しい。


 でも、ミキーとちゅーするって言われて、想像できなかった。


 次に、マルテとのちゅーを思い返して。

 トニカは思わず顔を伏せて、頬に手を当てた。


 マルテは約束どおり、毎日ちゅーしてくれて、それはすごくうれしいけど。

 思い出すとなんであんなこと言えたのか、トニカは不思議だった。


 あれってワガママだ。

 マルテはすんなり聞いてくれたけど。


 頬があついなー、と思いながら、トニカはミキーに目を向ける。

 

「えーと。マルテとはちゅーしたいけど、ミキーさんとは別に、したいと思わないかな」

「ごふぁ!」


 なぜか打ち抜かれたように胸に手を当てて体を折るミキーに、トニカはあわてた。


「み、ミキーさん、どうしたの!?」

「そこでどうしたのって言えるって、トニカちゃん、超にぶい!」

「うぇ!?」


 ガバッと顔を上げるミキーに軽くにらまれて、トニカは視線をさまよわせた。


 これでも人の顔色うかがうのは得意なんだけどなぁ、と思って。

 なんかそんなのとは、ミキーの言うことは違うみたいで。


「えっと、ごめんね?」

「謝られると逆にツライ!」

「どうしたらいいの!?」


 もだえるミキーにわけがわからなくなって、トニカは微妙な笑みを浮かべてしまった。

 彼は落ち着くと、ホットドッグの残りを口の中に放り込んで、水を一気飲みする。


「あー、もういいよ。分かってたしさ! マルテさんとキスしてるのかちくしょうマルテさんめ! そうだよな! 一緒に住んでるんだもんな!」

「み、ミキーさん?」

「それなのに好きかどうか聞かれてなんであんなに微妙な返事なの!? キスしてるんじゃん! 告白とかなかったの!?」

「た、多分……」


 マルテに好きと言われたことはない。

 トニカも言った覚えがなかった。


「二人の関係がよくわかんねぇ……どう見ても付き合ってるだろうよ……」


 ぶつぶつと言うミキーさんは、やっぱり百面相だ。

 さすがにここで、週に一回抱かれてる、とか言っちゃいけないよーな気がするのは、トニカでも分かった。


「あー、ぶっちゃけるとさ、俺もよくわかんなくなっててさ」


 ミキーはまたうつむいた。

 そのまま、また情けない顔になって話を続ける。


「俺、トニカちゃんのこと好きだと思ってた。今でも好きだと思うんだけど、トニカちゃんにフラれても、そこまでショックじゃないんだよな……」


 なんか自分を責めてるみたいなミキーに、トニカは眉根を寄せる。

 これがフるってことなの? って疑問はとりあえず置いといて。


「えっと、私にちゅーしたくないって言われて、ショックじゃないと何かダメなの?」

「なんか俺の気持ちが軽いみたいじゃん!?」

「ミキーさんって軽くないの?」

「おぐほぁ!」


 ミキーが、今度は肩の上に何かがのしかかってるみたいに体を沈ませた。

 リアクションがすごい。


「いや、軽くないよ!? 軽くないって自分では思ってる! よく言われるけど! 本気で悩んでるように見えないとか!」


 それはきっと、ミキーさんが見ててコミカルだからじゃないかなぁ、とトニカは思った。

 

「それで、軽くないミキーさんは何に悩んでるの?」

「……俺、アデリーナに毎日告白されてるんだけどさ、昨日のご飯の時に言ったんだよ。『俺、トニカちゃんが好きなんだけど』って、アデリーナに」

「うんと……それで?」

「そしたらアデリーナ、『知ってる。だから何?』ってきょとんとしててさ。理由を聞いたら『好きな相手は、自分の魅力で振り向かせれば良いだけだもの』って」

「……強いね、アデリーナ」


 自信がある人ってそんな風に考えられるんだ、ってトニカは感心した。

 ミキーもそう思っているみたいで、深々とうなずく。


「そう言われてさ、俺、トニカちゃんを、マルテさんから自分に振り向かせたいってほどの強い気持ち、あるかなぁって思って。アデリーナは美人で性格キツいけど、ああ見えて空気読めるっていうか。俺が本気で嫌がるようなこと、しないんだよ」


 そう言うミキーは、どこか後ろめたそうだった。


「気にしてない感じに見えたけど、俺の目ってアテにならないし。言ってからちょっと後悔して、考えたんだ。俺、本当はアデリーナのこと好きになってるんじゃないかって。でも、まだ会ってから二週間くらいなのに、俺の気持ちってそんなに軽かったのかなぁ、って」


 そうして、ミキーは黙った。

 アデリーナみたいな美人さんに毎日あれだけ付きまとわれたら、そうだろうなぁ、とトニカは思う。


 好きだと、まっすぐに言われて。

 もしトニカが毎日マルテにそんなこと言われたら……顔がずっと真っ赤で、外歩けないかも。


 ーーーそういうのが、好きってことなのかなぁ?


 トニカが自分の考えに沈んでいる間に、またミキーが話し始める。


「だから、一回、ケジメつけときたくて」

「何に?」

「いや、あの……」


 ミキーはぺたん、と頭に両手を当てて、ひじをヒザについて、悩むように、うー、っと(うな)ってから。

 頭を上げて、決意した顔でトニカに言った。


「トニカちゃん、俺と付き合わない?」

「付き合わない」

「早ッ!」


 トニカが即答すると、ミキーは三度目のリアクションを取った。

 立ち上がっておどろいたようにあとじさるミキーに、さっき答えたし、とトニカは思う。


「まぁ、分かってたけどね」


 ミキーはすぐにまた腰かけて、むしろ晴れやかな顔で言った。


「で、ケジメって?」

「だから、告白してフラれとこうと思ったんだ。どっちつかずでウジウジしてても仕方ないし知り合ってからの時間が短くても、アデリーナを嫌いじゃないのに失礼かな、って考えてさ。ちょうど時間もできたし」


 脈がないのは知ってたけど、言っときたかった、とミキーは告げて。

 今度こそ本当に、立ち上がった。


「家まで送るよ。ありがとね、付き合ってくれて」

「付き合ってないよ?」

「そうじゃなくて、お昼ご飯に付き合ってくれてありがとうって言ってるの!」

「ああ!」


 勘違いしていた。

 照れるトニカに、ミキーが呆れ顔でため息を吐く。


「なんか受付してた時はしっかりしてそうだったのに、トニカちゃんって天然だよね……」

「天然って?」

「俺と一緒であんまり空気読めてなさそうってこと」

「う……なんか、否定できないかも……」


 そのまま、何事もなかったかのようにミキーとおしゃべりしながら歩いて、トニカは家に帰った。

 去り際に、これからも仲良くしてね! という彼にうなずいて。


 でも、今日の出来事で、一番気になったのは。

 ミキーやアデリーナの気持ちと、トニカのマルテに対する気持ちが、同じものなのかどうか、ってことだった。


 ーーーマルテはどうなんだろ?


 トニカは、その日から少しだけ、自分の気持ちがなんなのかを、考えるようになった。

 

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