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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
第3話『歌姫にひと時の幸福を』
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①昼休みと、軽薄な男


 翌日。


 眠れないままギルドに仕事をしに向かい、着替え部屋に入ったトニカのほうを見て。

 ロザリンダさんが、おどろいた顔をした。


「どうしたのですか、トニカ。その顔は……」

「な、なんでもないです」


 泣き腫らして寝不足の目元は、化粧では隠せなかった。

 トニカが苦笑してごまかすが、ロザリンダさんは眉をひそめたまま言葉を続けた。


「マルテと、何かあったのですか?」

「……」


 トニカは、答えることがで出来ずに、うつむいた。


 バレて当然だった。

 昨日、マルテにプレゼントを渡すと言って、今日の自分の、この顔なのだから。


「……マルテに、話を聞きましょうか」

「や、やめて!」


 怒りを押し殺した声で言うロザリンダに、思わずトニカは大きな声が出た。

 そんなトニカに、ロザリンダが目をまたたかせる。


 すぐに後悔して、どうしよう、と思いながら目を伏せたトニカは、板張りの床を見た。

 ロザリンダは、トニカの返事を待っているみたいだった。


「これ以上、何かしたら……マルテに、嫌われちゃうから……」


 プレゼントを捨てられた、なんて言ったら。

 トニカが悪いのに、マルテがロザリンダさんに怒られたりしたら。


 きっと今度こそ、マルテはトニカの前からいなくなってしまう気がした。


「……分かったわ」


 ロザリンダさんの返事にほっとしながらトニカが顔を上げると、彼女はまだ、心配そうな顔をしていたけど。


「ごめんなさい……」


 トニカは無理やり笑みを浮かべてから、そそくさと着替えた。

 受付に向かって、業務が始まると、すぐに忙しくなってトニカは少しだけ重い気持ちを忘れられた。


 朝は、依頼をウケる冒険者でごった返している。

 夕方は換金の冒険者でまた忙しいけど、いつもなら一息ついて、お昼ご飯を美味しく食べる時間になって。


 その暇な時間が、今のトニカには憂鬱だった。

 昨日のことを何度も思い返して、食欲が湧かない。


 マルテとは、結局あれから一回も話をしていないし。

 だからって、マルテの機嫌を直すために何をしたらいいかなんて、トニカには全然分からなかった。


 結局食事をする気にもなれなくて、今日は持ち回りで当たっていない昼受付をほかの人に代わってもらって、一人で受付に座っていたら。

 それが、裏目に出た。


「トニカちゃん」

「み、ミキーさん……」


 人気のないギルドの受付に、ドアを開けて現れたのは、刺青に禿頭の美形。

 相変わらずの猫なで声だけど、目に探るような色が見えた。


「もー、昨日待ってるって言ったのにさー。忘れてた?」

「あ……」


 カウンターに肘をついてニヤニヤするミキーに、トニカは身の危険を感じた。


「あの、ごめんなさい……」

「いや、いいんだけどさぁー、せめて断りの一言くらいは欲しかったよー。お腹すいてたしさー」


 カウンターから身を乗り出すように話すミキーに、トニカは縮こまる。

 

 誰も見ていないし、睨みつけてやればいいのかもしれないけど。

 トニカは萎縮してしまって、目線を合わせることが出来なかった。


「今日こそ、ご飯を一緒に食べようよー。今日は予定ないでしょ?」


 ね? とニヤニヤしながら、ミキーはうつむいたトニカを覗きこんでくる。


「今日は、そんな、気分じゃ……」


 それでもどうにか言い返すと、ミキーが目をまたたかせ、きょとんとした。

 

「あれ……泣いてる?」


 トニカがあわてて目元を押さえると、ミキーが身を引く。

 今、泣いてたわけじゃなかったけど、夜に泣きすぎて腫れたままなんだろうな、と思う。


「え、あれ。俺なんか悪いことした?」


 なぜか、ミキーの声が焦っている。

 ちらっと見上げると、彼はあわてたような顔をしていた。


 なんか、変。

 そう思いながら、トニカがそろそろと顔から手をどけると、ミキーは助けを求めるように周りを見回したが……当然、誰もいない。


 ミキーは、うろたえた口調のまま、独り言なのかトニカに話しかけているのか分からない口調で言い訳を始めた。


「え、俺、強引? あ、もしかして怖い? 怖かった!? いやあの、俺あの、本当にトニカちゃんと一緒にご飯食べたいと思ってただけよ!? そのままどっか連れていこうとかそんな事、別に考えてないよ!?」


