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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
第2話『歌姫に穏やかな愛を』
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閑話②:魔物退治

恋愛ジャンルなのに、ハイファン寄りなので閑話投稿しています。

読みにくかったらごめんなさい。



「そっちへ行ったぞ!」


 町外れの平原。

 ランブル・キティの群れを他の冒険者と連携して追い込んでいたマルテは、声を張り上げた。


 小さな獣で、毛並みに違いがある。

 三種の毛を持つものや、灰にシマシマが入ったもの、黒や白一色のものなど様々で、珍しい毛並みのものは愛玩用として貴族に高く売れたりもするが、この獣は微弱ながら魔力がある。


 空を駆けるものや、地面に溶けるように潜り込むなどの他に、総じて目くらましの魔術を使うのだ。

 なので、平原全体を弱い魔力妨害の結界で覆い、個別に倒す必要があった。

 

 ランブル・キティの数は多く、逃げ足も早い。

 そのために一斉駆除の人手が足らず、マルテは応援を頼まれたのだ。


 異常繁殖したこの魔物が街に入ると駆除要請がとんでもない事になるため、ギルドと街の偉いさんが協議した結果が、今だった。


「進路を塞げ!」


 ランブル・キティの群れは近くの森に逃げ込もうとしている。

 森の中では、いかに弱い魔物でも樹木を利用した反撃を食らう危険があった。


 しかも、結界の効果が切れる。


 マルテは、群れに追いついて後尾のランブル・キティを数匹気絶させた後に、その場で足を止めた。

 妙な気配を感じたからだ。


「なんだ……?」


 気配は森から。

 マルテの疑問の答えは、すぐに出た。


 ランブル・キティたちの進路を塞いでいた冒険者が、森から飛び出してきた巨大で素早いなにかの爪で倒され、あるいは薙ぎ払われたのだ。


「あれは……!?」


 そこに立っていたのは、日の光にきらめく青い毛並みをまとう者。

 マルテですら見上げるような巨体の、二足歩行で歩く狼だった。


 マルテは、戦慄する。

 凄まじく凶暴な気配を放つそれは……人狼種。


「なぜこんなところに……!」


 人狼種は、最上位の魔物だ。

 それもかつて、マルテが他の冒険者と共に苦労して退治した通常の人狼種の、さらに倍は身の丈がある。


 圧倒的存在感を持つ青い人狼の姿に、マルテは本気で剣を構えた。

 このままでは、倒された冒険者たちが殺される。


「ーーーセァッ!」


 マルテは一足飛びに肉薄し、青い人狼の背に剣を振るった。

 しかし渾身の一撃は、振り向いたそれの巨大な爪に阻まれて、逆に吹き飛ばされる。


 宙で身を翻したマルテが足から着地すると、青い人狼が凶悪な牙を剥いて、笑った。


「ハァ! ずいぶんと(たぎ)る奴がいるなァ!?」


 マルテは剣を構え直し、改めてそれと対峙した。

 足元の草むらが、人狼から放たれる魔力の風で揺れている。


「ランブル・キティの異常発生は、お前の仕業か……!」

「その通りだァ! 俺様の縄張りを荒らす奴等は許さねェ!」


 上位の魔物は、意図的に下位の魔物を増殖させる能力を持つ。


 マルテと青い人狼はそれ以上の会話もなく一合、二合、と剣と爪を交わした。

 二人の間に、他の冒険者たちは割って入れないようだ。


 ラストに与えられた剣の腕や俊敏さがなければ、マルテも最初の一撃でやられていただろう。


 それほどに、青い人狼の強さは。

 今まで相手をした他の魔物とは、一線を画していた。


 ―――突破口が、見えない。


 どうにか渡りあえはしたが、攻めあぐねて再び後ろに下がったマルテに。


「はっは。苦戦してるな、マルテ」


 背後からのんきな声が掛かり、マルテはちらりと目を向ける。


 そこには、いつも通りに。

 いつ、どこから現れたのか分からないままに、ニヤニヤと笑うラストが立っていた。


「……奴は何者だ」

「本人に聞いてみたらどうだ? 答えるかもしれないぜ?」


 まるで自分も答えを知っているような口ぶりで言うラストに、マルテは舌打ちした。


「お前はいちいち……」

「その気配、悪魔、か!」


 マルテの言葉をさえぎるように、突然、人狼が吼えた。


「底知れない魔力の片鱗、そして赤い目!」


 生き生きと、闘気とともに毛並みを逆だてる青い人狼は、大声でラストに呼びかける。


「赤い目の悪魔! 聞き覚えがある、あるぞォ!」


 人狼の言葉に、ラストは笑みを深める。


 そして彼が、パチン、と指を鳴らすと。

 青い人狼の出現によって、周囲の冒険者たちと、逃げることすらやめていたランブル・キティらが一瞬で失神し、倒れ伏した。


「聞き覚えね。その噂はどーせ、人間が大好きであげくに封印された、間抜けで変わり者の悪魔、だろ?」

「いいや、違うなァ! そして、やはりそうなのかァ!!」


 自分すらもバカにするようなラストの発言に、人狼は最大まで開いた顎で喜びの笑みを示しながら、大きく両腕を開く。


「赤い目の悪魔は! 人の身でありながら魔王となって、自分の命令に従わない魔物に暴虐の限りを尽くしたと聞いている! ……魔物にとって、最悪の魔王だった男ォ!!」


 そして青い人狼は。

 彼の名を、口にした。


「伝説の大悪魔、ラスト・イレイザー!! ーーーまさかこんな所で、封印された魔神級に出会えるとはなァ!!」


 青い人狼は歓喜に打ち震えている様子で、天を仰いだ。


 だがマルテは。

 同じ名前に、驚愕を覚える。

 

 ―――イレイザー、だと!?


 マルテは、思わずラストに目を向けた。


 ラストはいつもと変わらない。

 人狼を見つめたまま、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


 伝説の大悪魔イレイザーの名を、知らない者はいない。

 古い歌曲に謳われる存在で、マルテがその血を引くと言われている勇者に封印され、勇者がこの国を継ぐきっかけになった悪魔だ。


 伝説には、人間の女ばかりをさらい、国を滅ぼす危険に晒した、と言われていたが。

 

