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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
第2話『歌姫に穏やかな愛を』
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⑤受付業務


 働きはじめて一月(ひとつき)が過ぎた。


 慣れないながらも仕事を覚えようと頑張ったトニカは、筋がいい、と褒められながら業務を覚えていった。


 働くのも、言われたことをやってマルテ以外の人に褒められるのも初めてで、最初はとまどったけど。

 すぐにうれしさを感じるようになった。


 同じ受付で働いている人たちは、皆、トニカにやさしかった。


 それに、働き始めて、気づいた事がある。

 どうやら、トニカは他の人よりも記憶力がいいらしい、ということ。


 もともと、読み書きの出来なかった彼女が、勘定役の男の機嫌を少しでも良くするためには、しくじらないようにしなければいけなかった。


 その為にトニカは、今手元にある金銭でどうやったら指示通りに買えるか、という暗算をしたりとか。

 かならず買わなければいけないものを頭に一度で刻みこんだり、とかが求められる生活をしていたのだ。


 それは、仕事の役に立った。


 メモを取らなくても、おぼえられる。

 細かいことでも、メモを取って何度か見れば忘れない。


 金額の計算も、小額なら暗算ですぐに出来るし。

 大きな金額はマルテに習ったおかげで、算盤で即座にはじき出せる。

 

 受付でのやりとりとかは、人と話すのに気後れして、もたついたりしたこともあったけど。

 値上げ交渉を窓口でやろうとする人なんかは、市で百戦錬磨のおっちゃんおばちゃんとの交渉と同じだと気付いて、あしらえるようになった。


 金額合わせの締めの業務も、2、3度やった頃には、誰よりも速く正確にできるようになって。

 すごく、おどろかれたりもした。


「本当に、マルテの秘蔵っ子だったのね」


 ロザリンダさんは、トニカのことを気に入ってくれたみたいで、すごく気にかけてくれる。

 だから、よけいにやる気が出た。


 働くことが、こんなに楽しいなんて思ってなかった。


 でも。

 やっぱり、仕事だからいやなことも、ある。


「えっと、街道の盗賊退治ですか。根城まで壊滅させて、役所での首検分も終わってるんですね。……はい、問題ないようなので、お支払いは金貨10枚になります」


 トニカは、相手の目を見ないようにしながら。

 巻物の必要事項を確認して、支払いを認める判子を押した。


 そのまま手早く巻いて、手元の金庫からよく磨かれた金貨を10枚取り出して数え、両方を台の上に乗せる。


 すると、トニカの手の上に。

 支払い相手の、ざらざらでゴツゴツした手が、置かれた。


 ほら来た、って思う。

 男の手が、気持ち悪いからってはね除けたくなるのを、ぐっとこらえて。


 トニカは、内心がざわざわしながら、むりやり笑顔を浮かべた。


「……オシゴト、オツカレサマデス」


 決まりになっている言葉を口にしたトニカに、見上げた男はいやらしい笑みを浮かべる。

 男は、トニカの座る窓口の台にもたれかかって、本人はキメているつもりらしい笑みを浮かべていた。


「いつもありがとう、トニカちゃん」

「イイエ、コチラコソ」


 笑み崩れた顔は、確かに顔立ちとしては整っているんだろう、と思う。

 でも、髪を剃って、膨れ上がった筋肉の塊のような腕にこれ見よがしにタトゥーをしている……暴力的な気配をわざと強調しているような男だ。


 トニカは、いやな気持ち以外にも、その冒険者に対して怯えを感じていた。


 彼女が窓口に入るようになったころから、ずっとトニカのところに支払いの確認にくる男だ。


 いつもはさり気なく、ほかのギルドの人たちが話しかけてくれたりするけど。

 今日はいそがしくて、みんな手が離せないみたいだった。

 

「今日、これから暇なんだ。ご飯食べに行こうよ。ごちそうするからさ」


 おぞけ立つようなわざとらしい猫なで声で言われても、トニカにとってそのお誘いはちっとも魅力的じゃない。

 手を、はやくどかして欲しかった。


「えーと……今日はちょっと、用事が」


 トニカがさらに少し体を後ろにひくと、冒険者の男が合わせて身を乗り出してくる。


「こないだもそう言ってたじゃん。どんな用事?」

「ちょっと、買い物したものを取りに」


 言ってから、しまった、と思った。

 思った通り、男はさらに言いつのる。


「付き合うよ。それからご飯行こうよ!」

「あの……でも……」


 怒鳴りつけたり、睨みつけたり。

 そういうことは出来ない。


 本気で睨んで、昔みたいに汚い口調でののしってしまえば、それで済むのかもしれないけど。


 相手は冒険者で、目の前の男はけっこう強いみたいだし。

 騒ぎを起こすと、ギルドに迷惑がかかってしまうかもしれない。


 恨みを買って、ギルドの外で何かされるのも、怖い……。


 トニカがどうしようもなくなっていると。


「ミキーさん?」


 後ろから聞こえたのは、ロザリンダさんの声だった。


 静かだけどどこか迫力のある声に、ミキーと呼ばれた冒険者の顔がひきつる。


「な、なんだよリンダさん。食事に誘ってるだけじゃないか」


 ミキーの反論に、そっとトニカの肩に手をかけたロザリンダさんが大きく息を吐いた。

 顔は見れないけど、ちょっと怒ってる。


「職員を口説かないでといつも言っているでしょう?」


 ミキーは、愛想笑いを浮かべた。

 彼が、ロザリンダさんに向けてトニカに対するような押しの強さを出さない理由を、トニカは知っていた。


 ロザリンダさんとギルド長は、最上級の称号を持つ冒険者だ。

 元々貴族じゃなかったのに、ギルド長は爵位も得ているらしい。


 つまり、ロザリンダさんはすごく強い。

 この国の魔法使いの中で五本の指に入る人で、だから魔性の森の最前線に近いアーテアの街の冒険者ギルドをカステルさんと一緒に任されているんだって、ギルドの人が言ってた。