 いつのまにか、ミキーからこれ見よがしな暴力の気配が失せていて。

 そこにいるのが、ちょっと顔を青ざめさせた普通の青年のように、トニカには見えた。


「……」

「……ねぇ、俺のせい?」


 気分が少し落ち着いたのか。

 ミキーは落ちこんだように肩を落とし、まるでトニカを気づかうようにそう言った。


 大きな男の人がそんな風におどおどしているのが、トニカはなんだかおかしくて。


 思わず、クスッと笑ってしまった。


「え、あれ?」

「ミキーさんの、せいじゃないよ」


 一度笑うと、もっとおかしくなって、トニカはさらにクスクスと笑う。


「昨日の夜、ちょっと、怖いことがあっただけ」


 マルテがいなくなっちゃうかも、って思って。

 口にしてみると、プレゼントが捨てられたことよりも本当はそっちがショックだったことに、トニカは自分で気づいた。


 ミキーは、自分のせいじゃないと言われて安心したのか、ホッとした顔をする。


「なんだ、よかった。……いやよくないよね!? 怖いことって? 誰かに襲われたとか!?」

「違うよー」


 百面相、というのだろうか。

 ミキーは、次々と安堵したり青ざめたりと忙しい。


 まさにその、襲われたりしたら怖いな、と思っていた相手にそんなことを言われて、トニカは笑いをこらえるのが大変だった。

 軽いように見えて、暴力的なように見えて、実はそんなに悪い人じゃないのかも、とトニカは思う。


「そんなことじゃないから、平気」

「そ、そう? いやごめん、俺よく空気読めないって言われるんだよ。相手が何考えてるのか、言ってもらわないと分かんなくてさ。あんま、喋るのとか得意じゃなくて」

「……そんなにしゃべれるのに?」


 トニカが目を見開くと、ミキーはどうしたらいいか分からない様子で、禿頭を撫でた。


「えっと、あの、自分から喋ってたほうが、まだマシっていうか。俺に冒険者の仕事教えてくれた人が、無口になるなって。でも、人の話聞いて気の利いたこと言い返すのとか、苦手で」


 ミキーの声が、少し小さくなる。


「……押しが足んないとか、ビビるなとか、散々言われてさ。でもさ、俺、どんだけ頑張っても、相手が何考えてるのか全然分かんないし。でもほら、こんな格好してたら、けっこう相手が勝手にビビって、逆にこっちの話を聞いてくれるっていうか……」


 話しているうちに恥ずかしくなったのか、少しずつミキーの耳が赤くなる。


「あの、俺、トニカちゃんのことも、本当に、かわいいなって思って、その……」

「……ロザリンダさんが、他の人も口説いてたって」


 かわいい、と言われて逆に恥ずかしくなったトニカが、わざとそう言うと。

 ミキーは、サッと分かりやすく青ざめた。


「そそ、それは誤解っていうか! 女の人は褒めろって、いろはを教えてくれた人が! だから、ギルドの受付の人たちって皆きれいじゃない!? だから、あいさつ代わりにきれいだねって言ってたら、前、受付の子に、にらまれて! それをたまたま、ロザリンダさんに見られて!」


 ……あ、この人、私と同じだ、とトニカは思った。

 

 自分の身を守るために、トニカが目つきを悪くして、口調を荒げたみたいに。

 この外見や軽薄そうな話し方は、ミキーなりに冒険者としてやっていくために、身につけたものなのだろう。


「そうなんだ」


 トニカが親近感を感じて微笑みかけると、ミキーがなぜか、トニカの顔を見たままぴたりと動きを止めて。


「おい」


 そんな彼の肩を、背後から誰かがつかんだ。


「何をやってる」


 声を出すまで、まるでその人の気配を感じなかったことにびっくりしたトニカは、ミキーの肩越しに相手の姿を見て。


「……マルテ?」


 知ってる顔に向かって、名前を呼んだ。


 いつもよりも、さらに不機嫌そうな顔をして。

 そこに立っていたのは、何故か右の頬を赤く腫れあがらせたマルテだった。


「ど、どうしたの!? その顔!」


 あんまりびっくりしたから、思わず昨日のことを忘れて普通に問いかけるトニカに。


「別に、何もない」


 マルテは平然と言い、自分より背丈の低いミキーをジロリと見た。

 その目線の強さに、ミキーと一緒にトニカも青ざめる。


「え? マジで? マルテ? いや、マルテさん!?」

「お前は誰だ」

「そ、その人は冒険者のミキーさんだよ! 怪しい人じゃないよ、マルテ!」


 トニカの言葉に、鼻から息を吐いたマルテが剣呑な気配を霧散させたかと思うと。

 ぐっ、と一度力を込めて、ミキーの肩を離した。


「いてぇ!」

 