「俺は、人間は口説いてもいいが手を出すな、と言ってただけだ。その程度の命令も守れない雑魚を制裁して何が悪かったんだ?」


 クック、と笑うラストだが、青い人狼は話を聞いていなかった。


「俺様の縄張りを荒らす連中を蹴散らしに来てみれば、強い奴が二人もいた! ヒトの女を犯すより滾る……! 滾るぞおおおおおォッ!」

「戦闘中毒か。人狼種にはありがちだが」


 肩をすくめるラストもさる事ながら、マルテにはもう一つ、気づいたことがあった。


 縄張り。

 人狼。

 そして、青い毛並み。


 まさか、と思いながらも、彼は人狼の存在感に自分の考えを否定出来なかった。


「……なぜ、こんなところに、いる」

「お、自力で気づいたか、マルテ。流石だな」


 コートのポケットに両手を突っ込んでいたラストは、片手を出して青い人狼を指差した。


「多分正解だ。そうだろう、人狼種。名を名のれよ」


 ラストの言葉に両手を上げて、人狼が膨大な魔力の放出とともに歓喜に吼える。




「俺様は、ウェア! ーーー魔族を率いる者、ウェアウルフ様だァ!」




 やはり、と。

 マルテは歯噛みした。


「さぁ、争おうかァ!!」


 ウェアウルフは。

 今、この国を脅かしているーーー今代の魔王の名、だった。


 彼の歓喜の雄叫びとともに放出された魔力に呼応して。

 生暖かい風が吹き始め、空に暗雲が渦を巻く。


「戦うのは、少し待たないか?」


 しかしラストは。

 あまりのウェアウルフの強大さに冷や汗を浮かべるマルテとは違い、余裕の笑みを崩さないままで、彼に提案した。


「戦うのが好きなのは分かった。女を犯すのが好きだというのも共感できる。が、それならばもっと楽しくなる可能性があるぞ」

「なんだと?」


 気持ちに水を差されたのか、どこか不満そうなウェアウルフに、ラストは自分の胸を指差した。


「俺は知っての通り、封印されていた」


 続いて、ラストはマルテにその指を向けてくる。


「そして力を取り戻すために、このマルテにおせっかいを焼いていた。今もそうだ。……このマルテは、まだ強くなる。なんせ、かつて俺を封印した勇者の血を引く男だ」


 ラストは、ウェアウルフに対して、邪悪極まりない笑みを浮かべた。


「分かるか、ウェアウルフ……少し待てば、マルテは今よりも、強くなるんだ」

「だからどうしたァ!?」


 今にも戦いたくて仕方がないのだろう、ウズウズと足踏みをするウェアウルフに、吸い付きたくなるような美しい口元を舌先で舐めたラストは、首をかしげる。


「本気の、もっと強い俺たちと、やりたくないか? と、言っているんだ」

「本気……?」

「そうだ。今のマルテは、まだ弱い。滾る闘争を望んでいるんだろう?」


 魔王ウェアウルフは、考えているようだった。


 考えているのだ。

 短絡的と言われる人狼種が、闘争をあれほど分かりやすく望んでいたのに。


 マルテは、恐ろしさを覚えていた。

 しかしそれは、ウェアウルフに対して、ではない。


 封印されているというのに、人と魔物を指先一つで降し―――さらには魔王の性質を一瞬で見抜いて、即座に口先一つで丸め込もうとしているラストに対して。