「彼女は仕事中なの。後ろも詰まってるし、退いて下さいね」

「ちぇ。固いなぁ」


 ミキーは、ようやくトニカの手を離して巻物とお金を受け取る。


「なら仕事終わるまで待つよ。それなら文句ないだろ?」

「お好きにどうぞ」


 ロザリンダさんの返事に、ニヤッと笑ったミキーは、トニカに言った。


「じゃ、また後でね」


 ひらひらと手を振って去っていくミキーに、トニカは不安を感じた。

 本当に、待つつもりなのかな。


「……今日は、マルテは?」


 ミキーの姿が見えなくなると、ロザリンダさんがこっそり問いかけてきた。

 受付の椅子に座ったまま顔を見上げると、ロザリンダさんもちょっと困っている。


 トニカは、小さく首を横に振った。


「あの、寄り道するつもりだったから、来ない……」


 ロザリンダさんの眉根が、軽く寄る。


「……寄り道?」

「あの、お給金貰ったから……もらったので」


 素の口調が出てしまっていることに気づき、トニカはあわてて敬語で言い直した。


「その、マルテに、プレゼントを買ったんです……」


 初めてのお給金は、トニカ一人で暮らすなら十分なもので、もらった時は呆然としてしまった。

 冒険者ギルドのお給金は、よそに比べてもすごく多いんだって、もらった日にマルテが言っていた。


『命をかけて冒険者が得るものを、金に変える肩代わりをする仕事だ。扱う金そのものも大きい。その分、責任と能力が必要なんだ。トニカはそれを持っている。だから、見合う対価をもらえたんだ』


 誇っていいんだぞ、と言われてトニカは納得はしたけど。

 自分がもらっていいようなものなのか、まだ不安に思っていて。


 たまたま、街で見かけた贈り物を見て、それをマルテにあげようと思った。


 トニカが冒険者ギルドで働けるようになったのは、マルテのおかげで。

 だから最初のお給金は、感謝の気持ちをこめて、彼のために使おうと思った。


 でも、今日は取りにいけないかな、としょぼんとするトニカに、ロザリンダさんは少し考えてから、言った。


「……仕方ないですね。カステルの馬車を使いましょう。後ろにつけて店先で下ろします。さすがにミキーさんも、馬車の後はついていけないでしょう」

「え、でも」


 そんなの申し訳ない、と、とまどうトニカに、ロザリンダさんは笑みを見せる。


「良いんですよ。貴女のことをちゃんと守るように、マルテに言付かっていますから」


 さ、残りの仕事を済ませてね、とさっさと行ってしまったロザリンダさんに。

 トニカは感謝しながら、滞ってしまった分、急いで仕事を終わらせた。


※※※



 仕事終わりに。

 レンガ通りにある、庶民向けの装飾品を扱う服屋に出向いたトニカは。


 そこで、二つのものを手に入れた。


 柔らかな金属、という、不思議な銀でできた編み輪で、腕や足につけるもの、らしい。

 二つの編み輪の真ん中には、それぞれ小さいけど立派な宝石が、金具で止められている。


 緑の貴石と、茶色の貴石。

 それは、トニカとマルテの瞳の色で。


 大小の編み輪は、トニカとマルテでお揃いのものだった。



 ―――マルテ、喜んで、くれるかなぁ。


 トニカは、道を歩きながら思った。

 

 初めてのプレゼント。

 初めての、装飾品。


 それも、マルテとお揃いで。


「ふふ……」


 抑えようとしても思わず笑みがこぼれたし、足取りもすごく軽い。


 小さな包みに包まれたそれを、一つは自分のポケットに、一つは大切に胸に抱えている。


 レンガ造りの街並みは、晴れた空と色あざやかなコントラストを描いている。

 その景色すら、いつもより輝いて見えた。


 ―――喜んでくれたら、うれしいな。


 夕方までには、まだ少しだけ時間がある。

 肌寒さも、そろそろ感じることが少なくなっていた。


 何度もうっとりと包みを見てから、トニカは脇路地に入りこむ。


 そしての石畳の二番通りへ出ると、家が見えた。

 表情にとぼしいがかっこいいマルテの顔を思い浮かべて、彼女の心はさらに浮き立つ。


 今日は特に用事もないと言っていたし、家にいてくれているだろう。


 笑ってくれるかな。

 それとも、手を握った時みたいに驚くかな。


 ―――機嫌良くなったら、お手製のミートソースパスタをおねだりしよ!


 彼が最初に作ってくれたそのパスタは、今ではトニカの大好物だ。


 トニカは、羽が生えたような速さで、部屋に続く階段を駆け上がった。

 ドアを開けて、明るい声で帰宅を告げる。


「ただい……」

「ふざけるなよ!」


 でも、マルテの怒鳴り声に、トニカはビクッと身をすくめて、言葉がとぎれた。

 居間の、テーブルの前で。




 マルテが、ラストの胸ぐらをつかみ上げていた。




「な……なに、してるの?」


 トニカの問いかけに。

 怒った目をしたマルテが、彼女のほうを向いた。

 

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