 声を上げた彼は、肩をさすりながらマルテを見上げる。


「なんで、マルテ・ベルトラーニがこんなところに……?」


 ミキーがつぶやくが、マルテは答えない。


「ミキーさん、マルテを知ってるの?」


 逆にトニカは、ミキーの口からマルテの名前が出たことを不思議に思って問いかけた。

 マルテは冒険者だけど、今はあんまり活動していないから、ギルドで見かけることがないのに。


 でも、ミキーは興奮したように身振り手振りを加えて説明してくれた。


「そりゃ、マルテ・ベルトラーニって言ったら、こないだランブル・キャットがいっぱい出た時に不意打ちしてきた青くてバカでかい人狼を追い返した男だろ?」


 そんな話は聞いたことなかったけど、ミキーは構わずに自分の顔を指差した。


「俺も、その人狼が出た時に、応援で行ってたんだ」


 トニカが、勘違いしてマルテに抱きついた日の話だ。

 マルテの顔を見ると、彼はしかめっ面だけど、昨日みたいによそよそしい態度じゃなくて。


 ミキーからは見えないように、トニカに対してうなずきかけた。


 やっぱり、マルテって強いんだ。

 書類を見ても、中身の弱気と違ってそれなりに稼いでいるミキーにも、名前を知られているくらい。


 トニカは、自分のことみたいにうれしくなった。

 そんな彼女に何かを感じたのか、ちらちらと言いにくそうにマルテを見上げながら、ミキーが問いかけてくる。


「えーと、その、トニカちゃんこそ、マルテさんと知り合いなの?」

「……トニカちゃん、だと?」


 ピク、と、マルテのおでこにまた青筋が浮かんで。

 トニカは、ミキーが殴られたりしないか心配になって、口を開いた。


「マ、マルテとは、一緒に住んでるの!」


 思わず言ってしまってから、トニカは、しまった、と思って口に手を当てた。

 特定の冒険者と懇意にしちゃいけない、とロザリンダに言われて、秘密にしていたことなのに。


「一緒に? あ……」


 ミキーは、マルテの姿をまじまじと見て。

 何かに気づいた顔をして、気まずそうに目をそらした。


「ああ、そういう、うん、そっか」


 一言発するたびに肩を落として、背中を丸めたミキーは。


「ああ、うん、なんかゴメン」

「えっと……し、知らなかったんだから、仕方ない、と、思う……」


 トニカもどこか気まずくなったが、マルテはいらだったように舌打ちして、ミキーに言った。


「あまり吹聴するな。そもそもトニカがここに入ったのは俺の紹介で、だ。それに、今日付けでトニカには暇をもらった」

「……え」


 暇をもらう、というのは。

 たしか、やめる、ということだったはず。


「え……アタシ、冒険者ギルドやめるの?」

「一時的にな」


 マルテは平然と答えた。

 なんか、昨日のことがなかったみたいな態度に。


 トニカはもやっとした気持ちと、ホッとする気持ちを、同時に覚えた。


 でも、マルテがトニカを嫌いになったような態度じゃないから、すぐにどうでもよくなる。

 よかった、と思いながら、疑問に思ったことを続けて口にした。


「なんで、やめるの?」

「理由はすぐに分かる。後でカステルから説明があるだろう」


 マルテが言うと、チャイムが鳴った。

 昼休みが終わって、そろそろみんなが戻ってくる。


「マルテ、お昼、一緒に食べない?」


 トニカが聞くと、マルテは軽く手を挙げた。


「悪いが」


 マルテは、ガシッとミキーの肩に手を回す。

 ミキーが、ヒッと喉を鳴らすのを意に介さず、マルテは低く言った。


「俺はこいつと、少し話をしなきゃならん。また、仕事終わりに迎えにくる。カステルと話す時に、同席する」

「う、うん……」

「また後でな」


 声も出せないまま、ミキーが情けない顔をトニカに目を向けてくるが。

 

 マルテが普通に話してくれたことがうれしかったトニカは、現金なお腹がくぅ、と鳴るのを押さえて、ミキーに手を振った。


「マルテが、ミキーさんと話したいみたいだから、ミキーさんもまた今度ね!」


 トニカがにこやかに言うのに、なぜか絶望的な顔をしながらミキーがマルテに引きずられるようにして出て行った。


「どうしたのかな?」


 トニカは首をかしげるが、そこにみんなが戻ってくる。

 食事に行っておいで、と受付の一人が言ってくれて、トニカはうなずいて、ウキウキと昼食の買い出しに出た。

 

次は月曜の更新です。

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