「どうだ? 今、マルテは『願い』を叶えようと奮闘している。この街でな。しかし迷っている。迷いは、剣の腕を鈍らせるものだ」


 考え始めたウェアウルフに、ラストは畳み掛けた。


「なぁ、ウェアウルフ。マルテの迷いが晴れれば、俺たちは必ずお前に会いに行くと誓おう。その時に、存分にやり合わないか?」

「……その言葉、信用出来んのかァ?」


 ウェアウルフは乗った。

 それを悟ったのか、ラストは一瞬笑みを深めた後に、うなずいた。


「もちろんだとも。知っているだろう? 悪魔はな、嘘がつけないんだ。約束したら必ず守る」


 青い人狼から、闘争の気配が消えた。

 グルルル、と喉を鳴らしているところを見ると、我慢しているらしい。


「……いいだろう。なら、その時までこの辺りには手をつけないと俺様も誓う」


 ウェアウルフは、遠吠えを放った。

 宙を駆け抜ける声は、ゾクゾクとマルテの全身に鳥肌を立てる。


 背筋を反らして吠え終えたウェアウルフは、大きく身を前に屈め、今にも飛びかかりそうな姿勢のまま、マルテたちに爪を掲げた。


「だが! もし来なければ! 即座に滅ぼして、この辺りも俺様の縄張りにしてやる!! そうして手に入れた女を、犯しつくす!!」


 その言葉に、トニカの顔が浮かび。

 マルテは、ギリ、と歯を噛み締めた。


 恐怖も忘れ、頭に血が上って飛びかかろうとするマルテを、いつの間にか彼の前に移動していたラストが手で制した。


「そう待たせはしないさ。2、3年。そのくらいだ」

「よかろう! 再会を楽しみにしているぞォ!!」


 ウェアウルフが、大きく跳んで一息に森へと姿を消し、ラストは再び指を鳴らした。

 すると冒険者たちが目覚め、気絶した魔物たちの姿に首をかしげながらも、チャンスを逃さずにランブル・キティを狩っていく。


「さ、仕事は終わりだ。トニカが待っている。早く帰ってやれ」

「……ああ」


 マルテは、ウェアウルフを追い払ったラストに感謝しながらも、同時に恨みを抱いていた。


「俺が魔王と戦うなどと、勝手な約束を」

「他に追い払う手段があったか? それに、猶予まで加えてやったんだ。トニカとアーテアの街は、後2年は安全。その間に、どうにかする事だ」

「……願いを叶えるのは、お前の仕事じゃないのか?」

「『トニカを幸せにしろ』。そのための剣の腕は与えただろう? 魔王を倒せば、世界は平和さ」

「……この腐れ悪魔が!」

「嘆かわしいな。トニカは汚い言葉を直そうと頑張ってるのに、君の言葉はどんどん汚くなる」


 クック、と喉を鳴らして、ラストは歩き出した。


 マルテは周囲を見回す。

 もう、本当に彼の仕事はなさそうだった。


 彼も、ラストについて歩き出しながら、前を悠々と歩く背中をジッと見つめて考える。


 ―――俺は、とんでもないものを解き放とうとしているのではないのか。


 だが、それを止める手段は、願いを叶えずに、ラストを再び腕輪の中に眠らせる事。

 願いの取り消しなど、認められないだろう。


 ……そして悪魔を解き放たないという選択は、トニカを一生不幸なままでいさせる事と、同義だった。

 

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